第27話 【大地接吻】救助の姉

 とんでもない高さで静止しながら、俺の首根っこを掴んで子猫のようにぶら下げた青髪のお嬢様は、掴んでいる手を捻って俺と対面状態になった。


 腕伝いに飛びかかれば制圧できるかもしれない。


 だけど、この高度で自棄になられると道連れにされてしまうので様子を見る。


 俺がなんの行動も起こさないことに安心したのか、お嬢様は長いまつ毛の目立つグレーの双眸をこちらに向け、自己紹介をしてきた。


「先ずは自己紹介しましょうか。私はシャルロット・レヴィニア・セリスティアル・ウィンドウォーカー、フルース王国の誇り高き戦闘貴族ですわ! ローズとは学園で同室でしたの。貴方は?」


「俺はクロ。ガルト王国の大戦士で、ローズの戦友だ。出来ればシャルロット・レヴィニア・セリ……」


 こちらの懐に入るためだろうけど、対話をするなら相手を知るべきなのは俺も同じだ。


 しかし、名前が長すぎる!? 家名という文化は聞いたことがあるけど、こんなに長くなってしまうのか。ローズはシャルロットと読んでいたからシャルロットが名前として、両親の家名を名乗ってるのか? 名前が四つあるけど、あと一つは……?


「ローズの仲間ならシャルロットで結構ですわ!」


「失礼した。出来れば教えてほしいんだが、シャルロットさんはどうして俺達の開拓を邪魔してくるんだ?」


「それはローズが神殺しを狙っていると、お聞きしたからですわ! 普通は笑い飛ばすところなのですが、あの子の強すぎる向上心を思えばあり得る。いえ、絶対狙うと思っていますわ」


 神!?


 夢で神っぽいものとナンバー20が相打ちしていたのは覚えているけど、あんな破壊光線を全方向に連射してくるようなモノは、どうあがいても倒せないぞ!?


 俺の動揺が表に出ていたのか、それをグレーの瞳を細めて見咎めたお嬢様が更に問いかけてくる。


「心当たりがお有りでしょうか。そのご様子だと、クロさんも難しいと考えているのでは無くて? 旧文明の映像記録には、神との交戦記録に関するモノが非常に多いですから、貴方も見たことがあるのでしょう? あの理不尽な存在を」


「そんなところダヨ」


 夢で相打ちしているのを見た、なんてとても言えないので話を合わせておく。お嬢様が勘違いしてくれて良かった……。ちょっと声が裏返ってしまったけれど、風が凄いから聞き間違いと認識してくれたみたいだ。


「難しいと考えておられるのなら、もし良ければ、クロさんも一緒にローズを説得してくださりませんこと? あの娘が頂点を目指して王になろうとする気持ちもわかります。ですけれど、神殺しを成し遂げてレベルを一つ二つあげたところで、現在のガルト王に下剋上をかますのは困難ですわ」


「そうだね。下剋上!? っは難しいよね」


「どうされましたか? ふむ、いえ、確かに、双子の勇者を同時に打ち負かした魔王に挑むと聞いて驚かれるお気持ちは理解できますわ」


 あんまりな単語に動揺して怪しまれてしまったぞローズゥ! 普段どんな話をしていたら、王様に下剋上をかますと思われちゃうの!?


 このお嬢様も王を目指す気持ちがわかっちゃう時点で危ない子なのでは?


 もし本当にローズが下剋上を狙っているなら、本気で説得しなければ。


 なんて思っていると、急にゾワリと全身から血が引いていくような感覚に陥る。


 コレは……魔導鎧のスラスター出力を切って自然降下する時に似てるぞ!?

 

 ゆっくりと流れていく雲以外何一つない場所で、蒼い髪のお嬢様と見つめ合う。


「あ、魔力が尽きましたわ」


 は?


「は?」


「都市を吹き飛ばすのが楽しくて。ついつい爆撃しすぎてしまいましたの」


 顔を赤くしてモジモジと可愛らしく、全くもって可愛らしくないことを告白したお嬢様は、落下にフワリと青髪を逆立てながら片目を閉じ舌を出した。


「どうしてそんなに余裕そうなんだ!?」


「戦闘貴族として落ちて死ぬ覚悟は、とっくに出来ているからですわ!」


 誇り高き戦闘貴族さん!? そんな覚悟をするより、助かる方法を考えて!?


