第11話:アレンサナ侯爵




 予想以上に歓迎された私とクルスは、家族用の応接室へと案内されました。

 家族として迎えられて、ちょっと後ろめたくもありますが……。

 そこでレヒニタさんがレグロの子を身ごもった事、私とレグロが白い結婚である事を説明しました。

 呆れるか怒られるかだと思ったのに、アレンサナ侯爵もお義父様も、驚きもせずに頷くだけでした。


「ガヴァネスの部屋に追いやられたと聞いている」

 アレンサナ侯爵に静かに告げられました。

 私は望んだ待遇なので、敢えて報告していなかったのに。

 それなのに知っているという事は、タウンハウスに居る使用人からの報告があったという事。しかしマーサでは無いはずなので、他の使用人だと思います。

 カントリーハウスの使用人と一緒に並んでいるマーサを見ると目が合い、微かに首を振られたので間違い無いでしょう。


「それで君は、の子を産む気は無いのだろう?」

 今度はお義父様に質問されました。

 それにしても自分の息子をアレ呼ばわりですか。

 私は隣に座るクルスと顔を見合わせました。

 横に座らされてる時点で、全てを把握されている気がします。そもそも「フォルテア卿夫妻」と呼ばれてしまいましたし。

 ここは素直に話した方が良いでしょうか。



「実は、結婚式の日にタウンハウスでクルスと再会しました。その時に、彼の記憶が戻ったのです」

 私の説明に、お義父様の眉がピクリと動きました。

「ではフォルテア卿は記憶が戻っているのか」

 驚いた声を出したのは、アレンサナ侯爵です。

 そして「良かった」と呟かれました。


 良かった?なぜ?


 アレンサナ侯爵とお義父様には、私とクルスの関係が単なる女主人と侍従では無い事は既に知られてしまっているでしょう。

 私とクルスは夫婦ではありますが、書類上は死人しびとのクルスとレグロの妻の私。今の関係は、単なる不貞です。


 クルスが生きていた事を届け出て、レグロとの婚姻を無効にする事も出来たのです。

 ですがレグロの理不尽な行いに、理不尽を返そうと……浅はかな考えでした。


「クルスの生存を届け出て、私はアレンサナ侯爵家を出ます」

 目の前に座る二人に頭を下げました。

 隣のクルスも一緒に頭を下げた気配がします。

「その必要は無い」

 静かなアレンサナ侯爵の声が聞こえ、思わず視線を上げてしまいました。




 お義父様がクルスを保護したのは、戦場では無かったそうです。

 戦場では川に落ち行方不明になり、そのまま死亡とされました。私の所にも、そのように報告が来ています。

 戦争が休戦になり、自領に帰る途中でお義父様はクルスを保護したそうです。


 鎧は既に無く、鎧の下に着る服すら着ておらず、平民の着る粗末なシャツとズボンだったそうです。

 おそらく川下の村で救出されたけど、記憶が無いのをいい事に身包み剥がされ、街に放置されたのだろうというのがお義父様の見解です。

 殺されなくて良かった、と言われました。


 その保護された時期を聞いて驚きました。

 レグロが私に接触してきた時期です。

 私がまだ本当のガヴァネスとして他の侯爵家で働いていた頃、なのです。



「レグロにフォルテア夫人との再婚を提案したのは儂だ」

 アレンサナ侯爵の言葉に、目を見開いてしまいました。声を出さなかった自分を褒めたいほど、驚いています。

 クルスの体がビクリと強張ったのが視界の隅に映りました。


があの阿婆擦れアバズレと別れないのは判っていた」

 私達の反応に関係無く、アレンサナ侯爵の告白は続きます。

がフォルテア卿に気付けば、夫人を後妻に迎えるよう言わないつもりだった」

 私もクルスも言葉を発せず、相槌あいづちも打たずに話を聞いています。



「フォルテア夫人。アレンサナ侯爵家で後継者を産んでくれないか? の子供でなくて良い」

 これではまるで、私とクルスの今の関係を、アレンサナ侯爵が望んでいるようではないですか。

 お家乗っ取りは、立派な犯罪です。

 それを当主が奨めるのはどうなのでしょうか。


「フォルテア卿には、アレンサナ家の血が入っている」

 初耳です。クルスも初耳だったようです。

「儂の妹は、そなたの母方の祖母だ」

 アレンサナ侯爵の言葉に、クルスは「勘当された」と呟いていました。

 大恋愛で結婚したクルスのお祖母様は、かけおち同然だったと聞いた事があります。

 既に儚くなっていらっしゃるので、ご本人に確認は出来ませんが。


「そしてには、アレンサナ家の血が入っておらん」

 侯爵が怨嗟のように言葉を絞り出しました。

 余りにも衝撃的な内容に、お義父様の顔を確認してしまいます。

 お義父様は何も言わずに静かに座っています。ただ、色が変わるほどに拳を握りしめていました。



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