第14話:侯爵家の後継者




「おい! ふざけ……んな……?」

 勢い込んで応接室へ入って来たレグロでしたが、ソファに座る人物を見て目を見開き、言葉は小さくなっていきました。

 前のめりで肩を怒らせ部屋に入って来たのに、動きを止めて背筋を伸ばしました。

「おじぃさま」

 レグロが呟くのに、アレンサナ侯爵が鋭い視線を向けます。


「侯爵と呼ぶように何度も言っているだろうが。本当に頭が悪くてどうしようもない男だな」

 吐き捨てるように言う侯爵の言葉には、ありありと嫌悪が含まれています。

 身内に取る態度ではありませんが、を知ってしまった今は、仕方が無いのだと納得する自分がいました。


 そして今日タウンハウスに来たのは、その話をする為です。

 今頃、王宮でもお話されているでしょうか。




 応接室には、侯爵家の主要な人間が揃っています。

 アレンサナ侯爵、侯爵子息のお義父様、私の書類上の夫であったレグロ、実質の夫であるクルス、侯爵家後継者のオスカル。

 のレヒニタさんとその息子、レグロの愛人その2とお腹の子。

 使用人代表は執事と家政婦長、オスカルの乳母、そして侍女のマーサです。


 上座には侯爵が座り、次席がお義父様。オスカルを抱いた私とその横にクルスが座り、レグロは末席に一人で座っています。

 レヒニタさんは、やはり着席を許されませんでした。当然、その子供もです。


「何でアタシが立ったままなのよ! 侯爵家のむすめなのよ!?」

 レヒニタさんはレグロの後ろに立たされています。

 子供を抱いた使用人と妊婦の使用人が、壁際とはいえ椅子に座っているから、尚更機嫌が悪いのかもしれません。



「レグロ」

 レヒニタさんを無視して、お義父様がレグロの名を呼びました。

 そして書類を差し出します。

 席が遠いので、一礼した執事が書類を受け取り、レグロの前へと持って行きます。それを受け取ったレグロは目を見開き、面白いくらいに汗を掻き、顔色を変えました。


「書類偽造は立派な犯罪だ」

 お義父様は静かな声で告げます。

 そう。アレンサナ侯爵家タウンハウスに来る前に、王宮へ行き諸々の手続きを済ませて来ました。

 その時に、レヒニタさんの養子の件を知ったをし、無効手続きも取りました。

 当主である侯爵の記名サインが筆跡鑑定で偽物だと証明されたので、手続きも迅速に行われたのです。



「犯罪者を家門に残すほど、我が侯爵家は落ちぶれておらん」

 今度は侯爵様です。

「犯罪実行日まで遡って罰せられるから、お前はその女を養子にした瞬間に、アレンサナ侯爵家の籍から抜けた事になる。最後の情けで、今まで散財した分は請求しないでやる」

 そうです。

 レグロはもう、侯爵家の人間では無いのです。


「だ、だけどそれではアレンサナ侯爵家を継ぐ人間がいなくなるだろ?!」

 最後の悪足掻きなのか、レグロが叫びました。

「ここにおります」

 私はレグロを見ながら声を上げました。




 レグロの廃籍手続きと共に、私とレグロの結婚は無効になりました。

 婚姻当時には、既にアレンサナ侯爵家に籍が無いので当然です。

 そしてクルスの籍の復活と、オスカルの出生届の提出。

 そしてクルスを侯爵家に養子として登録し、更にオスカルの後継者登録を済ませてきました。

 お義父様は侯爵を継がず、オスカルの後見人となったのです。


 勿論、通常はこれ程複雑な手続きが即認められる筈が有りません。

 これには多大な協力者がおりました。

 その方も、今頃は議会で可決された案件を、元凶に突き付けているでしょう。



「そんなどこの馬の骨ともわからん相手とのを、侯爵家の後継者にすると言うんですか!? それならば俺の子の方が相応しい!」

 レグロがオスカルを睨みながら叫びます。


 いやいやいや。

 不貞の証拠はどちらですかね?

 もしレグロとレヒニタさんの籍が残っていたとして、義理の親子の間に産まれた子供ですよ?しかも、私という妻が居るのに。

 無い無い無い、ありえない。



「この低脳が! 再従兄弟はとこの顔も覚えておらんとはな」

 勘当されたからと実家の事を話さなかったクルスのお祖母様とは違い、アレンサナ侯爵家はそれなりに調査をしていたようです。

 それもクルスの代で終わらせるつもりだったようですが、レグロにはクルスが再従兄弟である事を教えていたようでした。

 再従兄弟としてでは無いが何度か夜会で挨拶していたと、記憶の戻ったクルスに聞いて驚きました。


「はとこ……?」

 眉間に皺を寄せてクルスを見るレグロの様子を見るに、本当に忘れていたようですね。一応、クルスは伯爵家の後継者だったのですよ?

 通常ならばありえませんね。


「待って! ちょっと待って!! じゃあアタシは? アタシの産んだ子が本当の後継者で、コイツはいらないんだよね!?」

 レグロの後ろから飛び出したレヒニタさんは私の前に立ち、オルガルへと手を伸ばしましたしました。

 咄嗟にオスカルを腕の中に庇った私を、クルスが抱きしめてまもります。



「平民が侯爵家後継者に危害を加えればどうなるか、まさか知らぬわけではあるまいな?」

 アレンサナ侯爵が言うのに合わせて扉が開き、侯爵家の警備が数人室内へ入って来ました。

 驚くレヒニタさんの腕を掴み、絨毯の上に引き倒した上で後ろ手に拘束しました。



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