第13話 約束事

 そして、私たちの休む天幕は中央と四隅に支柱らしき木に厚手の生地を取り付けたものだった。下は地面に直に絨毯を敷いているだけなので横になると少し痛い。それは、まあいいとしてこの天幕は勇者様一行のものである。

 よく考えれば、このような状況になることは判りきっていたのにどうにも仕方ない。自分は中央の支柱の側に丸まって横になっているが、少し離れたとこにダイくん、スケさん、カクさん、セブンさん……みんなで雑魚寝状態。

 ――みなさん、すやすや眠ってますよぉ。乙女としてどうなの。普通はこうドキドキの展開になるのでは? まあ、明日早いそうだし、そんなことはできませんし、勇者様たちですものね。

 眠れなくて自分で一人ぶつぶつとツッコミを入れていると地面に着いている耳に遠くから微かに剣戟と地響きが届いた。私はその音にここがいつもいた場所ではないことをやっと感じさせた。改めて感じた不安感を私はそっと溜息とともに押し殺すように吐き出した。

 夜半も少し回ったころ、天幕入口がそっと開いた。薄暗い天幕の中で足音を忍ばしてこちらに近寄ってくる人影はもう見なくても誰か分かってしまう。

「……起きてたのか」

 周りを配慮して、抑えた少し擦れた声が降ってきた。

「少し、寝付けなくて……」

 主任は、天幕中央の支柱にもたれるように私の隣に座った。背中の剣は胸元に抱き込んだ。横になるスペースが狭いのかと思って私は少し体をずらそうとした。主任は、それを手で制した。

「今、横になると起きられないんでこのままでいい」

 と言うと主任はそのまま柱を背にして目を閉じた。その姿にそのまま何も言えず縋るように私は主任の左肩に自分の額を押しつけていた。主任はそれを拒む様子はなかった。そして、ぽつりと低い声で呟いた。

「まあ、なんだ。年度末の決算時期よりましだな」

「……プレゼン前のうちの課の方が忙しいです」

「そうだな」

 そう言うと主任の左手が私の肩に廻された。その手の確かな温もりが私の不安を少しずつ遠ざけていった。

「心配するな。明日の夕方にはあっちに戻って、ギョーザとビールで一杯やってるよ」

「……なんでそこでギョーザなんですか」

「うちの近くに美味いラーメン屋があるんだよ」

「ええ? 私はお寿司がいいです」

「寿司店…。なんか気分じゃない」

 お寿司、お寿司と呟く私。

「……検討しておく」

 ……それってアレですよね。絶対違うとこ行くつもりですよね。

「もちろん、そっちのおごりだろうな」

 見えなくても主任がにやりと人の悪い笑みを浮かべた気配がした。

 ――ひぃ。滅相もゴザイマセン。ラーメン、ギョーザ、イイじゃないデスカ!

 慌てた私に主任は押し殺した笑いを肩越しに伝えてきた。私は肩に置かれた手を握り締めると途端に眠りについてしまった。


 まだ星明りが残っている薄もやの空の下で、私たちは地下帝国への入口を見張っている隊のところにたどり着いた。

「先ほど一時、敵を撃退しました!」

「攻勢一度につき、約五十匹ほどであります。」

「頻度は?」

「約六時間ごとかと思われます」

「分かった。これから突入する」

 ――なんか別のドラマのようです。

 主任、なんなら無線でもお持ちになりますか?

 地下入口は地面にぽっかり開いていて、横に大人が十人くらい十分に並べて歩ける。戦った後の残骸と何とも言えない異臭が辺りに立ち込め、進むのを躊躇してしまう。

「おりゃ、おりゃ」

 カクさんが残骸を除けて歩きやすいように道を開いてくれるのはいいんですが、逆に残骸が舞い散ってますます……。

 私は掃除するときのようにタオルを思いっきり顔に巻きましたとも。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る