第15話:唯我独尊




「今ので確信した。お前達は危険だ」

 アレンサナ侯爵がゆっくりと足を組み、ソファに背を預けます。

「着の身着のままで構わんだろう。相応しい場所へ連れて行ってやれ」

 侯爵の言葉に、レヒニタさんは後ろ手のまま無理矢理立たせられ、壁際の子供と妊婦も周りを警備兵に囲まれて退室させられました。


「え? 何だ? どこへ連れて行く気だ!?」

 両脇から腕を取られてソファから立ち上がったレグロは、顔をあちこちへ向けます。

 侯爵やお義父様とは目が合わなかったようで、唯一目の合った私に救いを求めるような表情を見せました。


 私はレグロに微笑み掛けます。

 助けてもらえるとでも思ったのでしょうか?レグロの顔にも笑顔が浮かびました。


「さようなら。むすめさんと仲良くね」

 私はレグロへと最後の挨拶をしました。


 大丈夫ですよ。

 おそらく監獄や強制労働をさせられる施設へ連れて行かれると思っているのでしょうけど、違います。

 そのように不安な表情をする必要はありませんよ。


 本当のお父様と、可愛いむすめと、愛の結晶であるお子様達と、どうぞお幸せに。

 あぁ、愛人もいましたね。

 もう一人の乳母とも寝ていたようですし、もしもそちらも身ごもっていたら、本当に大家族ですね。




 レグロとレヒニタさん、その子供。そして愛人……いえ、名目は乳母でしたね。その乳母とお腹の子、残念ながらもう一人の乳母は妊娠していなかったそうですが、今更無罪放免とはいかないですよね。

 今頃六人は無事に王城へ着いたでしょうか。


 王城と言っても、とても広いそうです。

 王宮に近い華やかな場所は、外交にも使われる貴賓室もあります。王宮にある物よりも格上の、王家の住居に近い特別な場所です。


 その逆に、王城とは名ばかりの別棟もあるそうです。

 それは形ばかりの渡り廊下で繋がった所で、歩いたら30分は掛かるほど遠いそうです。

 渡り廊下と言う名の、獣道のような所を15分歩いたら、次は鬱蒼とした森の中をやはり15分通るそうです。

 一応煉瓦が敷いてあるそうなので、迷子になる事は無いそうですよ。



 王族として問題のある方を住まわせる為のその別棟は、国王の……いえ、前王の実弟が住んでいたそうです。

 彼はとても残忍な性格をしていて、隣国から密かに奴隷を購入しては、好き勝手にしていてそうです。

 別棟の維持費が常に一定だった事を考えると、住んでいる人間の数に変化は無かったという事です。奴隷がどうなったか……冥福を祈るしかないです。


 そしてその壊れた血は、前王にも通っていました。


 更にその血は、レグロにも受け継がれていました。

 そう。レグロはつい先日、現国王により退陣させられた前国王の息子なのです。




 今回の戦争──クルスが記憶喪失になった原因の戦争──は、当時王太子だった現国王を旗頭に、隣国を攻めたものでした。

 常に小さな小競り合いのある国相手でしたので、国交悪化などの憂いはありませんでしたが、攻め入る理由も無い戦いでした。


 案の定、お互いに疲弊しただけで休戦しました。


 最後まで開戦に反対していたのは、当の王太子とその派閥でした。

 それをごり押ししたのは、王とその側近である大臣達です。

 まぁ、その戦争を理由に王と側近達を排除出来たので、我が国にとっては実りのある戦争だったと言えるでしょうか。



 今回の戦争の本当の目的は、王太子かお義父様の戦死だろう、とは当時の王太子、現国王の推察です。


 アレンサナ侯爵家の当主が、まだお義父様では無いのもその辺りに理由がありました。

 一度代替わりしてしまうと、前当主に戻す事は法律上出来ません。

 お義父様が当主になり、レグロが後継者になると、いつ命を狙われてもおかしくなかったのです。 


 能力不足だろうか、当主の器でなかろうが関係ありません。レグロが当主になるしかなくなるのですから。

 その為、アレンサナ侯爵は、頑なに当主の座をお義父様に譲らずにいらっしゃったのです。



 そこで今回のおかしな戦争です。

 王命により、後継者を戦争に参加させる理不尽。頭がおかしすぎます。

 そこまでしても、王は愛する女との子供に侯爵家を継がせたくてしょうがなかったのです。


 もし仮に今回の戦争で王太子が亡くなっていたら、レグロを自分の子だと発表して、王太子の座に据えていたかもしれません。

 それほど、王の偏愛はすさまじいものでした。



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