第二章 誰かに流されて西を目指そう

第8話 ダンジョンとリリの謎?

「朝から気遣い……なんも訊かないでくれてホント嬉しい。ジロウくん優しいよね」

 ダンジョンの話題から動揺を隠せなくなったリリが時間を空けてから口を開いた。


「いやいや」どこか姐さんの思惑まで感じさせるこの流れに載せられた感じはある。

 お見合いババアみたいな連想はさすがになくても偶然を装う演出にヤバい茶番劇。


 ハードボイルド小説の主人公になんてなれないが憧れぐらいは抱いたことがある。



 ほとんど休むことなくバーテンダーをやってきたが一夜限りの恋しか記憶にない。

おかしな流れと状況下でリリには勘違いさせても女に対してのオレはクズも同然だ。


『男はタフじゃないと生きていけない。優しくできないと生きるための資格がない』

 レイモンド・チャンドラーが生んだ探偵のフィリップ・マーローはタフで優しい。


 短い一言にするなら……子どもは守られるべき存在でも女はそんな相手じゃない。



「おバカだから状況わかんなさすぎて詳しく話せない。それでも聴いてほしいんだ。

リリがいた元の世界……あっちの日本って自由がない……認められない社会なんだ」

 三角座りしたままで羽織る布団を鬱陶しそうに放り投げるリリが視線を合わせる。


 なるほどなとどこか腑に落ちたのはリリの実年より幼すぎるガリガリに瘦せた体。

ミナミで顔合わせの瞬間どこから逃げてきた難民なのかとツッコみの寸前だったよ。


「こっちにいきなし跳ばされてわけわかんないよ……あっちの大阪じゃなかったし。

気づけばつぶれた酒屋の前にいて……おバカたち。三人組に絡まれてビックリした」


 あぁ大阪市中央区の三津寺……ナンバと心斎橋の境界線で宗右衛門町は筋違いだ。

ディープサウスゾーンになる飛田や新世界。萩ノ茶屋とは違った意味で闇深すぎる。



 深紅の双眸が瞬いてかなり眠そうに見えたのは疲れじゃなくて葛藤かもしれない。

歴史の流れが異なる戦後を歩んだリリのいた日本国は敗戦から三分割されたようだ。


 あのアニメタイトルは境界戦……シリーズ続編まで制作されたロボットアニメだ。

かなり類似した流れで世界の連合国に敗れた日本は分割統治されて境界が生まれる。


 千島樺太と北海道は日本帝国。本州四国が日本統一連合。九州沖縄の日本共和国。


 ロシア連邦が帝国を実効支配する。自由主義アメリカは統一連合の権益者になる。

中国台湾から朝鮮半島を跨いで日本共和国まで傘下にするアジア欧州連合は列強だ。


 大英帝国の力が衰えない世界線だから中国香港からインドスリランカまで植民地。

赤い社会共産主義のロシア。青のアメリカは自由主義。黄のアジア欧州連合なんだ。



 赤青黄三原色がバランスよく世界地図に配置されてから争いは途絶えたらしい。

もちろん陣営ごとに文化や技術力で進捗の差は広がり完全な冷戦状態に変わった。


 こっち側は宗教観の違いで中東やロシアから民族間の争いは絶えず人命が軽い。

良し悪しと正義のありかは別にしてどちらを許容できるか賛否両論かもしれない。


「わたしは幸せに暮らしたいだけなんだ。大それた夢や願いがあるわけじゃない」

 手のひらをこぶし固めの状態で大地に祈りを捧げるようにして下を向くリリだ。


 この少女が求めるような幸せな結末を手にするためにやれることはあるのかな?



「ふーん最低限の状況だけど理解できた気がする……人間なら当たり前の願いだ。

リリの目的ダンジョン入りだよね。頼めば広島や博多にツテがないわけでもない」


 通常なら自衛隊の傘下であるダンジョンに侵入する許可を個別には得られない。

それでも特殊なルートから依頼することで臨時の立ち入りぐらいはできるだろう。


 そもそもリリと遭遇した三津寺なら本町靭公園までほんの数十分の距離だった。

先輩からのまた聞きだけど靭公園のセンターテニスコートが始まりのダンジョン。



「ジロウくんにお願いです。広島か博多のダンジョンに……リリを連れてってよ。

たぶん七日がリミットになる。元の世界に戻れるなら違う場所で幸せになりたい」


 リリが生まれた世界の大阪は……避けるべき事情があったりするかもしれない。



「すぐに連絡を入れるけど……自衛隊は国防組織。確認だけでも数日かかるよ?」

 姐さんにお願いして……いやレージ先輩から佳二くんのルートが時短のはずだ。



 赤門の在籍期間は三年時の夏までだけど当時お世話になった先輩が院生だった。

医学部で珍しい臨床に興味ない研究一筋。小銭稼ぎでパチスロを布教されたんだ。


 パチスロ専門誌から依頼されて記事を載せる覆面ライターが当時の副業だった。

業界の関係者として設定配分から信頼性の高い情報まで入手できて稼げたらしい。


 とある問題から中退を余儀なくされて流れ着いた未知のミナミで先輩を頼った。

どデカいオレよりちょびっとだけ背が高くてワイルドなイケメン九頭竜令司さん。


 店の裏オーナーだった超絶美人な姐さんと同居する先輩の友人が城佳二くんだ。

ダンジョン発生時の直後から靭公園入りできた豪運の持ち主で政府要人の縁戚だ。


 かんたんな成り行きと状況を報告すれば佳二くんを経由してお願いできるよな。

陸上自衛隊で管理するダンジョンは立ち入るために各所の許可を得る必要がある。



 ふと視線を意識してベッドに目を向けるとこちらを見るリリの赤瞳まで揺れた。


「まだ深夜丑三つ時なんだよ。チェックアウト前の朝食バイキングは8時すぎだ。

シャワーと準備で七時前に起床するからね。リリはそれまでちゃんと寝てなさい」


「リリ子どもじゃないもん。実年齢はナ・イ・シ・ョ」ウインク姿に迷いはない。


「それでもありがとね。なんにもできないリリはジロウくんだけが頼りだからさ。

お先におやすみします」フカフカのお布団を全身にまといながら捨て台詞だった。



「………………」上下に揺れる布団をしばらくながめて無言でPCに全集中する。


 とりあえず関係各位にメールを入れて早朝から……とりあえず岡山を目指そう。

チェックアウトが十一時でまず明石港だ。魚の棚商店街の玉子焼きは買いたいな。



 疲れ切ってキングサイズのベッドで倒れこむみたいに意識を失い眠りに没入だ。

明日は明日の風が吹くように流されたけれどキャバ嬢と追手の存在は気にかかる。


『為せば成る為さねば成らぬ何事もだな』上杉鷹山の教えを見習う行動しかない。

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