第13話 【宝珠強奪】巨塔の姉

 周囲に少し生き残っていた赤いアリ達が消えていく。


 どうやらグランドワーム自体がここのダンジョンコアを飲み込んでいたらしい。亀に潰されたときに飲み込まれていたダンジョンコアも運命を共にしたのだ。


 =□この環境は体に悪い。私の中に退避する事を推奨する□


 ここは複合ダンジョン。ブレイクしても環境はそのままなので、灼熱の太陽も広大な砂漠もそのままだ。

 レベルアップでガヤガヤしている騎士や戦士たちと共に砂地に悪戦苦闘しながら、頭を伏せさせて大きく開かれた亀の口に踏み込んでいく。


 何度やっても慣れそうにない入場方法だ!


 なんでもこれは緊急用の方法であって、本当は空飛ぶ船で入場するらしい。


 巨大な亀の口の中に入るという少し勇気の必要な入場をした俺達は、首の中にあたる部分を歩いている。亀の首の中は広い通路になっていて、薄暗く赤い照明に照らされているから本当に体内へ入っているみたいだ。


 普段なら絶対に見ることのない面白い景色にご機嫌なおねえちゃんが、俺の手を引いて滑り止めにデコボコした坂道を突き進む。


「クロ! 楽しみだね~!」

「そうだね。おねえちゃん」


 通路の先には光が見えるので出口はもうすぐだ。


 少しでも早く見ようと駆け出したおねえちゃんに引かれて走り出すけれど、いつかの様に歩幅が違うので俺の方が遅れて段々と体が浮かび上がってしまう!


 自分で走るのは諦め、おねえちゃんに腕を引かれるがままにバランスを取り人力での空中飛行を楽しんでいると、通路の出口に飛び出した。


「わぁ~!」

「これは!」


 急停止したおねえちゃんの隣にふわりと着陸する。


 俺達の目に飛び込んできたのは、銀に輝く巨塔の群れだ。


 その銀色は緑の膜越しに空を映し出しているのできっと全面が鏡みたいになっているのだろう。その目的は不明だが明らかに現代ではまねできない建築に息をのんでしまう。

 隣のおねえちゃんは両手で握りこぶしを作り口元を隠して、その緑色の目を輝かせている。レベルアップ直後で輝く桃髪は通路からの人影が起こす風に揺れた。


「あれはビルよ。頻繁に発掘される旧文明の建築物ね。旧文明ではドラゴンが存在しなかったから、上へ上へと建物を高くしていたの。飛行していないといっても、これは危険ね……予定通り光学迷彩を起動したまま移動してもらわないと、ドラゴンの気を惹きそうだわ」


 俺達に塔の事を説明しながら問題点を再確認したローズは、レベルアップ直後で煌めく金の長髪を揺らして俺達の先に進んでいく。


 その小さな背中を追うおねえちゃんに手を引かれ、緑の膜越しに外を見れば揺れも無いのに凄い勢いで砂地が通り過ぎていて、もう移動を開始したらしい。

 歩く道は石のような何かで固められており、通り過ぎる広場には噴水まである。一体どこから水を調達しているのだろうか? 


「なんだ!?」


 そんなことを考えていると、半メトルほどの銀球が転がってきた。そこから手足が展開されて一メトルほどの銀像に成り、亀の声が聞こえてくる。


 □このビルが居住区だ。問題があれば、この端末に声を掛けてくれ□


 円から展開された丸みを帯びた腕で、近くのビルを指し示して俺達の新たな住居について教えてくれた銀像。

「どう呼べばいいのだろうか?」などと思っていると、銀像の頭部らしき緑色に点灯している中心部に赤い目を合わせたローズが、亀の呼び名を聞いてくれる。


「あなたの事を何て呼べばいいのかしら?」

 □そうだな。当機の事はタートルとでも呼んでくれ□


 #####


 この街の事を一望できる部屋の中は快適な気温に保たれているらしく、ドラゴン装備を外しても快適だ。一声かけると冷たい水や美しい不思議な調理方法をされた食べ物が壁から出てきて、空になった容器もこの不思議な壁が開いて回収してくれる。


