第5話

 間違っているって、誰かが言っていた。

 けれど俺はそんなこと、知る由もない。

 ついに、人もまばらになってしまった。

 けど、気にする理由がなかった。

 「どうしよ…。」

 普通に会社員として働いていた俺としては、非常に由々しき問題に、直面していた。だから、普通に会社員として…てか、無理だろ。

 生きるのに必死だった。

 確かに難しいことだということも分かっていた。けれど、

 「俺だけ生き残ってしまった。」

 要領がいいことは自覚していた。周りは、俺を嫌うことができない。俺は、それが自分の特技だと思っていた。

 今まで、生きてくる中でやたらと苦労している人間を多く見てきたけれど、でも、彼らは別に、俺にとってなんでもなかった。

 なぜ、そんなに苦労しているのかなど、ハナから分からなかった。

 

 つまんねえ。

 ここ最近はずっとそんなことばかりを考えている。

 食料も、人が減った分、確保することに困難は無かった。

 まだ、人が多くいた頃の遺物がたくさんあり、それを稼働させればたんと、簡単に食料は手に入った。

 文明は、使える。

 そう思った。

 でも、ずっと周りを人に囲まれて生きていたのに、いきなりポツンと一人で暮らさないといけないことになり、動揺している。

 本当に、動揺している。

 暇で、暇で、叫び出しそうだったから。

 「まあ、いいか。」

 そう何度も思おうとしたけれど、思い切れなかった。

 俺はやっぱり誰かと関わっている自分が好きだった。

 なのに、その誰かはもういない。

 じゃあ、俺が生き残っているのは何のためなのかと思うけれど、分からなかった。

 ただ、心の中に一人、思い浮かぶ人間がいる。

 俺はきっとその人のために、生き残っているのかもしれない。そう思い込むことで心を鎮めていた。

 だけど、どんなに必死になったって、戻ってこない。それだけは、分かっている。

 汗がしたたり落ちる。働かないと生きていけない、俺が今まで経験してきたことは労働だったのか?と疑いたくなるほどの重労働に、体が悲鳴を上げていた。

 しかし、俺のような若い男が働かなければ、本当にダメなのだった。

 はあ、もう。

 汗は拭っても拭っても落ちてきて、そこに、なにかが混じっていた。

 感傷的になることなんか嫌だった、俺はいつも強がって、きっと馬鹿らしかったのだろう。

 ああ、まただ。

 頭の奥に思い浮かぶ、あの人。

 離れたのではなく、俺はきっと遠ざけたのだ。

 それ程、大事だったというのだろうか。

 そして、少しだけ首をひねる。だけど、その瞬間ふと、緊張が緩んだのだろうか、本当にふと、あの人の姿が見えたような気がした。 

 そう、だから、

 嘘をついたのは、あなたのためだった。


 分かってよ。 

 そんなことを呟いていた。 

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