第14話 ふにふに

 ゆっくりと地下へと進んでいく。壁面が淡く輝くので何とか見える程度。異臭と洞窟独特の湿気の籠った感じが嫌な予感を刺激する。

 一番前はカクさんが松明を持って先導していた。それを私は目印にしていた。

 私のやや右後方をスケさんが歩いていた。

「……魔法で明かりを灯したりできないんですか?」

 ――魔法とはどのくらい有効なんだろう? もっとぱぱっと明るくできないものかしら?

 スケさんが口を開ける前に低く良く響く声が聞こえてきた。

「そうだな明かりの魔法もあるが、魔族の奴らに感知されやすいから、戦闘までは温存している。まあそれよりも地下道内は毒ガスの方が危険だからそれ用だ」

 声の主は振り返ることなく歩み続けていた。

 ……有毒ガスですか。あの、ここはファンタジーの世界ですよね?

「あれは灯油とかですか?」

 松明を確認するように私は聞いてみた。

「まだ、この世界には実用化できるほどの精製技術はない。とりあえず松脂ベースのものだ」

「……はあ、そうなんですね。それも主任が提案してそうですね」

 無言は肯定と受け取った。

 ――魔法のせいで技術革新は遅れてるのかな? いやもう魔法とかでやっちゃってもいいのでは。

 洞窟は奥に進みにつれ段差が酷くなってきた。

 私が足元に気を取られている時、後方からしゅと風を切って何かが前方へ飛んで行った。

 鉄串? それを放った主は後方を歩くセブンさんのもの。

 ……風車以外にも飛び道具はお持ちなんですね。

 鉄串は前方の天井に当たると地面に落ちてしまった。だけど鉄串はうごめく何かを捉えていた。

「こ、蝙蝠?」

 だけどそれの顔はプテラノドンで体は蝙蝠?

 ――いや、蝙蝠よりプテラノドンと呼ぶべきか? いやいやサイズ的には蝙蝠のはずでしょう。

 そのプテラは毒々しいムラサキ色でした。

「……嫌な予感がする」

 落ちたものを確認していた主任様が呟いた。セブンさんも静かに同意を示すように頷いた。

「……どんな?」

 ――色は毒々しいですね。

「いや、気にするな」

 一行は気を取り直して進み始めた。歩き始めてから微かに地鳴りがし始めた。

 時々、どーんという爆発音のようなものが交る。あれほど湧いて出てくると言われたゴブリンとも遭遇しない。

 ただ足元が湿り気を帯びてきて歩きにくい上に籠ったところ独特のカビた臭いも酷くなってきた。

 ……靴裏に滑り止めシール欲しい。それかスケさんの持つ杖を借りたい。転びそう。

「うひゃあっ」

 私は奇声を発してよろけた。

「危ない! ギン様」

「おい!」

 どうやら助けてくれようとしたダイくんもろとも私は階下に滑り転んでいった。

「いたた」

 でも私の体の下はなんか柔らかい。地面の硬さではありません。私はついふにふにと触ってみた。

「あ、あの、ギン様、大丈夫でしょうか?」

 ダイくんの戸惑いを含んだ声が聞こえる。

 ――ああ、すみません。ちょっと堪能してました。……ナニを?!

 もちろん餅肌のほっぺたです。

 若いってすんばらしい!

 更にどうしたものか、丁度ダイくんを下に敷いていました。女子としてどうよ。

「……お重いですよね。ご、ごめんなさい」

 ……真っ白ですべすべした頬をみたらついふにふにしてしまいましたとはさすがに言えない。

 思いっきりぶんぶんと頭を振って邪な妄想を捨て去ろうとした。それから足を地面につけ、立ち上がろうとするがブーツの裏が滑ってうまく立てない。

 結局ダイくんの上でじたばた足掻いていた。

 上方から不穏な怒りのオーラが伝わってきます。

「そ、それは大丈夫ですが、このような状……」

 ダイくんも真っ赤になってしどろもどろ。

 そうですよね。下敷きにしてすみません。

 そのあと、ふにふにしましたね。

 でも、それはいいの、謝らないからね。

「お前は……」

 呆れた主任の声が周囲に響いた。

 いや、不可抗力ですってば、お代官様。平に平にご容赦を。

 だからって、主任! 私の首根っこを持つなんて酷くない?

 それは自重で首が締まります。ぐふぇっ。ほら、変な声出ちゃったじゃないですか。


 やっと周囲を見渡すと私が転げ落ちたところはやや開けたところで、大きな空洞になっていた。

 広いその場所はところどころ火の手が上がっていた。

 何か木箱のようなものが散乱していて焦げついた臭いが鼻についた。

「あら? 久しぶりね。マイリ……」

 声をした方を私が見遣ると空中にドムラサキの女性が飛んでいた。

 髪の色、着衣やその肌もそれ以上に私が気になるのは……。

 某TⅤ通販の方の声で叫んで欲しい。

 ――ダ、イ、ナ、マイトボディ! と 

 ムチムチビキニは同性としても、まあ、男性のムチビキニも捨てがたいけれど。 惜しむらくは背中のコウモリ羽ですが、ええ? そちらの方が見栄えがするって。

 ……いえ失礼、一部放送に不都合がありました。

 ぴろろとドムラサキの羽ばたく効果音がきっと出ているはずです。

「見張りがあっさり倒されたと思ったら、ここはあなたのテリトリーじゃないんじゃなくて?」

 ……お姉さん。空中待機で疲れませんか? 首だるいです。そして、主任まさかのお知り合いですか。どんな経緯があったか、そこ詳しく!

「おかげで、せっかくここまで進めていた計画がおじゃんになるじゃないの」

「……ここで、何をしていたんだ?」

 主任がムラサキ色のお姉さんを睨みながら問いかけた。

 ムラサキ色のお姉さんが妖艶に微笑んだ口内から牙が見えた。

 ……もの凄いお色気ですね。

「そんなの、教えるわけないじゃない」

 あははとお姉さんは乾いた笑い声を返した。

 ちっと舌打ちした主任がノーモーションで脇差を抜き放ったのだった。

 その空を切り裂く風圧がお姉さんに襲い掛かった。

 お姉さんはそれをわずかに体を逸らしただけで躱した。

「あら、ご挨拶ね」

 じゃあ、こちらもとお姉さんは言い放つや否や何もない右手を払った。

「野分き。一ノ陣!」

 技は、思いっきり和風名! 私は名前から寸でで沸き起こる突風を予測し、手近にいたダイくんを一緒に地面に転がすと手近の岩にしがみついた。

「うっ」

「うわっ」

 洞窟の中を風が舞っていく。

 間に合わなかったカクさん、セブンさんが宙を飛んだ。さすがにスケさんは防御魔法で堪えている。

 主任様は、剣を地面に突き立てて堪えてました。おさすがですっ。

 だけど主任のスーツの裾が風に舞い上がっていて、私は目撃してしまいました。

 主任、いろいろ武器を仕込んでいましたね? あっちじゃあ、それは銃刀法違反になりますよ。

「あら、マイリ、いつの間に仲間が増やしたの? それもかなり毛並みが違うわね。珍しいわ」

 うう、こっち見た! ターゲット・ロックオンですか?! いろいろご遠慮したいです。

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