第3話 ファミレスは最高だぜ?

 もちろんタダで譲られた車だから大声で批判できないし見た目や性能は悪くない。

大昔ドイツで製造された悪路向けの四輪駆動で燃費がヤバいけど重くて頑丈なんだ。


 オレと同世代で寝床にもなるドイツ製のVWゴルフMk―Ⅲは手切れ金の変わり。

特殊なコンセプトでWRC参戦を目指した少数生産車でラリー仕様のプロトタイプ。


 一見地味でシンプルな角目二灯ランプに迫力満点のワイド・ボディがすばらしい。


 当時の先端技術を結集した市販最高グレードGTiより倍以上のパワーを秘める。

カーボン・ファイバーと世界初スーパー繊維であるケプラー混合軽量ボディなんだ。


 世界ラリー選手権のFIAレギュレーションに寄せた2500台限定生産車両だ。

フロントのバンパーに追加して大きくワイドに広がったフェンダーはかなり目立つ。


 リアサイドも大型スポイラーとゴツいバンパーに四本排出エキゾースト・パイプ。



 内装はレカロ製A8シートに三本スポークを持つ特製ステアリング・ホイールだ。

デジタルメーター・クラスターとコントロールパネルのロールケージはかなり派手。


 ボンネット下にあるエンジン性能は275馬力で最大トルクで370Nmらしい。

軽量化されたアルミ製カスタム・ターボチャージャーを持つ二リッターの四気筒だ。



 艶消しブラックの六速マニュアル車は前オーナーによるチューニング済みだった。

ガソリンの暴騰から給油時は泣きたいし狭いシートに二人がギリ眠れるスペースだ。


 カーナビは未搭載でもラジオとCDコンポーネントが使用できるのはよかったよ。

オーナーの趣味であるクラシックとジャズから適当に選曲するだけでもありがたい。


 最強BGMは菅野よう子でアニメCOWBOY・BIBOPサントラ盤のジャズ。


 ミナミのメイン道路になる千日前通り本線に車を合流させてから西向きに直走る。

汐見橋を超えると尻無川の側道を走って大正西の交差点で国道43号線合流になる。



「あれ淀川堤防じゃん。ロケーションとしても駆け落ち逃避行みたいで悪くないね」


 お子ちゃまにしか見えないリリだけど挑発するように一端のオトナ口調が届いた。

ごちゃごちゃした出来島を通り越すと大阪は終わりで尼崎になるから兵庫県入りだ。


 頭上を阪神高速道路の神戸線が走るためほとんど真下を這うように西を目指そう。

なにが楽しいのだろうかメロディに乗せて口笛を吹く助手席の美少女が呑気すぎる。


「リリが食べたいものはなんだ。ランチタイムだけど肉。魚それともパスタかな?」

 もうちょっとで昼になる時刻だから道沿いに見えるファミレス辺りで休憩したい。


「お昼ごはんかぁ。なんでもいいんだけど……最近あんましお肉は食べてないかな」



 栄養失調に見えるぐらいにガリガリの身体だから別世界は食糧不足かもしれない。

同じく日本語を話す別世界ってのも不可解だけど……いわゆるパラレル・ワールド。


 複数の世界が重なり合い存在する理屈は量子力学の根幹にある概念になるはずだ。

隣り合って重なりながらお互いに干渉することはできない場所にある別次元の世界。


 リリの発言それ自体が嘘か誠かネタかそれほど意識しなければいいかもしれない。

「がっつり系なら道なりに走ればそこら中ファミレスがある。適当な店でいいよね」


 どうせならビッグ・ボーイやココスが理想なんだろうけど尼崎周辺に店舗がない。

熱々でジューシーなヴォリューム感のあるチーズハンバーグならお子ちゃま向きだ。


 発展途上国にいる栄養難の児童みたいにリリはお腹だけ張っているわけじゃない。


 なにかしらの理由があってバランスのいい栄養食は採れなかっただけなんだろう。

いきなりステーキってのも悪くないが肉汁の滴る柔らかいハンバーグはかなり旨い。


 ちょうど目前にガストの看板が見えたから指示器を点滅させながら路肩に寄せた。

ランチタイムの直前で駐車場はガラガラだったから悪くはない選択肢かもしれない。


 二人並んで大きな扉を潜るとベルが鳴り待ち時間なく店員に客席まで案内された。



「ねぇねぇジロウくんさぁ。ここってオイシイお肉なんか食べられたりしちゃう?」

 六人掛けのテーブル席に対面で着席するとワクワクした顔つきのリリに問われた。


「んー普通のファミレスなんだけど……ジューシー。ハンバーグがオススメかもね」


「うんうん。お肉ならなんでもオイシイけど柔らかいチーズのヤツっていいよねぇ」


 ご希望どおりにチーズinハンバーグとライス大盛りでドリンクバーのセットだ。

さほど待つことなく注文したメニューがしゃべる猫型ロボットに載せられて届いた。



「うわぁうわぁすげぇ。こんなの最高じゃん」満面の笑顔を浮かべるリリは可愛い。

ナイフで切り分けた肉汁のあふれるハンバーグをフォークに差して猫目でほお張る。


 餌づけしたいわけじゃないんだが喜んでくれるならいくらでも食わせたくなるよ。

これまえの半生で子どもが欲しいなんて考えたこともないけれど悪くはない気分だ。



 もちろん父性本能みたいなヤツだからロリィタの趣味じゃないことは断言したい。

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