第03話   顔見世の儀式

「ただいま戻りました、父さん」


 ルディレットがアレンと手をつないだまま、聖堂の大扉を片手で開いて中に入っていった。アレンはただただ、追従しているだけ。ちょっと強引に引っ張り回されて、手首が痛んだが、我慢できないほどではないから、何も言わずにいた。


 聖堂の中はどんなふうになっているのかと少し楽しみだったアレンは、入ってすぐ右側に大きな扉があって、でもルディレットが左の扉を開けてすぐに台所みたいな場所が見えたうえに、三十代後半のような外見年齢のエルフの男性が、テーブルでカップを傾けているのが見えたので、


(ああ、彼らの用事は左側の扉にあるんだ)


 大聖堂が見たかったけれど、言葉を飲み込んだ。


 男性のエルフはルディレットが入ってきたのを青い目で見上げると、「ん」とだけ反応して、すぐにアレンに視線を移した。


「その人間はどうした。馬宿に預けている子供じゃないか」


「アレンを儀式の同行者に選びました。一緒に行きたいんです」


 ルディレットの言葉を聞きながら、ふとアレンは、ディントレットが彼の旅に同行したがっていたことを思い出して、どう言い訳したら良いかと血の気が引いてしまった。


 そんなことなど露知らず、ルディレットは父親に「駄目だ」と反対されて、ちょっとムキになった。


「気に入った者を選べと言ったのは、父さんです。矛盾しています」


「アレンは里で新鮮な素材を提供する人材だ。持っていかれては困る」


 エルフの男性がカップを置いて、立ち上がった。その弾みでテーブルに置かれていた食器類が軽い音を立てて、アレンは思わずルディレットの後ろに隠れてしまった。


 盾にされたルディレット。後ろで震えているアレンの様子に、


(やっぱり、あれらの素材はアレンから採ったモノだったのか)


 薬の素材の練習や研究に使っている液体の提供先に、薄々感づいていたが今このとき確信に変わった。人外に誘拐された人間が辿る末路の一つに、捕まって何かの材料にされるというものがある。ここアルバーンジェニーの森では、厳しい選定のもと合格した人間の子供を連れ去り、調教・洗脳して薬の素材を提供させていた。


 全ては、誰も作ることができないと云われる「惚れ薬」を完成させるためであった。


 ルディレットはテーブルの、二人分のカップがカラになっている様子に目を留めた。


「兄さんが来ていましたよね。さっき初めて会いました」


「アディレットか。お前が産まれたばかりの頃に、顔を合わせたことがあったぞ」


「そんなに小さい頃のことなんか思い出せません。兄さんはアレンと知り合いのようでしたが、何度かこの里に戻っていたのですか?」


「その子供から採れる素材は質がいい。一度この里を離れていたエルフも、わざわざ搾取のために戻ってくるほどだ」


 ルディレットの後ろに隠れているアレンの震えが目立つ。ルディレットは気づかないふりを続けることにした。


「では、アレンを儀式の旅に同行させると、この里のみんなから恨まれてしまいますね」


「改めて言わんでも、わかるだろう。諦めなさい」


「じゃあ! 俺が惚れ薬を完成させます。俺がこれから受ける儀式は、何をもってして完了とするかが本人次第であるとうかがっています。ならば俺にとっての完了は、惚れ薬を作ること。そのためにアレンが必要です。これなら連れていっても構わないでしょう!」


「誰も完成できていない研究なんだぞ。世界中の者が欲しがり、求めている究極の秘薬だ。それを、里で最年少のお前が完成させられるなんて、いったい誰が期待してくれる。それに、その子供の体にはすでに――」


「俺が絶対に完成させます。誰も期待してくれなくて構いません。そいつら全員を、納得させられる自信があります」


 白熱する言い合い。静かなエルフの里しか知らなかったアレンは、慣れない状況に怯えて、縮こまっていた。


(ルディレットが大口を叩いてるのが、僕でもわかる……。お父さん怒ってるよ、どうするんだろ)


 どうするのかが気になっているのは、エルフの男性も同じだった。


「どう納得させられると言うんだ」


「俺は里のみんなにはできないことが、アレンにできました」


「ほう、何をした」


「アレンを洗脳して姓奴隷にしました」


 え? とアレンが幻滅した表情でルディレットを見上げた。


「な、何言って――」


 言いかけたアレンだったが、振り向いて凝視する真剣な眼差しに、動けなくなってしまった。


「ル、ル、ルディレッ――」


「俺に話を合わせろ」


「無理できないぃ」


 首を振り、小声で抵抗するアレンの、真っ赤に染まった両耳を塞いで、ルディレットが顔を近づけてきた。首も横に振れないように、両手でしっかり固定されて、そのほっそりした長い指が耳の線をなぞりあげる感触に、不覚にもアレンはぞくりと背が震えた。


「アレン、俺にキスしてみろ」


 今度はアレンが凝視する番だった。驚きと不安に見開かれた大きな両目いっぱいに、ルディレットの真剣な眼差しが映る。


(そんな、棒切れ取ってこいみたいな言い方で)


 耳を塞がれているせいか、余計な音がせず、目の前にはルディレットのぞっとするほど整った顔立ちが。まるで二人きりの世界になったみたいだった。アレンはじっと妖精の瞳に魅入られていた。





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