第37話 白擁壁の先が大濠公園?

 いきなりの指示に驚いた自分たちも……ようやくダンジョンに向けて動き始めた。

ダンジョンで未来を切り開きたいリリの選択次第で未来まで形を変えることになる。


 2023年1月23日……ダンジョンが生まれてから内部の情報は基本非公開だ。


 それでも漏れ聞こえるウワサ話が週刊誌の紙面をにぎわし中二病のオタクを誘う。

モンスターハントするゲーム同様に現実の地下迷宮に憧れを抱く若者は少なくない。


 国内八ケ所……ダンジョンが生まれた。世界に六十四か所あり各所で軋轢もある。

状況に流されるような経緯で世界で初めてダンジョン入りできた連中が知人なんだ。


 大阪靭公園テニスコート地下で生まれた【始まりのダンジョン】から世界は動く。

良くも悪くも世界を変えたきっかけになる事案の解決で世界中の争いごとは減った。


 日本に共産主義で筆頭のロシア連邦と中華人民共和国まで同調する新たな同盟だ。



 別の意味で西側諸国連合と軋轢を生んで中東から発生する宗教間対立は激化した。

世界で頂点に立つ誰かが不安定な経済の脱却を目指し争いの火種を点火したらしい。


 争いごとがない社会はあらゆる生命の理想でも人は何千年経とうが成熟できない。

同じ世界に生まれても肌色と宗教や人種が異なれば価値観の違いで争いが発生する。


 限りある資源の奪い合いを失くすだけで安定した平和が実現できる可能性はある。

リリがいた別世界の日本同様に表面上の争いがなければ平和で正しい社会でもない。


 子どもたちに自由がなく貧困するほどの劣悪な社会体制が許されるのはおかしい。


 昔から叫ばれる理想と現実の乖離……保守と改革の二極化がそもそもの間違いだ。

正しい思想だから幸せや発展に繋がるわけじゃなく双方のすり合わせが必要になる。



 おかしな持論を展開するような状況は時間的に余裕が生まれたせいかもしれない。

最後の別れになるかもしれないリリにプレゼントをしたいとヒカルが考えた結果だ。


 明日の日中以降なら大濠公園ダンジョンに入れると先輩からの電話で伝えられた。

まず宿泊先は北のJR沿いじゃなく静かな南を選んでKKRホテル博多に決定する。


 それなりの広さがある禁煙トリプルルームは快適に映る幅広ベッドが三つあった。

レストランはディナーが完全予約で地下鉄の最寄り駅から繫華街天神南に移動する。


 最後の晩餐だから……リリに選択させた博多名物。もつ鍋と地鶏鍋を満喫できた。

食後に腹ごなしの散策……あって困らないからと宝飾店に突入したヒカルとリリだ。


 男として宝飾品の目利きをやれるはずもない人生で財布の役目が果たせれば十分。

ちゃんとした料理のアテで注文した地酒の甘さにほろ酔い気分だったかもしれない。



 はしゃぎながら三人並んで帰路のタクシーに乗車してホテルに戻ると爆睡だった。

入口すぐのベッドで目覚めると二対の目で見つめられるおかしな状況は毎度の話だ。


「「おはようございます!」」朝から元気すぎるご挨拶はこれで最後かもしれない。

「あぁ。やり残したことも特にないよな……バイキング。朝食後そのまま向かおう」



 チェックアウトを済ませてゴルフに乗りこむとホテルから一キロ弱の近い距離だ。

オレは黒カッターシャツに革ジャケットを羽織ると下は細めのスラックスを履いた。


 ちょっとだけごつめのブーツに代えたのは防御力と攻撃面を意識した武装強化だ。

知人からまた聞きしたダンジョンは興味なかったがモンスターの討伐に抵抗もない。


 雰囲気が近い装備に揃えたらしいヒカルも黒パンツを履いた革製のジャケット姿。


 リリはミナミ邂逅時のワンピースに革靴を履いて背負うバックパックがどデカい。

パンパンに膨れ上がったリュックは古着とアクセサリーで見た感じより重さはない。



 武道館建屋と国体道路を挟んだ対面にコインパーキングが見えてゴルフを停める。

道路に沿い擁壁で囲んだ入口歩哨に立つ門衛に尋ねると中年の幹部自衛官が現れた。


「ジロウさん一同お待ちしておりました葛城二佐と申します。佳二さんに噂を常々。

本来ならお尋ねしたいことは多々ありますが何分にも副総裁から制限されましてね」


 笑う様子のない厳しい目元が恐ろしい幹部自衛官はダンジョンまで案内人らしい。

やれやれと感謝しつつレージ先輩を通じて佳二くんに配慮されたようで一息ついた。



 無駄話など一切せずに入室した建屋の雰囲気と乖離する妙な文様の扉前に到着だ。

「こんな文様がダンジョンの入口……ってどこも同じ。たぶん大丈夫なはずだけど」


 ごそごそとポケットを探ったリリの手のひらで名刺サイズのカードがきらめいた。


「それがダンジョンを行き来するためのカードなんだ。オレたちもらえるのかな?」

 小声でつぶやくのと同時に目前で空中が七色に輝いてきらめくカードが落下する。


 躊躇いなく拾い上げたカードの表面に0が6つ連続で並ぶ十一桁の数字が見えた。

すぐ下に並ぶ文字列が使うこともないはずも本名……宗二郎・本間・オルドリンだ。


 となりで驚きに目を見張るヒカルも同様に拾い上げたカードを裏返しびっくり顔。


「二人ともそれがダンジョン入退出キー扱いのカードだよ。裏にスキルが出現する」

「スキル……なるほどね。ダンジョンでリリが魔法を使うならそっちのスキルかな」


 視界の片隅に確認できた葛城二佐の双眸が胡散くさそうな目線で瞬きを繰り返す。



「他人がいるからナイショ。ダンジョンのモンスター相手に使うから見えちゃうよ」

「そらそうだ……葛城二佐ありがとうございました。こちらで案内は結構ですから」


「いえいえ副総裁の指示でしたから。いずれ佳二さんに相談させていただきますよ」

「まぁお伝えできる範囲内にはなりますが……政府関係者で必要なら拒否しません」


「了解しました……いずれどこかでお会いしましょう」敬礼する葛城は姿を消した。

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