都市のダンジョン

第21話 【魔物の町】潜入の姉

 俺達は魔物の町までやってきた。


 その町は三メトルほどの石レンガの城壁で囲まれている城塞都市。


 城壁の真ん中には開かれた立派な門があり、その両端に豚頭の魔物、オークが門番として立っている。


 大きな斧付きの槍を肩にかけたその豚顔を眺めつつ門を通っていく。


 俺達が横を通っても欠伸をしたりして大して反応は無い。


『やった~! 街に入れたね~!』

『やったね。おねえちゃん』


 おねえちゃんの声が首から聞こえてきて不思議な感じだ。ちょっとこもったように聞こえるけれど、その声に魔物は気が付く様子が無い。


『遊ばないの。この布も万能ではないわ』

『ご苦労! ほほー! こんな近づいてもバレない! 面白いな~!』


 門の真ん中で立ち止まりおねえちゃんと話していると、ローズの声が聞こえてきて俺達の事をたしなめてくる。同時にアルテのささやくような、はしゃぎ声も聞こえてきた。


 魔物に近寄っているんだろうか?


『門から入って右の建物に入るわ。この建物には何もいないみたい』

『了解だ』


 ローズの指示を頼りに右手にある建物の少し開いたドアに滑り込んだ。


 そこには壁に寄りかかり布を持ち上げて息をついているローズが居る。


 振り返ると空中が捲れて、おねえちゃんやアルテが姿を現れた。


 手元の布を持ち上げてその凄さに称賛の声が漏れる。


『それにしても凄い道具だな』

『でしょ? タートルを見て思いついたの。自信作よ!』


 ローズがニヤリと笑って布を振り、首の輪っかに触れた。


 俺達が魔物の横を通っても襲われないのは、ローズから渡された魔道具のお陰だ。   頭からかぶっていた布が俺達の姿を隠し、首につけた輪っかが微細な声を拾って伝え合ってくれている。これを使っての喋り方については魔導車の中で練習したんだ。


 俺達の着ているぴっちりした黒いスーツは、それらの魔道具に魔法を維持する魔力を供給してくれているらしい。


『さあ、行くわよ! 魔物の町を見せてもらいましょうか』

『行ってみよ~!』

『アハハ! こっそり堂々と見物だ!』


 小休止の後、再び布をかぶったローズはすぐに透明になり、意気揚々と扉の隙間から出て行った。あとの二人もその後を追って行ってしまったので俺も急いでついて行く。


『何かやっているわね。右に行って大通りを道なりに進むから、ついてきて』

『わぁ~。いっぱい魔物が居るよぉ!』


 姿が見えないのは大変だけど、ローズが進む道を毎度教えてくれているので何とかついていけている。

 おねえちゃんは楽しそうだけど、俺はちょっと怖い。見つかったら凄いことになりそうだ。


 街の様子は賑やかで色々な種類の魔物が妙な事をしている。


 硬貨を突き出して買い物をしているのかと思ったら小石遊びの様に机の上ではじいて遊んでいたり、殴り合いの喧嘩をしているのかと思ったら普通に殺し合いだったみたいで武器を抜き加勢が加勢を呼び暴動みたいなことが起こっている。


『巻き込まれるのも馬鹿らしいから、一旦建物の上に逃げるわよ』


 ローズが一時避難を推奨しているけど、興味深いものを見つけた。


 銅貨が落ちている。


 落ちてる硬貨を拾ってみるとガルド王国の物ではなく、見たことの無い銅貨だ。


 この大陸に流通している通貨はダンジョンという無限の資源を握っているガルド王国の物が中心で、金貨はガルト王、銀貨と銅貨は双子の勇者であるセーラとリーブの横顔が描かれている。


 それぞれ玉座に座ったガルト金貨、つんと澄ました横顔のセーラ銀貨、ふてぶてしい横顔のリーブ銅貨だ。


 だけど拾った銅貨にはゴブリンの横顔が描かれている。


 もしかしたらモンスターの独自通貨なのかな?


