第12話 二つ名は
「まだ、イケる口だねぇ」
ひゅうとセブンさんの口笛が土埃のなか聞こえた。そして、もう俺っちは体がついていかんと愚痴をこぼしていた。
主任は脇差を空で払い、鞘に戻しながら、
「ふん。こんなもの露払いにもならん」
そして、私の方を向いた。
「……大丈夫か?」
そして、主任は心配げに私の瞳を覗き込んだ。その琥珀と黒の混じりあった不可思議な瞳が私を射抜いてしまった。
――ああ、私も地面に落ち込んだ警備隊と同じように撃沈してしまいそうです。
「こ、これは何事ですかっ?」
ローリエ国の警備隊の隊長らしき人が息せき切って駆けつけてきた。
んあぁ? と気だるげに主任がそちらを見遣った。
「おまえんとこの馬鹿が馬鹿やったんで締めただけだよ」
隊長は主任に異議を申し立てようとしたが逆に罵声を浴びせられていた。
「部下はちゃんとしつけとけ!」
唖然とした隊長に主任がにやりと悪い大人の笑みを浮かべるととても低い声で、
「……なんなら、俺がしつけてやんぜ、大人の責任だ」
更には左手で背中の剣へと手を伸ばした。
――いや、主任それはさすがに親善問題にかかわるのでは?
横で見ていた私も今更ながら主任の威圧感というか圧力を感じて足に震えがきていた。
「ひっ、い、異形の衣の勇者!」
……異形の衣って、スーツなんですが。
で、その後ひょっとして、その者金色の野に降り立ちって感じで続くんですか?
――あ、隊長さん、後ずさりしましたね。
それでに隊長さんは部下を見捨てて逃げだしました! あ、転んだ。
続いて、がっしゃーんと鎧の音が辺りに響いた。
私は見ていられなくなって、主任に話しかけた。
「主任、二つ名があったんですね」
「言うな。黒歴史だ」
心底嫌そうな顔で主任が答えたので、私は先ほどの怖さが少し薄れていた。
「そう言えば異形って大層な言葉ですが、主任のお召し物はもしかして、ア〇マーニとかのフルオーダーとかですか?」
「なんだそりゃ、これは、ア〇ヤマの由緒正しい二着目からは半額品だ」
……最初の文字だけ同じでしたね。
そんな私たちの会話を横で聞いていた、セブンさんはとうとう耐え切れず盛大に吹きだしていた。
「とにかく、数が多すぎる。それに時間がないな」
地下通路の下見を終えた主任が説明をしてくれた。
「あと、妙なことだが、ゴブリンしかいない」
そしてカクさんがまるで兵隊のようにそれらが組織化していると続けた。
……ゴブリンって、ああ、あのハ〇ポタの屋敷妖怪のような感じでしたっけ?
カクさんの話によると下位の魔族は知能が弱いのはこの世界も同じらしい。
上位の魔族は人間に近い形をしていようで、知能もそこそこあるみたい。ゴブリンは下位のやや上くらいだそうな。
こちらの世界の魔族と人間。どこで、境界線があるのだろう? 人間みたいな魔族はいるのだろうか?
地下への侵入経路等の確認も終わり、早朝に突入開始となった。
それぞれ仮眠をとるように指示を受け、解散することになった。準備に入ろうとしてダイくんが主任に近寄った。
「申し訳ありません。マイリ様。……僕、いえ、自分はギン様をお守りできなくて、どんなお叱りでも受けます。」
ダイくんはそう言って頭を下げた。
――ええ?! 悪いのアイツ等よ。ダイくんは悪くない。私はそう言って彼らに近寄ろうとした。
主任は、ダイくんを静かに見下ろした。
「……分かった。このミッションが終わったら沙汰を下そう。今はまだ敵陣だ。気を抜くな。そのまま任に当たってくれ」
主任は、ダイくんに背をむけると明日の準備を始めた。
――沙汰ってなんですか?! ここ、お白洲じゃないですけど。
「ちょ、ちょっとまってください。主任」
目線だけ主任と合った。主任の手元は休まない。
「あ、あの」
意外にきつい主任の視線に私は言葉が詰まってしまった。それでもなんとか言葉を絞り出した。
「ダ、ダイくん、よくやってくれました! 処分とか……、そんな……」
――囲まれた時に一人じゃなくて良かったし、あんな大人数相手でも逃げなかった。そんな恩人に。
「……お前からみたら、ヤツは小さくても男なんだよ。けじめだ、けじめ」
それ以上は無駄とばかりに主任は道具の点検に注意をむけた。
「お前も明日は早いから寝ろ」
と主任に言われた。私は納得できなくて立ち尽くしていたら、ダイくんが私の手を引いて自分たちの天幕まで案内してくれた。
「ギン様、こちらでどうぞお休みください」
「……ダイくんは、ちゃんと守ってくれてたよ」
――でも、私もそれ以上どういっていいのか分からない。
「いえ、任務としては失敗です。だから、マイリ様はセブン様を残されていたのでしょう」
ダイくんはそう言ってふわふわの綿あめみたいな頭を左右に振った。
「……すみません。ギン様に気を遣わせていまいました。僕はまだまだ未熟者ですね」
……目線を落したダイくんはそう続けた。
「さあ、何もありませんが、横になって少しでもお休みください。明日は強行軍になるそうですから、……ここが安全ならマイリ様はギン様をおいていくおつもりでしたが、そうはいかないようです」
私はそれに対して何も言う言葉は出てこなかった。あまりにも無知で力がないことに気が付いたら自分の手を白くなるまで握り締めていた。
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