第11話 鬼神様降臨
皆が遅めの昼食をとったあと、主任は地下通路の確認に出て行ってしまった。私はローリエ国の警備の集団とは離れたところの木陰で休みをとることにした。体の方と精神的な緊張がまったくとれない。ダイくんは私の隣に一緒にいてくれていたのでぽつりぽつりと話してくれた。
「……以前、マイリ様からそちらの世界の話を少し伺いました。こちらのように魔族の侵攻のない。安全な世界だと」
「そうね。魔族なんてものはいないし、今のところは安全かなぁ」
でも、世界規模でみたらどうなんだろう?
今って、いろいろありすぎるよね。
そう私は胸の内で呟いた。ダイくんにはどう説明したらいいのか分からなかった。
「マイリ様がその世界をつくると仰ってくださいました。僕のような子どもを作らないためにと……」
ダイくんは十年前のミンディア国への魔族が侵攻した際に戦災孤児なったそうだ。そして、あわや魔族に殺されるところを主任に助けられたと話してくれた。
主任の勇者伝説の一部をダイくんから聞いたけど、多分主任は絶対自分から語ることはないと感じた。
たった一日だけど仲間の人たちとのやり取りをみて思った。
これ以上一緒にいたらいや、もう遅いかも……。
「……ヤバい」
私は思わずがばっと膝に顔を埋めた。今までに自分に沸いたことが無かった感情に気づいた。キャラに対するようなものじゃなくてそれは……、
「ど、どうしたんですか」
ダイくんがそんな私の行動におろおろとした声で気遣ってくれた。
だから、自分たちを取り巻く不穏な雰囲気に気づくのが遅れてしまった。
「よお、お前ら暇なんだったら相手しれくれよ」
……どうして、どの世界にもこんなステレオタイプの悪役いるんですかね。
ダイくんが立ち上がったので私も一緒に立ち上がった。ダイくんの背中に庇われるかたちで声をかけてきた奴らと対面した。
彼らは数にして数十人。にやにや笑ってこちらを値踏みしている。
……やっぱり、懐剣ぐらいもらっておけばよかった。
「無礼ですよ。我々は隣国の勇者であるマイリ様の一行の者です。お下がりください!」
ダイくんが声を荒げて返した。
――それは私が言うべきで、でも、カラカラに乾いた喉からは、何を発していいのか分からない。気が付けば自分の体は小刻みに震えていた。
「誰もそんなの気にするもんか。ここはな国の最端で人を使い捨てにする場所だ。隣国勇者様の一行だって、いなくなってもわかりゃあしねぇ。げひゃひゃひゃ」
そうだそうだと賛同する声と下卑た笑いが沸き起こった。
一瞬、自分の頭まで血液が沸騰するかと思った。
くやしい。
こういう時の、異世界チートな能力はないの? 勇者として召喚されたなら何かあったはず。
走って逃げる。いや、ダイくんを置いてはいけない。
手前にいた男性がこちらに手を伸ばしてきた。
こうなったら噛みついてやる。私は震えながら歯をガチガチ噛み合わせた。
震えているから余計に噛めそう。
――そのとき、ひゅっと風を切る音がして、男と私たちの間を何かが切り裂いて地面に刺さった。
……風車だった。
それは、カラカラと懐かしい音を立てた。
「ちょいまち。お兄さん方。嫌がってんじゃないか。野暮はいけねぇよ。野暮はよ……」
その声は頭上の木の上から発していた。
セブンさん! やっぱりあなたは風車の人でしたか……。
見上げた先の糸目の和風顔に物凄い安堵が広がった。
「な、なんだぁ? お前は?!」
突然現れたセブンさんに奴らは狼狽えて何人かが後ろに退いた。
そして、セブンさんはずしゃっと男と私たちの間に降り立った。
「あぁ? 俺? あんたの言っていた勇者様の一味だよ。あいつと一緒に魔王様にも会ったことあるぜ。……なんなら、くらってみるか…? 柳○新陰流、一の型!」
――そこは和風ですか。
思わずこんな状態でも私はツッコミを忘れなかった。
ぶわっとセブンさんの構えた剣先から風圧が辺りに立ち込め前列の男をなぎ倒していた。
「まだ、剣圧だけだぜぇっと」
ブンとセブンさんは剣を振り回した。
……でも、どう見てもそれって西洋風湾曲刀ですよね? どちらかというと和風よりストーム何とかのネーミングの方が似合っているような気がします。
でも、今はセブンさんの見せ場ですね! 時間的に時代劇後半部の。このあと十分後くらいで印籠の出番ですよね。……え? 今はそんなのないって? いいのっ。
「ああ、マズイなぁ。俺は知んねぇからな、アイツを怒らせても」
二の型、三の……とセブンさんはブンブンと楽しそうに剣を振り回し、風を巻き起こして相手を薙ぎ倒していく。
――セブンさん、隣国の警備隊の皆様を倒してますよ。いいんですか? いえ、個人的に私は全然良いです。寧ろやっちまいなという感じです
まあ、みね打ちっぽいし。
二つ、不埒な悪行三昧はダメですからね!
私は倒されていく相手を睨みながら思った。
――そのとき、風が止んだ気がした。そして、影が周囲を覆った。
「……何をやってやがる」
低く唸るような声が頭上から降り注いだ。
―うう。怖い! 噂の鬼神様が降臨しました!!
私は会社での主任の武勇伝の数々を思い出しぞくぞくっとした。
備品を粗末に扱った社員への罵倒の数々。
しばらくその社員は精神を病んで寝込んだとかどうとか、上司でも他部署でも関係ない主任のその傍若無人の振る舞いは陰で尾ひれはひれがついて語られていた。会社での主任の裏武勇伝! ……何言ってるんだろう、私。
伯天虎に乗った鬼神様は、脇差に手を添えていた。
「……手前ら、こんな状況なのに随分暇そうだなぁ。仕方ねぇから、ちょっと遊んでやるよ」
主任様は、天空の伯天虎から飛び降りた!
「抜刀! 一○流、一の刀」
……立っている奴いたら、褒めてやるよ。その主任の呟きは、剣先の切る音に搔き消されていた。
最後、主任様がワタシの横に降り立ったと同時に、地響きを立てて私たちの周囲の地面が警備隊員ごと陥没していた。
それってアリなんですか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます