第4話

 犬っころに優しい世界なんて、もうない。

 「お姉さん。」

 目の前を歩く女性に声をかけた。が、彼女は何も聞こえないといった風で、通り過ぎて行った。まあ、仕方ないけれど、僕、だって。

 「”とら”」

 ああ、そうか。 

 幻だ、また。

 声が聞こえる、きっと僕はもう相当ヤバい状況なのかもしれない。

 いい加減にして欲しい、と思っていた。

 何で、一人で生きられないのに、僕を飼ったんだ。

 放っておいてくれれば、多分僕は野生を思い出して、ずぶずぶと暮らせて行けたはずなのに。

 見渡しても、人は少ない。

 なぜなら、ついちょっと前に、多くの人間がいなくなってしまったから。

 僕は、幼犬としてペットショップで買われ、彼女たちの家で暮らしていた。自分で言うのもなんだけど、たいそう可愛かったらしく、相当愛でられた。

 しかし、

 「はあ…。」

 ため息をついたって、生き抜くことはできない。

 あいにく、まだ食糧はあるらしくすり寄っていくとたまに大人が(主に女性)、餌をくれる。

 しかし餌と言っても、もう生産(?)というらしいけれど、大きな工場で作られたペットフードというものは作られていないらしい。

 そして、そのことを教えてくれたのは、

 「まあ、おいで。」

 あのババアだ。

 僕は、若い女の子が好きだった。僕の飼い主も、本当は若い、若くて可愛い、そんな女の子だったのに、なんで。

 「かわいいね。君。」

 そう言われると、お腹を見せたくなる。名前も分からないけれど、それはお互い様だった。自分で餌をとることができない僕に、この人はとても親切だった。

 そして、ちょっとだけ同情できるとしたら、彼女は家族を、僕が飼い主を、なくしてしまったあの時に、失っていた。

 そう思うと、ちょっとだけすり寄っていきたくなったし、でも最もは生きていけないからだった。

 しかし、この人も弱っている。

 それはそうだ、ババア、といったけれどすでにかなりの年になっていて、助けてくれる人があまり、いない。

 家族がいなくなってしまったら、こうも世界から隔絶されてしまうのかと、思った。

 でも、僕は。

 「お母さん。」

 お母さんを、見つけた。

 僕があの家に来る前、僕を生んだ、本当のお母さん。覚えている、最近のペットショップは母親と少しだけ、長く一緒にいさせるのだ、と暇を持て余したおばさんが僕に話しかけていた。

 まだ、展示されていた時には母が近くにいて、僕達は5人兄弟だった。

 犬は、助かった。というか、どういう理由か、死ななかった。なぜだろう、それは分からないけれど、でも。

 それを見たおばさんが、言ったのだ。

 「あれ、似てるわね。もしかして、この子のママ?」

 僕は、母を見つめていた。

 そして母は、そのまま僕にすり寄って、先を歩いた。

 僕は、もちろんついていくことにしたけれど、ちらりと、おばさんの方を見た。

 おばさんは、でも、もう、いなかった。

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