第26話 願いごとはタイミング?

「みんなに応援されてジロウくんのチームに勝ちました。ホントにありがとねっ!」

 盛り上がったアイドルのライブ会場で締めになる挨拶みたいにリリが頭を下げた。



 日差しが落ちても周辺の下町ごとガヤガヤした雰囲気が消えない弥生町タイガー。

内外からのぞき見る男たちは数え切れないほどのリリ信者で勝利の雄叫びを上げる。


「うおぅ魔法少女リリちゃんの大勝利だっ。おめでたいからバンザイ三唱だぜっ!」


「バンザーイバンザーイバンザーイッ!」かけ声に合わせて男たちが全員で叫んだ。

 バラエティ番組のディレクターがお願いするクソみたいな茶番劇がなんで起きた?



 当事者にして張本人でもあるリリは感極まったのか涙を浮かべながら絵になる姿。

いたたまれない気持ちで苦笑いするしかないオレとヒカルにシイタケちゃん三人だ。



 結局のところ……大花火チャレンジから撮影するハナビストさんの一言だろうか。

『いえいえジロウさん滅相もない。この動画……いい意味でバズっちゃうよなぁと』


 ハナビストさんが的を射た表現だったのか逆の意味で布石になった可能性はある。

姐さんと先輩にはるか高みから見下ろされて流されるまま行動するオレたちなんだ。



 なんとなくイメージできたチェスの盤面……ルールがわからないなら将棋でいい。

どこにいるのか見えずにわからない全能の神みたいな存在が対局する盤面の手駒だ。


 将棋界に最年少で登壇してからすべての強敵を蹴散らせる主人公なんてなれない。


 龍玉を七つも集めない原作版の西遊記なら悟空を使役する三蔵法師はお釈迦さま。

手下三人と悪さをする妖怪を従えながら西向きに法典を求めるお辺土さんの旅路だ。


 オレたちなんて見えずに感知できない誰かの大きな手のひらで動き回る小さな虫。

別の表現になるが神の一手を目指したのがサイ……あれはマンガでヒカルの碁だよ。


 たまたまヒカル繋がりでチラ見した美人同業者の本名なんて耳にした記憶がない。

虹色ヒカルなんて相当ふざけた芸名はアイドル時代かパチンコ界隈でお約束すぎる。


 直接の好意を示された当時とぼけるしかなかったが……過去に助けた覚えはある。



 赤門を追われた直後で全国行脚しながらイベントの実戦収録でドサ廻り中だった。

禁煙なんて意識することもない時代……撮影中にランチ休憩のため店舗から離れた。


 地方ならよくある千台規模の巨大チェーン店でスロット側から駐車場を横切った。


「なぁなぁなぁ……あのイベントで来店中の女。あいつってアイドルだったよな?」

「なんか社長の逮捕から事務所解散した……たしかファンミで話題に上ってたっけ」


「おぉそれそれそれ。あんな感じの可愛い顔してっけど枕営業やってたんじゃね?」

「なんか個人のアイドル活動と来店イベント中心にやってるってウワサを聴いたよ」


 駐車場の片隅に停車した白いワンボックス。その傍で会話する三人組の男たちだ。

くわえタバコでゆっくり歩きながらも聞き捨てられない言葉が響いて立ち止まった。



 しばしの間アイドル関係のネタだろう……オタクの逸話をごっそりと聞き流した。


「…………マクラやっちゃうアイドルだぜ。あいつらのせいで業界落ち目なんだよ。

おれらも直じゃないけど迷惑被ってんだし。三人いる……あいつをヤっちゃおうぜ」


 かなり厳しい口調と態度で憤慨する男たちのベタな会話はそこで終わりのようだ。



「…………」無言で吸殻を足元に吐き捨てると執拗に踏みつけるしかできなかった。


 パチンコパチスロが三十兆円産業として巷で話題になるのは平成初頭の昔語りだ。

生き残りをかけた店舗側はさまざまな法規制と闘いながらイベントして集客を誘う。


 平成末期で集団アイドル全盛期がすぎた頃合い。地下アイドルも跋扈した時期だ。

男たちの会話からざっくりとした流れしか見えなくてもオレにやれることはあった。



 いくつかの伝手をたどり連絡を入れてから席に戻り夕方を迎えると取材は終了だ。

ホール事務所にスタッフと挨拶してから別れると景品交換でパチンコ側に移動する。


 もちろん男たちが実際に行動するか微妙すぎて周囲に伝えることはできなかった。

景品交換所から派手な格好を隠そうと上着をまとった女が現れると駐車場に一直線。



 建物の周辺から人の気配が途絶えると車陰から男たちが現れて女の進路をふさぐ。

ひょろ長いガリ男と小太りくんに肥満体のおデブを見ながら震える女が座りこんだ。


 あいつらマジかど直球のおバカすぎる行動力をちゃんとした方向に使ってみろよ。


「どうした?」さりげなさを装いながらあえて低音域を意識しながら全身を見せた。


 黒のサングラスをつけたスーツ姿。二メートルに近い白人種なんて珍しいよなぁ。

まだ当時ヒカルは未成年だったのか……目を剝いて立ち上がると駆け寄ってきたよ。


 こっちを向いた男たちも目くばせを交わしながら無言のままで遠ざかったはずだ。

無関係を装いながらヒカルにウインクすると大きく手のひらを振りつつ姿を消した。



 しばらくしてからジャンバリの事務所で遭遇すると距離を詰められた記憶はある。

ヒカルをジャンバリの演者に使えないかと進言したこと……あれはバレてないよな?

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