第4話 酷道二号線に合流です?

 空席が見当たらない広めの店内でカルピスソーダを味わうリリはご満悦の表情だ。

甘い飲み物を要求されて滋養のよさだけで選んだが満面の笑顔でストローを頬張る。


 ハンバーグに日替りスープとウーロン茶で始まり甘いココアが締めくくりになる。

とろけるように微笑んだ美少女を前にして長い歴史を持つカルピスに思いを馳せた。



 三島海雲が百年ほどは昔に酵母をベースに開発した乳酸菌飲料であるカルピスだ。

内モンゴルの酸乳を参考にした健康飲料で身体にもいい酵母を発酵させた初恋の味。


 自然製法生まれのカルピスを炭酸水で割るとスッキリの喉ごしになり飲みやすい。

乳製品や大豆にアレルギーがなければ栄養不足に見えるリリに丁度いい甘味になる。


 子どもから大人まで大好きなコカ・コーラや炭酸飲料も移動途中で与えてみよう。

まずは別世界とやらを推察しながらリリ好みの味覚を意識しながら薦めるしかない。


 元バーテンダーとしてあまりシェイクは好みじゃないし軽いステアが一番上品だ。

もちろん飲酒運転は事故にならずとも絶対ダメだからエスプレッソで我慢しようか。


 平日のランチタイムだからアサヒ・スーパードライが格安でも泣いてあきらめる。



 かなりの酒好きでもアルコール依存症ってほどじゃないしタバコは数年前やめた。

パチンコ店が全国で一斉に禁煙化したタイミングでやめられたのはよかったはずだ。


 近頃は大規模チェーンの大半で電子タバコなら可能になったがアレはヤバい感じ。

紙巻き煙草によるニコチンの依存と有害性から比較してもリキッドの闇が深すぎる。


 加熱式たばこの是非とパチンコがギャンブルじゃない論の本質は恐らく別にある。

現時点の法律が認める合法だから正しいとされる論点のすり替えにしてもおかしい。


 数年前からウイルスのまん延に物価の高騰が絡んで国内経済全体に打撃を与えた。

ガストでも禁煙化と都心郊外の同系列での価格差を設けることで生き残れた状況だ。



 もちろん目に映らない部分の企業努力や不採算店舗で撤退はあったかもしれない。

労働人口の減少から消滅する寸前に等しい我が国においてあらゆる産業に共通する。


 飲み放題のドリンクバーは三十年前外食産業のレストランで始まったシステムだ。

そのわずか五年後にガスト系列になるすかいらーくが東京の郊外で追随したらしい。


 もちろん低価格での提供が可能になった飲料水の普及と人件費削減が根底にある。



 ドリンクバーじゃなくて現在ガストはプレミアム・カフェと呼ぶシステムらしい。

当初はホット・ドリンクバーの名称で温かい飲料をカップ一つでの使い回しだった。


 衛生面を重視する令和の昨今グラスを毎回交換してくださいと指示されるほどだ。

厨房は内部まで見えないが少数の店員で混雑する時間帯をよく回せると称賛したい。


 都心を離れた郊外店舗の減少は不採算よりも従業員が集まらない可能性まである。

人口密度の違いと地域性度外視で都道府県ごとに最低賃金が異なり留学生は減った。


 円高でも日本より好待遇で高賃金の海外を目指し優秀な若者なら出稼ぎする時代。



 エスプレッソはイタリアで発祥した抽出法で淹れたてを提供するコーヒーになる。

充填したフィルターに深煎りしたコーヒー豆を濾して沸騰水加圧で抽出する方式だ。


 欧州でも南部においてはエスプレッソ・コーヒーが最も一般的な飲み方らしいよ。

もちろん海外旅行なんて予定はないし国内の飲食でも十分すぎるぐらいには満足だ。


「お腹いっぱいなっちったよ。こんなに柔らかいお肉なんて生まれて初めてだった」

 ちょっぴり膨れたように見える下腹部を押さえながら笑う少女に邪気なんてない。


 ガストが使用するオージー・ビーフと輸入豚肉も悪くないが生まれて初は問題だ。

並行世界が分岐する起点は謎だけど近代史の転換期は明治維新と第二次大戦だろう。


 民主国家に至るまでの過程が違うのかもしれない。もしかしての推測にはなるが。



「この値段なりに美味しいよね。神戸牛は……あぁ六甲山牧場に寄り道がいいかも」

 甲子園球場に吹きつける浜風と六甲おろしで有名だけど牧場はおもしろい場所だ。


 尼崎から六甲道辺りで山の手方面を目指せば迂回しながらで十キロぐらいの距離。


「六甲おろぉしに颯爽とぉって応援歌♪ プロ野球チームの阪神タイガースだよね」

 リリがいた場所は大阪じゃない可能性が高くてもほとんど同世界っぽい雰囲気だ。


「うぅーん」六甲おろしを合唱する美少女なんて恐らくマトモじゃないんだけれど。

 並行世界の違う大阪。妙に気になるワードでも詳しいことは伝えられないらしい。


 絶妙にわかりにくい説明でもバタフライ・エフェクトみたいな弊害があるようだ。

おたくネタみたいに聴き流せないリリの苦悩が見え隠れするから追求できなかった。



 チャンチャカチャンチャチャカチャカチャンチャンチャンチャカチャンチャチャカチャカチャーン。つーよいーつーよいー阪神タイガースーオゥオゥーみたいなヤツ。


 

 阪神タイガースは高校野球の聖地である甲子園球場が本拠地になるプロチームだ。

もちろんプロ野球のセントラル・リーグじゃ関西唯一の球団だから人気も凄まじい。


 今年は岡田名将の復帰で十八年ぶりにアレして関西経済の起爆剤を目指すチーム。

まだまだ今季シーズンは開幕したばかりだが圧倒的な首位をキープしてるんだよな。


「甲子園球場の見学も悪くないな……ここら辺なら名所が尼崎城と歴史博物館かな」

「野球と歴史博物館なんてどうでもいいや。神戸って三ノ宮とか元町じゃないの?」


「そうだねぇ。一番にぎやかな都会だからなんでもあるのは三ノ宮から神戸だけど」

 阪神高速が頭上を通りすぎて甲子園球場を左に見ながら西宮ICの前を右折した。



 久寿川駅前の踏切で一旦停止してワーゲンを進ませると目前に幹線道路が見えた。

大阪駅前の梅新交差点から北九州まで延伸する酷道かもしれない長い距離の二号線。


 二号線で西宮の市役所庁舎を左に夙川の河川敷をすぎるとひたすら直進で進める。

高級住宅街の芦屋に連なる甲南山手を進みながら御影から神戸市になり灘区役所だ。


 西灘を超えてS字に蛇行しながら春日野道の駅前をすぎると神戸繁華街の三ノ宮。

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