第10話:疑問と謎
アレンサナ侯爵領は、馬車で3日の場所にあります。
途中の街でお金を落とさなければいけませんので、実質5日程掛ります。
今回の同行者は、侍女のマーサ、護衛が3名と馭者。そして侍従のクルスです。
翌日の事を考えなくて良い宿屋での夜。
私とクルスは羽目を外してしまいました。
他の使用人や
今までは一晩で1回でしたのに、初めて複数回頑張って……昼過ぎまでベッドの中でした。
マーサが機転を利かせ、馭者や護衛にお金を渡して、街へと送り出してくれました。
慣れない馬車旅で疲れたのだろう、という事にしてくれたようです。
そして私の身支度を整え、マーサも街へ行きました。私の代わりに買い物をしてくれるそうです。
本当にマーサには頭があがりません。
「まるで新婚旅行だね」
ソファで並んで座り
確かに屋敷内では、日中は女主人と使用人という関係で、適切な距離を保っていました。
隣に並んで座り楽しくお話するなど、婚約者時代以来かもしれません。
淑女としては駄目かもしれませんが、新婚旅行ならば良いかな、と私はクルスへと寄り掛かりました。
「ふふっ」
少し嬉しそうに笑ったクルスは、同じように寄り掛かって来て、私の頭の上に頭を乗せてきました。
触れている所が、洋服越しでも温かくて幸せを感じます。
クルスと再会出来たのは、私を
それだけで感謝しかなく、大人しくお飾りの妻でも白い結婚でも受け入れるつもりでした。
それなのに何を勘違いしたのか、今は私を本当の妻にしようとしているようです。
義娘が愛人だと知らず、ゆっくりと家族になろうと思っていた頃の私ならばともかく、今は有り得ません。
アレンサナ侯爵も、侯爵子息であるレグロの父も、レヒニタさんの存在を知らないはずはありません。
それでも私と再婚させたのは、私とレグロの間に子供を作らせる意図があったとして……では、なぜ記憶喪失のクルスをタウンハウスへ住まわせたのでしょうか?
迂闊なレグロならば気付かないのも納得ですが、賢明なお二人はクルスがフォルテア伯爵子息だと気付いていたはずです。
それなのに、未亡人の私を再婚相手として侯爵家へ迎えたのはなぜでしょう?
考えれば考えるほど、謎です。
「難しい顔してどうしたの?」
私が静かになったからでしょうか。クルスが私の顔を覗き込んできました。
「記憶喪失のクルスは、なぜアレンサナ侯爵家のタウンハウスに居たのかなって」
私の疑問に、同じようにクルスの眉間に皺が寄りました。
「記憶が戻った今は、同じ疑問を持ってるよ。戦場でアレンサナ卿にはお会いしているからね」
それでは、クルスがフォルテア伯爵家の後継だと判っていて、侯爵邸で雇っていたというのでしょうか。
それならば随分と失礼ですし、酷い扱いです。
これは本当に、侯爵とお義父様を問い詰めなくてはいけませんね。
そして蜜月のような5日間が過ぎ、アレンサナ侯爵領のカントリーハウスへと到着しました。
先触れは出していますが、レグロ無しで後妻の私だけでの訪問です。
どれだけ冷遇されるか判りませんが、ここで負けるわけにはいきません。
レグロとレヒニタさんの間に子供も出来た事ですし、力尽くで私を妻にしようとしているレグロの蛮行を止めてもらうのです!
私の完全なお飾り妻役をアレンサナ侯爵に確約して貰わなくては!!
……と、意気込んで馬車を降りました。
「いらっしゃいませ、フォルテア夫人」
にこやかに迎えてくれた執事は、私をレグロの妻ではなく、クルスの妻として呼びました。
おかしいですよね?
普通ならば歓迎されていないと思うところですが、タウンハウスで使用人にそう呼ばせている私には、むしろ認めてもらえたようで嬉しい事です。
ちょっと混乱していると、マーサが私の背を押し、中へ入るように促してくれました。
更にマーサは、侍従として控えようとしたクルスの事もグイッと押して、私の隣に並ばせました。
優秀な侍女であるマーサが、意味も無くこのような行動を取るとは思えません。
私とクルスは顔を見合わせて頷くと、アレンサナ侯爵邸へと歩みを進めました。
とても広く、華美では無い豪華さのあるエントランスに、思わず足を止めてしまいました。
タウンハウスはあくまでも
そしてそのエントランスに響く、とても威厳のある声。
「遠い所をご苦労だったな、フォルテア卿夫妻」
結婚式にはお義父様しかいらっしゃらなくて、初めてお会いするアレンサナ侯爵家当主、レグロの祖父です。
結婚の許可はお義父様が持って来てくださったので、結婚自体に支障はありませんでした。
それにしても、お義父様とレグロは似ていませんが、アレンサナ侯爵……お義祖父様とも似ていません。余程母方の血が濃く出たのでしょうか。
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