IFルート ショートカットで変わる世界(第7話から別ルート)

IF8話 ダンジョンとリリの謎?

「朝から気遣いしてなんも訊かないでくれてありがとう。ジロウくんって優しいね」

 ダンジョンの言葉を耳にしてからわたわた動揺を隠せないリリが重い口を開けた。


「いやいや」姐さんの仕込みまで意識させる状況の変化はきっと理由があるはずだ。

 さすがにお見合いババアみたいな連想はしなくても偶然を装う演出じみた茶番劇。


 真面目に休まずバーテンダーをやってきたが一夜の恋しかできないクズ野郎だし。

リリにどれだけ勘違いされようと優しくないオレには生きる資格がない自覚がある。


『男はタフでなければ生きていけない。優しくなければと生きるための資格がない』

 作家レイモンド・チャンドラーが生んだ探偵フィリップ・マーローの名台詞だよ。



「おバカすぎて状況わかんないから詳細なんか話せない。それでも聴いてほしいの。

リリがいた元の世界あっちの日本は自由がないんだ……そんなの認めない国だった」

 三角座りしながら羽織る布団を鬱陶しそうに放り投げてから視線を向けるリリだ。


 なるほどなと腑に落ちたことはリリの実年より幼すぎるガリガリに痩せた見た目。

ミナミで正面から顔を見た瞬間どこの貧困国から逃げたんだとツッコむ寸前だった。


「こっちに跳んできていきなりわけがわからない……あっちの大阪じゃなかったの。

いきなり目の前がつぶれた酒屋になって……おバカ三人組に絡まれてビックリだよ」


 あぁ大阪市中央区の三津寺は……ナンバと心斎橋の境界線で宗右衛門町に筋違い。



 深紅の瞳が瞬くと妙に眠そうに映るのは疲れじゃなくて少女の葛藤かもしれない。

違う歴史を歩んだらしいリリがいた日本は敗戦から三分割された平行世界らしいよ。


 あのアニメタイトルは境界戦……だったっけ。シリーズ続編があったロボット物。

かなりあれに酷似した環境で大戦に敗れた日本は分割統治されて国境線が生まれた。


 千島樺太と北海道は日本帝国。本州四国が日本統一連合。九州沖縄の日本共和国。


 ロシア連邦が帝国を実効支配する。自由主義国家アメリカは統一連合の権益者だ。

中国台湾から朝鮮半島に九州沖縄まで傘下にするアジア欧州連合は列強国になった。



 大英帝国の支配力が衰えない世界線で中国香港からインドスリランカは植民地だ。

赤い社会共産主義のロシア。青いアメリカが自由主義。黄色いアジアと欧州連合だ。



 赤青黄の三原色がバランスよく世界地図に配置されてから争いは途絶えたようだ。

もちろん陣営ごとの文化や科学技術で進捗に格差が広がったから完全な冷戦状態だ。


 こちらの現実の世界じゃ中東ロシア地域の紛争は絶えず毎日のように被害がでる。

良し悪しや正義のありかは別にしてどちらを許せるかなんて賛否両論かもしれない。


「わたしは幸せに暮らしたいだけなんだ。大それた夢や願いがあるわけじゃないの」

 手のひらをこぶし固めの状態で大地に祈りを捧げるように下を向いたリリの本心。


 リリが求めるような幸せな結末を手にするためオレが手伝えることはなにがある?


「ふーん。最低限の情報だけでもわかった気がする。人間なら当たり前の願いだよ。

リリの目的はダンジョン入りだよね。頼めば広島や博多にツテがないわけでもない」



 通常なら陸上自衛隊の傘下であるダンジョンに個人が侵入する許可は得られない。

それでも複数ルートをたどることで臨時に立ち入りの許可を得るぐらい可能になる。


 そもそもがリリと遭遇した三津寺なら本町靭公園までほんの数十分の距離だった。

先輩からのまた聞きにはなるけど靭公園テニスコートが始まりのダンジョンなんだ。


「ジロウくんお願いします。広島か博多のダンジョンまで……リリを連れてってよ。

期限は七日なんだ……ダンジョンの先が自由。前の世界に還って幸せに暮らすんだ」


 別世界でも同じ大阪。ヤバい街にいる住人たち……あえて避けたかもしれないな。


「すぐ動くつもりだけど……自衛隊は国防組織。確認だけで数日かかっちゃうよ?」

 姐さん……いやリュウジさんから佳二くんに直接のルートなら時短できるはずだ。



 いわゆる赤門に在籍したのは三年の前期でお世話になった先輩が当時院生だった。

医学部で臨床は興味ないらしく研究一筋が稼げる手段としてパチスロを布教された。


 最古参のパチスロ攻略雑誌から依頼され覆面ライターになり副業で稼いだ先輩だ。

パチンコ業界の関係者として設定や高信頼性の裏情報まで幅広く入手できたらしい。


 ちょっとした問題があって中退を余儀なくされてからミナミで先輩を頼りにした。

デカいオレよりもちょびっとだけ背が高くてワイルドなイケメンの九頭竜令司さん。


 老舗バーの裏オーナーだった超美人な姐さんと同居する先輩の友人が城佳二くん。

ダンジョンが発生した直後に靭公園入りできた悪運の持ち主で政府要人の縁戚者だ。


 かんたんな成り行きと状況を先輩に報告してから佳二くん経由でお願いしようか。

陸上自衛隊が管理する国内ダンジョンに立ち入るために都度許可を得る必要がある。



 ふと視線を意識してベッドに目を向けるとこちらを見つめるリリの赤瞳が揺れる。


「まだ深夜の丑三つ時すぎだよ。チェックアウト前の朝食バイキングは8時すぎだ。

シャワーと準備があるから七時すぎに起きる。リリはもう一度ちゃんと寝てなさい」


「リリは子どもじゃないよ。年はナ・イ・ショだけどね」ウインクに違和感がない。


「それでもありがとう。なんにもできないリリはジロウくんだけが頼りなんだから。

お先におやすみなさい」フカフカの布団を全身にまといながらの捨て台詞が可愛い。



「………………」上下に揺れる布団をながめながら無言のままでPCに全集中する。


 とりあえず関係各位に向けたメールをして朝から……とりあえず岡山を目指そう。

チェックアウトは十一時でまず明石港だよな。魚の棚商店街で玉子焼きは買いたい。


 キングサイズの巨大ベッドに移って倒れるように意識を失くすと眠りに没入した。

明日は明日の風が吹くのは当前だけど怪しげなキャバ嬢とか追手の目的が問題かな。


「為せば成る為さねば成らぬ何事もだ」上杉鷹山の教えに倣って行動するしかない。

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