第3話 ノーセンス、ネーミング

 それから金色神官様のキラキラした目とばっちりあったが、彼の不穏な言葉を確認するべきかとついその顔を見つめてしまった。

 声の低さから恐らく男性なのは間違いないが、正視するもの恐れ多いほどの美貌の主でした。

 いやはや、もっとこの光り輝く天然酵母の方のご尊顔を堪能したいところです。

「あの、主任、一体ここは何処ですか? コスプレなさるなら、帰っていいでしょうか?」

 それもここ個室だよ。ワタシの今、座っているベットなんてキングサイズですよ。こんなんありの設備なんでしょう―か?

「……いろいろ説明したいが、コスプレなんかじゃない」

 主任は非常に嫌そうな顔をしていた。

「いえいえ、滅相もゴザイマセン。私としても個人の趣味は私の迷惑にかからない限り、大海の如く受け入れる所存ですので、安心してカミングアウトしてください。決してよからぬ妄想など抱きませんので」

 あれ? 主任、片手で顔面を隠してます。ああ、趣味がバレて恥ずかしいんですね? 

 それなら、大丈夫ですとばかりに私は彼に右手でGJサインを送った。

 あ、ダメじゃん。部署は違えど上司だから失礼よね。仕方ないから、笑ってごまかそう。

「おほほほほぅ」

 まるでどこかの令嬢のように高笑いをして見せた。

 そんでもって、ついでに私は小指立ててみた。

 主任はそれに眉間に深いしわを寄せていた。

「落ち着け。立科。ここは日本じゃない。異世界だ」

「はぃっっい?」

 コスプレじゃなかった。厨二だ。失礼しました。

 ボクノ左手がぁでしたか。

「もしかして、異世界召喚! 勇者様的な……」

 一応、オーバーアクション気味に主任に恐る恐る私は確認してみた。

「そうだ」

 思わず見上げた主任の顔はものすごく嫌そうだった。

 嫌がる主任が説明すると、主任も十年ほど前にこのトリスという世界に召喚され、現在も休日に行き来している状態らしい。

 休日出勤か?! 副業か?!

 ふむ。しかしですよ、はいそうですかという訳にいかないです。

 だって、こんな状況では夢落ちか、楽しい遊び場のセットの中か今もって判断ができません。

 主任は私の表情を読んだようで不承不承口を開いた。

「とりあえず、あちこち見てもらって納得してもらうようにしたいところだが……、俺から離れるな。お前の場合正式な召喚と違う。何が起きるか責任が持てない」

「はあ」

 お前呼ばわりされちゃったよ。でも目上ですし、現状では不服申し立ては難しいようです。

 主任はそんな私のジト目に気がづかず、金髪さんとお話ししている。

 金髪さんは声からして男性? のようですが、見た目女性でも全然OKです。

 ああ、彼はスケさんというらしい。ほんとはユーラレシアなんたらという麗しい名前らしいですが、主任いわく、来た当初、最初に助けてくれたんでスケさんらしい。

 どういうこと? 見目麗しいこの方に主任がそんな名前をお付けになったのですか? 主任のネーミングにいろいろと物申したいですが、二人はそんな私を気にせず話を続けていた。

「俺に召喚かけたか?」

「いえ、いらっしゃるのは明日の金の日とお聞きしていたので、今はとくに急ぎの件もございませんし、何か?」

「こいつに召喚がかかった。もしかして俺に巻き込まれたのかと思って、とっさに俺の方の緊急魔方陣を使って一緒に来たが……」

「……」

「念のため魔方陣の痕跡の解析を頼む。それと夕飯まだなんで、こいつの分と何か着るものも」

「……分かりました。マイリ様。それと……」

 スケさんがワタシをみて首を傾げる。名前のことかと言おうとすると主任の手が私の口を塞いだ。

「ギンだ」

「ふがふが(ちがう)。ふがが(りんこです)」

「ではギン様。失礼します」

 彼は優雅に一礼すると出て行った。手が離されると私は主任を睨みつけた。

「まあ、なんだ。こちらには言葉に力がある。名前は大事なんだ。迂闊に言わないほうがいい」

「でも、ギンなんて」

「あいつがスケさん、あとカクさんもいる。必然的にギンだろう」

 それ、全部、主任がつけたんですね。私はとうとう主任に言ってみた。

「黄〇様ですか?」

 あそれとあえて言うなら、私がお色気担当というのは正直荷がとても重いです。

 せめてね、リーンとかベルルとか、いけね。ワタシも厨二だ。

 私は気を取りなおして主任に聞いてみた、

「ちなみにマイリとは?」

 黄〇様には出てこないよね。ひょっとしてサキノフクショーグンとかの別名ですかね。

「俺の名前知ってるのか?」

 逆に問い返されたので私はぶんぶんと首を横に振った。私はあなたが主任様とか備品台帳簿の鬼とかの二つ名しか存じません。

「だろうな」

 ふうと主任がそんな私を見てため息をついた。

 ――すみませんねえ。でも、あなた様は通り名の方が有名ですよ?

「伊勢崎信だ」

「いせざき、しんですか? ……それの、どこにまいりが」

「……いせまいりだ。伊勢ときたら伊勢参り」

「はは……」

 私の思わず出てしまった乾いた笑い声が部屋に響いた。

 わあお。すんばらしいネーミングセンス。日本人にしかわかりません。

 主任、なんなら赤〇買ってきましょうか? 

 私は主任に恭しく頭を下げた。

 だれ? 笑い顔を見せて怒られたくないからだろうなんていう人。

「では、私もマイリ様と」

「やめてくれ。主任でいい」

 そうですよね。もうお互いいい大人ですし。いろいろと痛いですよね。夢なら、いい加減目覚めたい。

 私はがっくりと肩を落とした。俯いてしまった私の耳にぱさりと衣擦れの音がする。

「しゅ、しゅ、しゅ、主任! 何してるんですか?!」

 私は別にしゅらしゅしゅしゅと続けるつもりではない。

 ああ? と煩げに顔だけこちらをむいたが、かの方はそのままジャンパーを脱ぎ捨てネクタイを緩め……。

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