IF12話 最後の晩餐に相応しい?

 ダッシュボードをチラ見すると十八時をすぎた直後で間もなく宵闇が迫るはずだ。

朝食のバイキングと道中はジャンクフードで済ませたからディナーを豪華にしたい。


「連絡くる気配はないし最後の晩餐じゃないけどリリからディナーの要望はある?」

「ぶっちゃけ話になるけどさぁ。ここまでぜぇんぶ美味しかったからなんでもいい」


 広島ってなんかジャンクフードが名物だよな……お好み焼きにホルモンの天ぷら。

リリが足りない栄養素を考えるとタンパク質メインにデザートでいいかもしれない。



 タブレット端末で検索すると原爆ドームの傍にある昔の全日空ホテルがいい感じ。

ANAクラウンプラザホテル広島の……21階にあるプレミアムツインは悪くない。


 一階にあるダイニングはビュッフェスタイルでさほど高額でもないお手頃価格だ。

ノンアルビールなら酔わずに口直しできるし平面と地下の立体駐車場が便利でいい。


「近くにある全日空ホテルがいい。ビュッフェスタイルのレストランを利用できる。

デザートが豊富にあるからのんびりディナーして部屋をとって休憩しながら待とう」

「リリはなんでもいいよ。ジロウくんが考えてなんでも好きにしてくれて構わない」



 コインパーキングを清算しホテルに移動するとプレミアムツインに空きがあった。

ドアマンに車を預けるとフロントで宿泊手続きをしてゆっくりディナーを満喫する。


 生クリームがたっぷり載るショートケーキに驚愕して蕩けた表情のリリは可愛い。

もちろん倒錯的な意味じゃなくて愛らしい子役のスターを愛でるような気分だけど。



 見た目は考えないことにしてリリが二十五歳すぎだったらなぁと思わなくもない。

一夜物語としてやり捨てる意味じゃなくて恋心を育みたい気持ちも芽生えただろう。


 ロクでもないような母に育てられて女に夢と希望なんて抱けないから初心になる。



「半壊したままで半世紀以上残るってスゴすぎる。なんかすぅっと見ちゃえる感じ」

 食後のシャワーで一息ついてから高層階の窓辺でリリが原爆ドームを見下ろした。


 厳密な話をすれば陸上自衛隊の管理下にあり周辺警備で夜間も装甲車が走り回る。

あれほど警戒が厳重な場所の無断侵入は天下の大泥棒三世でも困難を極めるはずだ。



「詳しく話せないなら別にいいんだけど……ダンジョンから元の世界に戻れるの?」

「たぶんそんな感じになると思うんだ。イレギュラーな事態が起こったはずだから」


 元の世界……自分が生まれた場所に戻りたくなるのは帰巣本能みたいなあれかな。

自由がない場所で生まれやりたいことまで制限されるならこっちにいればいいんだ。


「運命の相手……それに相応しいかは別にしてオレと一緒に暮らす未来もあるよな」


「そだね。ずっとジロウくんに守られながらヨシヨシされてすごす安定した暮らし。

なんにもなかったわたしには理想的すぎて夢みたいな理想の日々になると思うんだ」


 そこで言葉を一区切りすると……窓辺のリリが唐突に振り向いて視線を合わせる。


「それでもどこか間違ってるよね。わたしたちは対等じゃないときっとダメになる」



 対等……それが男女の恋愛感情なら与え合う気持ちはもちろん一定であるべきだ。

相手に求める気持ちが大きすぎたり与えることができなくなると関係性は破綻する。


 物事の本質的な意味でリリが理想を実現したいなら怠惰に流されたオレはダメだ。

目下のところ住所不定の無職でラリー車に寝泊まりして流離うパチプロもどきだぜ。


 天下一の赤門……東京大学理科三類に合格してたったの三年でケツを割ったクズ。


 未来に対する願いや目標がないからお気楽方面に流されつづけた結果でしかない。

厳しい場所で生まれたリリはどれほど強い想いでダンジョン攻略に挑んだんだろう。


 周囲に助けられる日々で見た目を生かし分量どおりにアルコールを提供する魔境。

お願いされると重大犯罪以外の行為を大抵なんでもやってきたロクでもないバカだ。


 こんなクズみたいなオレが中も外も天使みたいなリリにはお似合いのはずがない。



「オレたちはお互い対等なんてもんじゃない。オレの方がリリに全く相応しくない。

運命の人って意味ならこんなオレだけは絶対にヤメとけって説教したいぐらいだよ」


「そんなこといっちゃダメ。ジロウくんマジで優しいし性格含めてイケメンすぎる。

こんなことホントはいいたくないけど男たちに囲まれたあの絶望で……一目惚れよ」


「リリのそれ単純に吊り橋効果ってヤツだから……オレたち一回りの年齢差あるし」

「そんなの関係ないじゃん。年齢で恋したんじゃないし純粋に初めての気持ちだよ」



 バカにしたいとかじゃなく若さって羨ましい……リリの純粋さに脱帽するだけだ。

その瞬間に鳴り響いたスマホの着信音はデフォルトで表示された相手はレージ先輩。


 いよいよ別れの瞬間が目の前に迫るとお互い悔いを残せなくなるのは当たり前だ。

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