 ビル内での暮らしは快適すぎてダメになりそうだ。


 さっきからおねえちゃんが甘いモノを頼んでは、その目を輝かせて美味しそうに食べるのでその点も心配だ。俺達は土地を開拓に来たのに、滅び去った食の開拓に取り憑かれてしまうぞ。


 さっきからつついていた白い塊を「ひんやりしてて甘いな~」なんて評していたおねえちゃんが、空になった器を食べ物の出てくる不思議な壁に返そうとするが反応が無い。

「閉店かな?」なんて思っていると、隣の部屋で魔石通信を使い報告書を作っていたはずなローズが、魔導鎧を纏い機械槍で完全武装して自動的に開くはずのドアをバリバリと力づくで開き、俺達に声を掛けてくる。


「二人とも急いで武装して! やられたわ……侵入者よ!」


 こんな過酷なダンジョン内で侵入者!?


 ローズの言葉と同時に部屋の照明が赤く点滅し始めて、切羽詰まった様子な亀の声が聞こえてくる。


 =□問題の発生により、当都市はセーフモードに移行する!□

 =□繰り返す。当都市はセーフモードに移行する!□

 =□隠蔽の為、砂に潜る。揺れるので、気をつけてくれ!□


 その直後にビルが凄まじい揺れを起こし始めたので、近くにあった机の下にもぐる。横では荷物から零れ落ちてきたらしいイノシシの被り物をとりあえずかぶっているおねえちゃんが居て、イノシシの口部分から顔を出している。


 なにやらクンクンとニオイを嗅いでいて臭いのかな?


 その様子に飛び散る部屋の荷物から俺達を守ろうと机の横側で天板を掴んでいたローズが半目になって聞いてくる。


「……チェルシー? 何をかぶっているの?」

「森でクロが拾った奴! 匂いが良くわかるよぉ!」

「そういう装備なのね……使えるかも」


 揺れが収まったので机から出ると窓の外は暗くなっていて、どうやら本当に砂海へ潜ってしまったらしい。それを魔導鎧を起動しながら眺めていると緑の膜越しの景色は真っ暗になっており、上側だけが白い光を零している光景は神秘的だ。


 一瞬たくさんの魔法陣が現れて、緑の膜が消えていく。


 =□周りの砂を一時的に硬化術式で固めた。強度に不安があるので、暴れないでくれ□


 その言葉を最後に部屋の照明は消えて真っ暗になるが、魔導鎧のヘルメットに備え付けられたサーチライトをローズがつけて明るくしてくれた。


 それに照らされたおねえちゃんは被り物をかぶったまま魔導鎧を起動したからか、ヘルメット部分が困ったようにイノシシ頭の上にかじりついている。

 ローズがなでるように操作すればヘルメットは展開して、イノシシ頭を覆ってしまった。


「ここまで登ってきた機械も停止しているだろうから、跳んで降りるわよ」

「はぁい!」

「了解だ」


 その様子に頷いたローズは機械槍のブレード部分の反対側で窓をたたき割り、サーチライトを消して飛び降りる。魔導スラスターで微調整しているみたいだ。その背中に魔導鎧の暖気が終わった俺達もついて行く。


 暗闇の中でも多目的バイザーの暗視機能が働いているお陰で、バッチリと良く見える


 魔導スラスターで一気に減速して地上に着陸すると、銀の像に出迎えられてマズイ現状を教えられた。


 □どうやら招かれざる客人が潜り込んでいたようだ□

「多少の情報は入っているわ。ブルポン協商連合の破壊工作ね。何をされたの?」


 魔石通信でそのことをいち早く知ったらしいローズが被害状況を確認する。

 協商連合は西方国家達の集まりだ。海外商人に国の事を色々と口出しされていて、海外の傀儡だとローズから聞かされたことがある。


 □供与された動力源が強奪された。エネルギー不足で、また冬眠に逆戻りだ□


 楽園のようなビル暮らしは早くもお預けらしい。

 それを聞いたおねえちゃんが肩を落としてしょんぼりしている。

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