第7話 闇夜は短し恋せよ乙女?
ドアマンに会釈されて玄関を抜けながらチラ見したカウンターは男ばかりだった。
受付に立つ年かさの男たちを完全スルーして最上階までエレベーターに二人で乗る。
肩を支えるリリはお疲れのようで眠る間際のぼおっとした顔でベッドに直行する。
やれやれと思いながら両手の荷物をテーブルに置いてから改めて疲れを認識できた。
シャワーだけ先に済ませたいが長くはない夜の合間にやることが一杯ありすぎる。
外出の直前に声かけでお願いしてあったWindowsノートPCを起動させる。
購入した11インチのWi-fiタブレットはフル充電にして初期設定からになる。
グーグルが開発したアンドロイドOSは国内で普及してもかなり信頼感に欠ける。
アップル・コンピュータとシェアが並んでもセキュリティ面でどこか安心できない。
ため息をつきながらグーグル・マップを俯瞰して安全なルートを模索してみよう。
今後も二号線を走ると想定して宿泊地……寄り道する先のホテル選定が問題になる。
心と体が疲れた状況で充足感を味わうためには趣味嗜好と安らぎの時間が必要だ。
オレにできることはワーゲンゴルフの運転手でありリリのフォローが中心の執事役。
親子や親戚ほど近くはない近所にいる幼馴染に近いお兄さん的な感覚がいいよな。
魔法や超能力は使えないし歴戦の傭兵みたいな剣技や格闘技の力量すら持ってない。
ちょっとした創作カクテルならお手の物でも子どもにアルコールは毒物なんだよ。
いざとなれば全身を使用する闘い方ができないわけじゃなくてもそこそこの強さだ。
プロの格闘家や狙撃銃を構えるゴルゴ13みたいな暗殺者相手に瞬殺される程度。
「とりあえず昼飯は明石港にして魚の棚商店街を冷やかして玉子焼きのたこ磯かな。
タコじゃない穴子入りってヤツが珍しくてふわとろお出汁の味がリリに合うはずだ」
「ふーん。明石って淡路島に行くフェリーの乗り場だっけ。おのころ島だったよね」
独り言のつもりでつぶやきをこぼすと即座の返しがあったからびっくり仰天する。
迷わず奥のベッドに目を向けるとゴソゴソ動いてお布団からリリが顔をのぞかせた。
「そうだよ。昔は明石淡路フェリーで第三セクターの通称たこフェリーだったかな。
明石港から淡路島岩屋を結ぶ航路。小型高速艇のジェノバラインに変わったっぽい」
「日本の創生神話の古事記でしょ。イザナギノミコトとイザナミノミコトだっけね」
古事記の原本が存在するはずもない。写本は西暦で八世紀前後とされる眉唾物だ。
神代における天地の始まりから推古天皇に至るまでの出来事を記した書物だからね。
リリみたいな子ども相手の内容じゃないし淡路島よりも沼島の可能性が高くなる。
もちろん明石海峡大橋を渡り終えてすぐの岩屋港に目立つ大岩があるらしいけれど。
淡路島南東部の洲本にあるオノコロ神社が当時は離れ小島だったなんて説もある。
「気になるんならジェノバライン乗ってみようか? 明石海峡大橋の陸路もいいね」
「んーん玉子焼きを食べたいだけよ。明石の名所って……あっ日本のへそだっけ?」
「いやいや日本のへそなら西脇じゃん。たぶん日本のへそ公園駅ってのが有名だよ。
日時計の丘公園だったっけ……オートキャンプ場ならコテージでBBQみたいな?」
もそもそとした動きで布団を這いだしてから身体を起こしたリリが三角座りする。
もちろん買ったばかりの白い半袖のTシャツと短パンが子供っぽくて愛くるしいね。
「うーんキャンプよりきれいなお風呂ついたホテルでいい。あんまし興味ないなぁ」
「だろうね。明日は玉子焼きを食べてから魚の棚冷やかして姫路まで移動しようか」
「姫路……白鷺城だったよねぇ。あんまお城に興味ないんだけど岡山って遠いの?」
「岡山かぁ晴れの国……後楽園におもちゃ王国。珍しい場所なら山佐の本社がある。
もちろん知人がいるはずはないし見学も難しい。老舗のパチスロメーカーなんだよ」
「ジロウくん好きそうだけどリリは興味ないかなぁ。じゃあ広島まで行っちゃおう」
「広島カープの本拠地と原爆ドームだ。あそこの地下にダンジョンできたらしいよ」
そうだ。今年の初めに局地的な揺れが起こり世界中に生まれたダンジョンがある。
もちろん異世界ファンタジー定番でヤバいモンスターが現れるタイプの地下迷宮だ。
リアルの日本にライトノベル作家が創作したようなファンタジー世界が生まれた。
あまり世間に公表されないが水面下では攻略を進める陸上自衛隊が奮闘中らしいよ。
びっくりして固まるリリがクッションに跳ね上がり白いおへそまでチラ見えする。
あっけにとられてじっと見つめちゃいけないシーンからPC画面に視線を逸らした。
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