第5話 今宵のお宿は旧居留地?

「入口のドアマンにクルマを預けたけど……予約がまだなんだ。空き部屋はある?」

 カウンターにいる中で一番スタイルのいい女を正面からロック・オンして伝える。


 相手の好印象を意識してドライビング・グラスを指で外すと標準語を前面にする。

女より若く見える小柄な左右の二人からジト目を向けられてもガン無視で微笑んだ。


 純粋に好みの問題だから許してくれよな。若い女の子なんてリリで十分すぎるよ。

「もちろんどのタイプのお部屋もランク別に案内可能です。お嬢さまとご旅行で?」



「あぁディナーは買い物ついでに済ませてくる。適当に広めのツイン一泊よろしく。

もちろん日本円のチェックだから。余裕あるから買い物して使い切りたいんだよね」


 ウィンクしながらデタラメすぎる長広舌。傍から見上げるリリの視線まで泳いだ。

一見すると二メートルを超える白肌の大男が傍にいればお嬢さん扱いされるもんだ。


 目鼻立ちはかなり違おうとも欧州から日本観光にきた仲睦まじい親子ツーリスト。

もちろんミナミ三津寺の元バーテンダーなんて口から生まれた詐欺師と変わらない。



 ちょっとだけ時間をさかのぼりここまでの経緯をかんたんにまとめてみようかな。

夜明け丁度のミナミ三津寺に轟いた絶叫からおかしな流れで道連れ同行者のリリだ。


 別世界からやってきたと仄めかすリリの謎はあれとして彼女の目的が判明しない。

仮の行先に決めた博多は古都方面と逆になるだけでいずれ変更される可能性がある。



 新人ホスト連中にリリの誘拐を依頼したキャバ嬢の正体について心当たりはない。

それでもワーゲンのキーと金銭を渡された時点で姐さんの視線が怪しさ満点だった。


 タダの人間じゃない姐さんとバカほど賢い先輩の思惑まで同時に垣間見えたんだ。

赤門を中退したオレとは違いパチプロでも医師免許持ちの本来なら医学系研究者だ。


 詳細まで話さずに伝えることで未来を限定したくなかったのが理由かもしれない。

ほとんど柵のない元バーテンダーであるオレはそれなりに動けるから選ばれたんだ。


 難解すぎる大昔の欧州シネマや古い舞台演劇みたいに脚本家の手のひらで踊る駒。

オレでも感じられる最適解を選択しながら少女と逃避行のランナウェイは悪くない。



 にぎやかな三ノ宮駅前を目前にして助手席にいるリリの双眸がなぜか見開かれた。

ラウンドワンビルの屋上にどデカいボウリングのピンが生えるのは興味津々らしい。


 その微笑ましさがまぶしすぎて反らした先にある高層の白い東急ホテルが際立つ。

さほど悪くない評判の三ツ星ホテルだが建屋に立体駐車場はないから条件でアウト。


 本命ホテルは目前の神戸阪急交差点を左折して花時計をすぎた庁舎通りの裏手だ。

市役所庁舎の手前を右折してセブンイレブンを左に曲がると巨大なホテルが見えた。


 ここら辺りに港町の名残がある旧居留地と呼ばれる区画で地下街と直結している。

神戸ルミナスホテル三宮はもちろん全室禁煙でツイン・ルームが四種類ある名門だ。


 リリの疲れを癒すことが最優先だから一番豪華なプレミアムツインを選んでみる。

通常のツインルームより1.5倍ぐらい広さがありベッドとモニター画面は巨大だ。


「ひっろいベッドルームあんじゃん。弾んじゃうフカフカのお布団がスゴいよねっ。

ジロウくん座ってる革張りソファなんかもかなりいいよ。お部屋メッチャ明るいし」


 倍ぐらいまで見開かれたリリの双眸は巨大モニターのニュース番組にくぎづけだ。


 いやいやいや普段テレビなんてもの観ないんだけど65インチってヤバすぎるよ。

地デジ化から32インチ液晶が標準になったからスカパーやBSは4k放送だよな?


 窓のない地下室に潜んでから数年経過しても無線Wi-fiだけで問題なかった。

「これから買い物と晩ごはんだよ。神戸の街にでるからお風呂先に使っておいでよ」


 シャワールームと浴槽をチラ見するとそれなりに広いしトイレが別に設置される。

よく磨かれた洗面台がついた広い脱衣所は宿泊料に見合う程度には快適さを感じた。


 昼食後に立ち寄ったコンビニで最低限必要なものは諭吉を渡してリリに選ばせた。

アメニティは十分なぐらい整えられたシティ・ホテルだからこれで問題ないだろう。


「あれジロウくん一緒にお風呂しちゃわないの? リリはぜんぜん気にしないよ♪」


 間を空けてから脱衣所の前で頭だけをのぞかせたリリに意味のない挑発をされた。

もちろん興味がないわけじゃないけれど無言で手のひらを振りながら追っ払ったよ。


 しつこいぐらいの繰り返しになるがロリィタ趣味なんて一切ない……はずなんだ。



 リリとミナミ邂逅はほとんど夜明けだったよなと思い返しながら夕暮れを迎える。

外出前の身支度に費やす女の情熱は男が思うほど甘くはないし短時間でもなかった。


 いやいやいやと考えながらリリの実年齢っていくつなんだろうと意識させられる。

子ども用にしか見えないワンピースを身にまとう小柄な外見に相反する内面なんだ。


 別世界なりの理由で全体的に成長が遅れただけでオトナの可能性は微レ存かもな?

いやいやいやいや想像しただけでもヤバすぎるよ。典型的すぎるロリィタ思考だぜ。


 コンプライアンス重視の現代社会でツッコミどころしかないメタすぎるネタ話だ。

「ジロウくんお待たせしちゃったみたいゴメンね♪」ベロだしリリはあざと可愛い。


 着せ替え人形みたいに似合う洋服を買い占めたくなったのは父性愛のはずなんだ。

こんな思考が漏れだしてお巡りさんこいつです通報されると現行犯逮捕されるよな。

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