第23話 悪夢
片手を壁につけて進めば迷路は抜けられる。何かの本で読んだ知識だ。迷路の入口と出口を摘まんでギュッと引っ張れば、すべての道が入口と出口を結ぶ一本道になる。落ち着いて進めば、必ず出られる筈だ。
「みんな……どこ?」
岩に反響した声が奇妙に歪んで聞こえた。耳を押さえてしゃがみ込みたくなる。どこで逸れたのだろう。気が付けば一人だった。洞窟は細い分かれ道が沢山あり、どんどん方向が分からなくなる。不安が押し寄せた。何だろう、壁が動いているような気がする。前に進んだ途端、後方の壁が緩やかに形を変え、あった筈の道が消える。手にしたペンライトの光は朧げにしか辺りを照らさない。怖い。とても、怖い。
『洞窟探検してみようぜ』
そう言いだしたのは、同じグループのちょっと不良っぽい奴だった。中学校の行事にしては少々ハードな登山の後で、皆思い思いに休憩を取る中、そいつは入口に注連縄が張ってある洞窟を見つけたのだ。信仰の対象なら入ってはいけないのではないかと思ったが、キープアウトのテープみたいな物だろうと言われて納得した。昔は立小便防止の為に壁に鳥居のマークが描いてあったという話を、お祖父ちゃんに聞いたことがあったから。
『迷いそうなら引き返せばいいさ』
一人は持ってきた懐中電灯、他の四人は今朝、登山口で配られていた安っぽいペンライトを手に洞窟に入った。
五人一緒の筈だったのに、気が付くと一人だった。壁を伝う水に気を取られていた隙に、みんな消えてしまった。
「助けて……誰か」
叫びそうになるのを必死で抑えた。暗闇の奥に得体の知れない生き物が潜んでいるような気がしてならなかった。声を出せば見つかってしまうのではないか。そう思った。
駆け出した足が石を踏み、転んで打ち付けた膝から暖かいものが伝い落ちるのを感じた。
ペンライトが消えて訪れた闇の中を、よろめきながら進んだ。右手に振れる岩の壁の冷たい感触だけが、自分の位置を確認する手段だった。
曲がり角を思わせる婉曲した岩を辿り進んだ時、スニーカーが冷たい水を踏んだ。
目の前に紅い光があった。近付くと、そこには小さな祭壇があり、朽ちかけた木箱が置かれていた。光はそこから漏れている。箱に触れると、ひんやりと湿っているのを感じた。そっと蓋を開けると、光は強くなる。
中を覗き込んだ貢は目を奪われた。美しい光だった。魂が吸い込まれるような透き通った紅い光。
卵ほどの大きさの、勾玉の形をした赤い石がその源だった。ふと、もう一つ同じ形の何かがあることに気付く。いや、「ある」と言っていいのだろうか。紅い石と陰陽のように並べられたそれは、目に見えなかった。すぐ側の紅い光に照らされ、周囲が明るくなっているにもかかわらず、それは暗黒だった。全ての光を吸い込む完全な黒。テレビで見た特殊な塗料でも塗られているかのようだと思った。
紅い光が瞬いたような気がした。操られるように手を伸ばし、石を掴む。
掌に乗せてよく見ようとした時、強烈な光に目がくらみ、何かが身体を貫いたような衝撃を受けた。
とても恐ろしいものが、自分を侵食するのを感じた。
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