第19話 弥生町タイガーの依頼?

「ねぇジロウさん経緯とかわかんないけど……あたし新婚ですよって伝えません?」


 背後から色違いジト目二対が突き刺さるおかしな状況に彼女は戸惑いを隠せない。

メイン通路になるジャグラーの角台から並び打ちしながら同時に困惑した顔つきだ。


 明るい茶系統のソバージュヘアがギャルを彷彿とさせる彼女は初々しい新婚さん。

もちろん関西ローカルの老舗番組に自薦で出演するような目立ちたがり屋じゃない。



 マイホに近いミナミの大型店でマイジャグ導入時に挨拶されて会話の記憶はある。

必勝本には珍しいタイプの演者さんで取材でもジャグラー以外を基本的に打たない。


 メーカーの開発陣から逆指名されるほどジャグラー大好きライターガリぞうさん。

ジャグラー愛なら彼女はわたし以上ですよと動画で太鼓判を押されるぐらいなんだ。


 つい先日業界人のカメラマンと電撃結婚を発表しても炎上には至らずでよかった。

もちろん同業演者として先輩になるヒカルがしらないはずもないから逆におかしい。



 撮影する小型店は駅前通りを進んだ川二つを越えた先にある繫華街に近い弥生町。

原爆ドームに最寄りの市電紙屋町から直線距離なら一キロぐらいあるかもしれない。


 三差路正面に当たる小さな茶壁の建屋は誰が見てもパチスロ専門店には見えない。

駅前通りにある高層ホテル街がすぐ傍にあり八丁堀名物のお好み村まで徒歩圏内だ。


 改装オープンした当初から全台が最高設定の営業で……20円スロットの専門店。

だがしかし交換率二十枚のためか客は増えず方針を変えて十枚で高設定営業らしい。


 もちろん法的に許認可された機歴がある111台設置のミニマムなパチスロ店だ。

もちろんゲーセンじゃないから景品交換できて持ちメダル移動と共有は不可になる。


 昨日を含めてライターとスタッフまで呼んで撮影するメリットはどこにあるのか。

姐さんから先輩を経由して企画立案されたらしいがその経緯はイマイチわからない。



 ここでゴルフから下車した直後までちょびっとだけ時間を巻き戻してみようかな。

相も変わらずペチャクチャと無駄なおしゃべりが尽きない二人組に追随するオレだ。


 パーキングから数百メートル先に見えたパチンコ店の雰囲気はシャレにならない。

歩きながらヒカルが指さした先を見つめるリリの小さなつぶやきが笑えなさすぎた。


「どう見てもちょっぴり大きいだけど一軒家じゃん。これマジのパチスロ屋さん?」

「まぁかなり珍しいんだけど……うちから提案した宣伝みたい。撮影で話題づくり」


「わけがわからないよ……パチスロ打つわたしらを映すだけで宣伝になるのかな?」



 わちゃわちゃと前で繰り広げられるネタみたいな話題の経緯を振り返ってみよう。

九時開店の広島でわざわざ正午オープンに演者を呼ぶメリットがどこにあるのかな。


 かなりの金銭を支払い演者を呼ぶイベントが小型店のメリットになるはずもない。

お互い勢いを失い収縮したパチンコ業界を盛り上げることで集客から発展させたい。


 タブレット端末で確認すると設置機種は豊富でも昨年から話題のスマスロがない。

もちろん新台の6.5号機はある……ハーデスやカバネリに幼女戦記があるようだ。


 それに4号機大花火の直系機に当たる百景の6号機バージョンが花火絶景なんだ。

若者たちに人気の番長ZEROと新鬼武者2にアラジンAクラシックは設置される。


 ノーマルタイプのニューパルサーDX3や新花火にディスクアップ2が現行機だ。

連チャン機として名高いアイムとファンキーから新台で導入のGOGOジャグラー。



「あれっ。まさかだけどジャンバリのジロウさんでしたよね。お久しぶりですねっ」

 スロ専の正面で若い店員らしき男性と会話中の女が振り向きざまに奇声を上げた。


 首筋まで垂らした茶系のソバージュヘアに肩先から背中を露出するワンピース姿。

そんな見た目に相反するような可愛らしい口調に瘦身小柄で子猫っぽいイメージだ。


「えっと昨年の末だっけミナミで遭遇したような……必勝本。椎茸かおりちゃんだ」

 プライベートでホール回り中に……いきなり遭遇して名刺を渡された記憶はある。


 なるほど追加で招集された攻略ライター演者がジャグラー打ち専門の彼女っぽい。

「そうですよぉジロウさん。相変わらずノッポさんのイケメンでスパダリですねぇ」



 ちょっと甘えた感じのアニメ声だからリリと同類項みたいな雰囲気がなくもない。

らしくもないドジっ子属性を発揮して駆け寄ってくるなり目前で転びそうになった。


 さすがにアスファルト路面の顔面着地は大けがするからあわてて腕に抱き支える。

「ジロウさんホントにすみませぇん。見かけよりかなり細マッチョさんですよねっ」


 まぁ瘦身で小柄だから腕に抱える程度なら問題ないが突き刺さる視線が痛すぎた。

おかしな感じに勘違いするリリはいいとしてもヒカルに睨まれる理由がわからない。


 つい先日業界のカメラマンと入籍したばかり……演者仲間で寸志を送った相手だ。

「まさか妊娠なんてないだろうけど……顔にケガしちゃうと収録できなくなるよね」


「妊娠なんて……ぜったいありませんから。でもジロウさんありがとうございます」

 足首や膝を痛めたり捻ったりはしてないようで撮影しても問題なさそうに見える。



「ねぇねぇジロウくんリリちゃん聴いてないよ。可愛らしいあの娘はどんな関係?」

 指先を向けてヤンデレみたいにリリがつぶやく……かなりヤバすぎる件について。

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