第3話

 君は、間違っている。

 君がいつも朗らかに言う言葉には、嘘がある。

 知っていたけれど、黙っていた。

 君は、受付の仕事をしていた。

 こうやって世界がぐちゃぐちゃになってしまう前は、どうしても愛らしい顔と、どうしても可愛らしい声と、そしてそれに、どうしても魅かれてしまう彼らと、そして私。

 私は、君が好きだった。

 多分、好きだった。

 けれど、君は喋ることができない。

 前は、キンキンと叫んでいたり、結構気が強かったのに、今は見る影もない。が、代わりに、その君の隣に座っていたあの子が、しゃしゃり出ている。

 

 気に食わない。

 そう思っている。


 なぜ、ショックで声を失ってしまう程繊細な君が喋れなくなって、なぜ、いつも会社の受付に座り、ブスっとした顔で笑いすらしなかったお前が、そんなに明るく振舞っているのだ。

 

 私達は、生き残ってしまった。

 ほとんどの人は死んでしまったというのに、生き残っていた。

 そして、もちろん、私は喋ることができる。

 「なあ、ちょっと来て。」

 「…はい。」

 立場的には私の方が上位だった。

 なぜなら、彼女たちは総務課の所属ということになっていて、私はそこの、課長を務めていた。そして彼女たち受付の人間の、勤怠を扱っていたのは私だ。

 「喋れるのに、何でお前は、神野かんの君に厳しくしているんだ?」

 「は?」

 「は?って。」

 私は焦っていた。

 この女は、ずっと萎れた犬のように輝く彼女の隣で萎れていたはずなのに、今はとても生き生きとしている。

 「だから…。」

 言いかけて、遮られた。

 「あんたさ、勘違いしてるよ。私達は別に、もう会社も無いんだし、関係ないじゃない。だいたい、神野さんは私に、喋れる私に、あれして欲しい、これして欲しいって頼んでくるの。それに、別にあなたに関係ないでしょ?」

 私は黙った。確かに、そうだった。

 でも、私はこの女が、嫌いだった。


 「…はあ。」

 そうしてしばらく、私はぼんやりと日々を過ごした。正直、あがいても何をしても、問題など解決しそうになかった。

 何をしても解決できないものは仕方が無い。

 もうどうしようもない、けれど、やっぱり少しずつ、その日の暮らしが継続していけるように人々は言葉を使わずに、何とか連携を図ろうとしていた。

 が、

 ああ、そういう事だったのか。

 私は、納得した。

 そこには、君がいた。

 君は、神野君は、彼女に対して、暴力をふるっていた。

 拳で体を、ついた。

 そして、高らかとそのきれいな声を歪ませながら、笑っていた。

 私はもう、その様子を見ないことにした。

 ただでさえつらい毎日に、もう、関係のない人間など、必要がないということに、気付いてしまったのだから。

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