 無限ともいえる資源の宝庫であるダンジョンに住む彼らにとって、ガルト王国がいくら資源を握っていようと関係ない。こんなダンジョンの奥地まで通貨が流入する事も無いだろうから独自の通貨でも大丈夫なのかもしれない。


 脳裏にさっきの硬貨をおはじきにしている光景がよぎり、アホらしくなって考察を止める。考えすぎだな。


 足元ばかり見ているとそろそろモンスターにぶつかってバレそうなので、銅貨を袋に突っ込んでローズの言っていた避難場所である屋根まで飛び上がる。


 そこではおねえちゃんが大きな袋をはみ出させて待機していたので、どうにか布の端を見つけて直してあげた。


『窓の鍵が開いてるわね。悪いことをしている気分だけど、入ってみましょッ!?』


 そんなことを言ったローズが窓を弄ってから開けば、訝しげな顔をした小鬼が窓から乗り出して周りを見る。


 中に魔物が居たのか!


 ローズは息をひそめてやり過ごそうとしているみたいだ。


 首を傾げた魔物はプランと持ち上げられると、すさまじい速度で暴動が起きている場所へ飛んで行ってしまった!?


「アアアアアアアァァーーーーーッ!」


 絶叫が段々と遠くなり、こちらまで聞こえる鈍い音と共に静かになった。


『おーおー。随分飛んで行ったね!』

『ばいばーい。家の中に入ってみよ~!』

『助かったわ。チェルシー』


 何事かと思ったらおねえちゃんだ。


 部屋の主はおねえちゃんの手で、暴徒への投石代わりにされてしまった。あの速度では投石も当たった暴徒も無事では済まないだろう。


 あんまりなやられ方に暴徒方面へ祈りをささげると、先に入って行く二人を追って俺も部屋へ踏み込んだ。


 部屋の内部は意外な事に広めで薄暗かったけど、片手剣や盾といった小鬼がドロップする事のある装備が壁に掛けられている。


 部屋の主が倒されても残っているということは、ダンジョン内の木や薬草と同じく資源扱いなんだろうか?


 小鬼相手とはいえ装備類はレアドロップなので、確定で拾えるのは美味しいダンジョンだと思う。それにダンジョンによってはレアドロップが複数種類あって欲しいモノが中々出なかったり、デザインが気に入らなくて永遠と戦う羽目になるので直接拾って選べるのは良心的だ。


 かく言う俺もおねえちゃんの小手を手に入れる為、一度倒し直したことがある。


 おねえちゃんが隠れる為の布を肩にかけ、壁にかかった装備類を楽し気に袋へ放り込み始めた。さっきもはみ出していたけど袋がパンパンだ。


『おねえちゃん、そんなに持っていて大丈夫?』

『大丈夫~。軽いよ?』

『チェルシー、潜入に大荷物は良くないわ。均等になる様に持ちましょ』

『そうなんだ~。じゃあお願いするね』


 その様子を見たローズが荷物の分配を提案した。一人で持っているから大荷物になるのだから、分ければ問題ないのか。

 その提案を受けて素直に頷いたおねえちゃんは、袋から色々と取り出して戸棚に並べていく。ジャラジャラと硬貨まで拾っていて中には金貨まである。


『これは……。ここのダンジョンボスね。中身の無い鎧騎士、本で見たわ』

『中身が無いのに倒せるの~?』

『鎧を壊せば倒せるから大丈夫よ』

『そうなんだ~!』


 金貨を拾い上げたローズがそれに描かれた兜を見て、興味深そうに語ってくれた。おねえちゃんがいつの間にか拾っていた戦利品を俺も回収する。

 中には棍棒なんかもあったので横に除けておくと、身軽になったおねえちゃんが楽しそうに拾って握りしめた。


『家の中は狭いから~。これでやっつけちゃうよ~!』

『ほう! いいねぇ! 僕もコレでやっちゃおうかな!』


 それに触発されたアルテも金属メイスを握り素振りを始めた。ヴォンヴォンと大変恐ろしい音が鳴っている。


『準備は良さそうね。この建物を探索しましょ』


 そんな頼りになる二人の様子を見て頷いたローズが扉を開き、廊下へ踏み出した。

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