第17話
明滅する照明が、群衆のアクロバティックな動きをコマ送りにする。効果音が背筋を冷やし、二色のライトがセリフの意味を二つに分ける。テントの暗幕の中で、舞台は完成に近付いていた。
「あと二週間か」
誰にともなく呟いて、さとみはテントの天井を見上げた。縦横に組まれた柵に、絡み合ったコードが伸びている。コンソールに操られ、ライトが舞台の役者たちを照らす。
「みんな、キラキラしてる」
演出家も役者も技術も、裏方の最後の一人に至るまで、みな同じものを見ている気がした。個々の細胞が息づき、一つに集約されようとしている。この一体感。わくわくと胸躍る感覚。こうして作られるのが、カオスの舞台なのだ。
「そうだね」
背中から返事を返され、さとみは振り返った。
「学園祭の前日みたいな感じだね」
気の早いことに厚手のコートを羽織った和泉佑司が笑う。
「昔から何も変わらない。平岡と学生演劇をやってた頃から、ずっとこうだ。僕はこの感覚が大好きでね」
平岡仙太郎と一緒に劇団を立ち上げた中で唯一残っているのが、この和泉だと聞いた。平岡と正反対の長身と、少々カールした黒髪が特徴的な人だ。今回の舞台には出演しないが、葵の補佐として演出を担当している。
「青木さん、手伝ってもらえないだろうか」
舞台に目をやったまま、和泉が言った。
「はい。喜んで」
居酒屋のような返事を返してしまい、少々決まりが悪くなったさとみは、急いで言葉を重ねた。
「買い物ですか? 車出せますから、何なりと」
こちらに顔を向けた和泉は、笑いだしそうな顔で「違うんだ」と言った。
「十二月のチャリティー公演、今回は僕が演出をするんだけど、脚本をお願いできないかな。原作があるから、それに脚色する感じで」
教会で催されるクリスマス公演である。いつもなら葵が演出を担当するのだが、今年は本公演が十一月ということで、和泉が引き受けたのだろう。
「私でいいんですか?」
そう訊ねたさとみに、和泉は「もちろん」と返事を返した。
「出し物は『太陽の東・月の西』。知ってるよね」
ノルウェーの民話だ。不幸な姫君を王子が救うのではなく、囚われた王子を貧しい娘が助け出す話だ。王子を信じきれず約束を破ったせいで彼を失いそうになった娘は、魔女や風の神の力を借りながら、大切な人を取り戻すため奮闘する。
「是非やらせてください」
既に頭の中に、場面とセリフが浮かび始める。書きたい。今すぐにでも。
「親子向けのものだから、あまり奇を
側を通りかかった洸が固まるのが見えた。
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