第10話 風雲急を告げる
王様が話すにはローリエ国にある地下通路から出てくる魔族の数がここのところ急増しており、討伐のための勇者召喚の儀式を行ったものの、現れず失敗に終わったとのことであった。そのため隣のミンディア国の勇者である主任の訪問はローリエ国にとっては喜んで迎えられたとのこと。
「……そのことですが、実は召喚を行われたのは、自分の大切な女性でありまして、彼女一人でかの地にやるのはとても出来ることではありませんでした」
主任はいたたまれないような仕草を行い何やら熱弁している。
主任、キャラが違います。だが、主任の猿芝居に、
「何と! そういうことであったか!」
王様が食いついた!
「英知と名高いローリエ国王様ならご理解いただけると、ましては、愛妻家とも名高くい」
主任が朗々と話しています。
日本広告機構に訴えられますよ。ここにはあるかどうか知りませんが……。
うむうむと頷く王様は涙ぐんできましたよ。いいんですか?!
小心者な私は良心がうずいて、いたたまれません。
あ、セブンさん肩を小刻みに震わせてます。
ダイくんとスケさんはうるうると感動の涙目です。
……主任、もうやめてください。
カクさんは調子に乗って主任の話に合わせないでクダサイ!
「そういうことなら致し方ないのう。本来ならば戦端ともなろうものが……」
げっ。王様。なにげに怖いことおっしゃります。見た目はサンタクロースの聖なる使者に似ているのに……。
「ええ。……もちろん、我々もどのような状態であるか確認をいたしまして、両国の和平に努める所存であります」
主任は我々一向のローリエ国の地下入口までの通行許可の発行を依頼して、ローリエ国の魔族の急増の原因究明と排除を行うことを約束していた。
――大丈夫なんだろうか? そんな約束をして。
……できなかったときどうするんだろう?
私は疑問に思ったがそんなことは言う訳にもいかず黙っていた。
そして、私たちは準備のために主任の弁舌に感極まった王様を後にして退出した。
「……主任。嘘はいけませんよ」
私は半眼にした目で見ながらつい口にしていた。
「あぁ? どこが嘘だ。嘘なんかついてねえぞ」
……だから、それ自体が嘘です。
ローリエ国にはミンディア国ほど移動魔法陣は多くなく、地下入口近くの村まで騎乗での移動となり、王宮所有の乗り物を借りました。
幸いながらそう遠くはないようだった。しかし、連れてこられた乗り物を見て私は絶句してしまった。
「う、馬じゃないんですか?!」
……いえ、馬も乗れませんけど。
主任の前にあるのはどう見ても、二匹の巨大な黒白縞の猫? 私は仕方ないので呼びかけてみた。
「……にゃー?」
「猫じゃない。断じて!」
主任の額に怒りのマークが浮き上がっているように見え、その横でセブンさんは何故か腹を抱えて笑っています。
カクさんが、そんな二人の横から天使のような微笑みでワタクシに説明をしてくれた。
「伯天虎と申します。天を翔るように走りますよ。それぞれに分かれて乗りましょう」
伯天虎と説明された乗り物は相変わらずぺろぺろと自分たちの顔を舐めていた。――巨大な猫?
「……トラだ。トラ」
残念ながら主任の呟きは鈴子には届かなかった。その伯天虎にさっさと乗って手綱をとる主任に手招きされて後ろに座ったら、しがみつくよう言われた。
……この歳にはバイクの後ろの青春ドラマは無理っ。
引きつって固まっているワタシめに主任は半目で脅した。
「落ちても拾わねぇぞ」
――はい。私が悪うございました。
しぶしぶ私は主任の腰に腕をまわしてしがみついた。
「……主任」
「なんだ?」
「腕はどの位置がいいんでしょうか?」
「……」
……主任、なんか溜息ついてませんか? 何か私はマズイことを言いましたでしょうか?
――わ、だからいきなり動かさないでクダサイにゃー。
私は揺れに振り落とされないようになりふり構わず主任にしがみついていた。
日本時間土曜 午後二時。主任の腕時計は元の世界の時間を刻んでいた。
「ち、後二十七時間か」
「主任、何かおっしゃいましたか?」
伯天虎の切る風音に主任の声は掻き消えた。
主任にしがみついていた腕も痺れてきた頃、村らしきところに一行はたどり着いた。私は全身へにゃへにゃで木陰で木にもたれ休んだ。
勇者主任は既に村に駐屯していた警備隊の方々と打ち合わせを始めたようだった。その中に一人だけスーツ姿は強烈な違和感があった。
主任のスーツ故にここが異世界なのだといまいち信じきれない。
壮大なテーマパークに連れて来られたといった気持ち。
「……主任がいたからかなぁ」
――そうでなければ、実際はどうなっていたのだろう? 私だけで、この地に……。あまり嬉しくない想像を思い浮かべてしまい。思わず首を左右にブンブンと振ってしまって余計に酔いが酷くなるし疲れてしまった。
「大丈夫ですか?ギン様」
ダイくんが濡らしたタオルのようなものを持ってきてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
私はお礼を言ってそれを受け取って冷たいタオルで顔や手足を拭くと人心地ついてきた。ダイくんは私の横に座ったくれた。
「……あのう、私は大丈夫なので、他のことをしていただければ。忙しいだろうし」
私の言葉にダイくんはきょとんとしていた。その姿に思わず萌えてしまった。
あ、可愛い。保存したい。だけど携帯は残念ながら職場の机の中に置いたまま。
ダイくんはそんな私の邪な思惑に気がつく様子はなく、ふっと大人びた笑みを浮かべた。
「マイリ様よりギン様の護衛を言われております」
「は?」
驚く私にダイくんは丁寧に説明してくれた。
「ここは他国であり、最前線でもありますから……、ギン様もお一人には決してならないでください。必ずマイリ様かカク様のお側にいらっしゃるように……」
私にはダイくんが急に見知らぬ人に見えてしまった。
「……」
思わず黙り込んでしまった私の周囲を急に砂ぼこりを舞いたてながら風が吹き抜けて行った。
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