第11話

 夕飯は天丼になった。二対一で向かい合ってテーブルに着く。

「何か、取り調べみたいだな」

 隼人が笑った。

 話によると、隼人が店の客である彼女の家に泊まったことが原因らしい。いわゆる『お持ち帰り』されてしまった訳だが。

「で、手を出したのか。正直に言え」

 テーブルに片手を付き、凄むように洸が訊ねた。明らかに遊んでいる。

「出してねえよ。泥酔してたわけじゃなくて、疲れて眠かっただけだから。しつこく誘われたけどスルーして朝まで爆睡した。本当だよ、さとみん。俺は惚れた相手じゃなきゃ勃たないんだ」

 不信感が顔に出ていたのだろうか。少し申し訳ない気がした。

「先週あの二人、店に来たんだそうだ。居場所を教えたから自分で落とし前つけろって店長が。稽古でそれどころじゃないってのに、鬱陶うっとうしい」

 今月から稽古のため隼人はバイトを休んでいる。それで彼らは、ここまでやって来たのだ。

「俺の女に手を出してタダで済むと思うなって。ベタな台詞吐いてたよ」

 金銭を脅し取るつもりだったのだろうか。でも彼女の様子は少し違っていたように思う。

「彼女、真剣だったように見えたけど」

 さとみの言葉に、隼人も首を傾げた。

「妊娠が本当なら、あの男の子供じゃないのかな。本人は分かってるだろうに」

 少し考えてから、洸が言う。

「彼女、その男と別れたかったんじゃないか」

 そうなのかも知れない。あの男と別れたくて、隼人に助けて欲しくて、彼女は嘘をついたのかもしれない。

 暫く沈黙の時間があった。隼人が箸を手に取る。

「だとしても、俺は利用されるのは御免だ」

 きっぱり言い切って、隼人は割箸を割った。海老天をつまみ、口に入れる。美味しそうに頬張るのを見ながら、さとみは不安を口にした。

「でも大丈夫なの? ヤクザなんでしょ。また来るかも知れないよ」

 男の腕には刺青があった。勤め先も稽古場の場所も知られている。次は今日のようにはいかないだろう。

 さとみの顔を上目遣いで見やり、海老の尻尾を嚙み切りながら隼人が笑った。

「大丈夫。刺青は偽物だ。本物を見たことがあるから、すぐ分かった。あれは描いたやつ、コケ脅しだ。その証拠に、ひと睨みしたら尻尾を巻いて逃げて行った」

 隼人の眼を思い出す。背筋が凍るような視線だった。研ぎ澄まされた刃のような。

「なかなかのもんだっただろう。さとみんのギョッとした顔で自信が着いた」

「え?」

 驚いた。演技だったというのか。

「芝居だったの?」

「そうだよ。自慢じゃないが、腕っぷしは弱いぜ。本気で喧嘩したら、洸の方が絶対強いな。まあ、お前は一生殴り合いなんかしないんだろうけど」

 なんという無鉄砲。怪我でもしたら、どうするつもりだったのか。

「カオスの看板、めんなってんだ」

 こめかみを押さえるさとみの正面で、どんぶりを空にした隼人が自慢気に言った。


 後日談になるが、その後あの二人は隼人の前に現れなかった。もしかしたら、妊娠は狂言だったのかもしれない。彼女は、自分で『落とし前』をつけることが出来たのだろうか。


「稽古で体中痛いから、もう帰って寝るわ」

 隼人がそう言って立ち上がった。

「送ってく」

「いいよ、近所だから。歩いて帰る」

 立ち上がろうとしたさとみを手で制して、隼人は軽い調子で続けた。

「遅いから、さとみんは泊まって行けばいいじゃん」

「それは、……駄目でしょ」

 葵ちゃんに叱られる。いや、葵ちゃん叱られる。

「だろうな」

 当然のようにそう言って、隼人は大きな欠伸をした。

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