 俺たちはそのままの姿勢で下へとゆっくり加速し落下を始める。



「そういえば……。なんてこと! ファ…………スが大地との接吻ついらくだなんて調子…………ニュービーみたいな顛末。貴種とし…………がつきませんわ!」


 何かに気がついたみたいで、急に余裕の無くなったシャルロットさんは何かブツブツと言ってるけど、強い風で断片的にしか聞こえない。とりあえず俺は彼女を無視して状況打開の方法を必死に考える。


 何か無いのかっ!


 俺の手持ち装備は、ナイフ、手のひらサイズの機械槍、近距離で声を伝える首輪、透明になるマント、そしてポケットに砂糖で穀物を固めた保存食の缶が一つ……。

 あんまりこの状況では役に立ちそうにない手持ちにお嬢様を頼りたくなってしまうが、目の前に居る青くなったり赤くなったりで忙しそうなお嬢様を当てにするのは無理そうだ。


 そうだ! 一か八か地面に小型の機械槍でスキル攻撃をしかけ、その反動で落下速度を落とせば……!


「そうよ! シャルロット。…………ちょ~っと背が低いけどク…………男の子がいるじゃない! 俯いてガック…………ゃって可哀想に、何も心配ありま…………ね!」


 一人で助かるのは寝覚めが悪いので片手にお嬢様の腕を握り、もう片手に機械槍を握った俺は、地面を見てタイミングを計っている。


 そんな時、俺の顎を誰かが持ち上げた。


 誰かと言っても俺の他にシャルロットさんしかいないわけだが、お嬢様の考えることはわからない。


 何故か顔を近づけてくる覚悟を決めたような表情のお嬢様に抗議する。近づいたから聞こえるはずだ。

 

「今忙しいから後にしてほし「ン~むぎゅ」うお!?」


 何を思ったのか完全な不意打ちで唇を奪われそうになった俺は、思わず手に取っていた小型の機械槍を投げ捨てる事で手を空けて迫るお嬢様を押しのける。


「怖くないですわ。安心して!」


「何を!?」


 安心も何も打つ手が無くなったよ!?


 理不尽に嘆く俺の目に、迫ってくるモノが映る。


 アレは……矢だ!


 アルテの矢がこちらに向かってくる!


 妙な形状をしているような……?


 矢は俺の股下を通り抜けると、お嬢様の身に纏うドレスの膨らんだスカートを巻き込みながら貫き、矢のお尻に括り付けられた食いかけの骨付き肉で巻き込んだスカートを引っかけたまま急上昇し始めた。


 服につられて舞い上がるお嬢様の背中へ手を回し、なんとか落下しないように耐える。


「まあ! お返しに抱きしめてくるだなんてかわいい子ね! ちょっと苦しいですけれど、中々落ちないようですし、ご期待に答えて今度こそ! ……ん〜むぐぐ。恥ずかしがらないで子犬ちゃん」


「違うぞ!? 子犬ちゃんって何だ!?」


 勘違いしたシャルロットさんの追撃を首をそらすことで避けつつ、なんとか落ちないように耐え続ける。


 しばらくすると、俺達を空で引きずり回していた矢は勢いを失った。


 再びの落下感にゾワリとするが、この高さなら何とか着地できる。


「まあ! こんなサービスをしてくださるなんて良い最期でしたわ!」


「いや、サービスって何の事だ? それと最期じゃない。助かったぞ」


 俺の首に手を回して喜んでいるお嬢様を横抱きにして着地すると、緊張からの解放に倒れそうになったので、なんとかお嬢様を着地させてから倒れ込む。


 地面と激突する前に、どうやらシャルロットさんが支えてくれたみたいで助かった。


 でも、まずい……安心したら意識が……。


 最後に見たのは、お嬢様の困惑していても鋭い灰色の目に映された俺の顔だった。


 俺の頬はよけ損ねた際に量産されたお嬢様作のキスマークでいっぱいになっている。


 なんてこった……。


 重要ではないどうでも良いことに費やされていた思考は鈍くなり、視界は段々と暗くなっていく。


 俺は久しぶりに一人で夢を見る。

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強すぎるおねえちゃんと開拓 ランドリ🐦💨 @rangbird

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