第45話 自由人と迎える梅雨

 体育の時間。ふと暗さを感じて見上げると、遠くの空を分厚い雲が覆っているのが見えた。


「雲行きが怪しいな」

「今日は夕方から雨らしいよ。そろそろ梅雨入りするかも、って今朝天気予報で言ってたし」

「……油断してた」


 最近晴れ続きだったから傘を持ってきてない。俺もシャルも。


「おや? ひょっとして傘持ってきてないのかい? 相合傘で一緒に帰るかい? 僕の家に」

「帰らない。委員長に怒られるぞ」

「…………それもそうだね」

「委員長効果凄いなおい」


 名前出すだけで撃退出来たぞ。ちょっと何やってるのか怖くなってきたんだけど。


「……あー、その。相談くらいなら乗れるぞ?」

「ははっ。……ははっ」

「怖い怖い何されてるんだよ」


 乾いた笑い声を上げる隼斗に頬が引き攣りそうになった。委員長、ほんとに隼斗に対しては厳しいらしい。


「まあ、いつかね。相談出来そうならするよ」

「……分かった」


 やっぱり聞くのやめておこうかなとか思いながら、そろそろ先生に目を付けられそうだったので体育の授業に戻ったのだった。



 ◆◆◆


「やっぱり、こうなったか」

「あははっ!」


 帰り道、なるべく急ぎ足で帰ろうとしたのだが。案の定途中で大雨に降られた。


「シャルは楽しそうだな、ほんとっ!」

「うんっ、楽しいよ! テオと一緒ならなんでもね!」

「楽しいのは良いんだが、ちゃんと周りは見てくれよ」

「もちろん」


 駆け足で向かいながらもその辺りはちゃんと意識する。事故とか怪我が一番怖いからな。視界も悪いし。


「テーオっ!」

「なんだ?」


 シャルが名前を呼んできて、ほんの少しだけ速度を緩める。隣にぴっとりと着いてきて――



「帰ったら、一緒にお風呂入ろうね」



 足を滑らせそうになった。シャルに手を握られていたので転ぶ事はなかったが。



「……さ、先にシャル入ってくれ」

「お義母さん達はお仕事で今日帰るの遅いらしいよ?」

「なんで俺より詳しいんだよ。あとそういう問題じゃないから」


 シャルがくすりと笑ってまた速度を少しだけ上げる。


「ふふ」


 その顔に浮かんだ笑顔はこの雨の中でも一切の陰りはない。その瞳に見つめられていると、自然と顔に熱が上っていく。



 ……恥ずかしさはまだまだ抜けそうにない。



 ◆◆◆


「……結局こうなるのか」

「テオ、痒いところはない?」

「ああ、大丈夫」



 今、俺はシャルとお風呂に入っている。……入ってしまっている。


 一応というか当たり前ではあるが、俺とシャルはタオルを巻いている。俺は腰に巻く感じで、シャルはバスタオルを巻く感じで。


「……シャル、ちゃんとタオル巻いてるよな?」

「確認してみる? 手、伸ばしてみて」

「シャルを信じる事にします」


 今更裸くらい――と言われそうではあるが。お風呂は共用スペースである。汚れを落とす場所ではあるものの、汚して良い場所ではないのだ。


 そして、俺とシャルがお風呂に入ってしまえばどうなるのか……想像にかたくない。


 そういう理由もあって、シャルとお風呂に入るのは初めてなのだ。

 ……今回はお互い風邪を引かないように、というちゃんとした理由もあったから入ってるが。


「でもさ、掃除すれば良いんじゃない? 今日お義母さん達仕事長引いて泊まるかもって言ってたし」

「そういう問題じゃ――え、なんて?」

「お義母さん達お泊まりしてくるかもって。テオには連絡なかった?」

「なかったと思う。なんで俺じゃなくてシャルに……」


 ため息を吐きながら、大人しく頭を洗われる。そのまま会話は続いた。


「一つ、思った事があるんだけどさ、テオ」

「ん?」

「別にタオルとっても、そういう事しなければ良いんじゃないのかなって」

「……我慢出来ると思ってる?」

「ううん。無理だと思う。なんか上手いこといって外さないかなって思って」


 こちとら多感真っ盛りの男子高校生である。それを差し引いても、好きな人の裸なんて……そういう思いを抱く人が多数だと思う。



「ちなみに私は外してるよ?」

「シャル? シャルさん? 何言ってるんですか?」

「ふふ、冗談……かどうかはテオが自分で確かめてみてね」

「そんな映画の予告編みたいな……」


 もう目を開けられなくなってしまった。こういう時のシャルは絶対脱いでる。



「じゃあ次は体ね」

「じ、自分で洗えるから」

「ふーん? 目開けないで洗うのは危ないよ?」

「……ボディタオルとシャンプーお願いします」

「ふふ、どうしよっかな?」


 楽しそうな声が真正面から聞こえてきて、うっと声を詰まらせそうになる。俺がお願いする立場なのであんまりどうこう言えない。


「冗談だよ。はい、タオル。もう泡立ててるから」

「あ、ありがとう」



 そうして体を洗い終え――湯船に浸かる。既にシャルは体を洗い終えていたから。


「ねえ、テオ。向き反対に変えない?」

「ダメだ。……我慢出来なくなるから」


 俺達は湯船の真ん中で背中合わせになっていた。凄く押し切られたのでタオルは取っている。


 その代わりにお互いが見えないようにとした結果こうなった訳である。


「ふーん? 我慢してるんだ」

「あ、当たり前だ。……もっと意識して欲しい。その、シャル、魅力的だから」

「……誘ってる?」

「誘ってない」



 お風呂は共用スペース、という事もあるが。最近節操がなくなりすぎでもある。さすがに高校を休んだのは最初だけだが、勉強時間やその他諸々の確保が出来ていない。


 あと……そういうのに脳が支配されるのもどうかなという思いもあったから。割と手遅れな気がしなくもないが。



 ちょっと危うい場面もあったけど、どうにか耐え切れそうだ。


「そういえばさ」

「んー?」


 何にしても、お風呂という場所はリラックスする場所だ。つい間延びした返事を返してしまうな。


「お風呂上がったらテオのシャツ借りるね」

「いいぞー。……え?」


 反射的に頷いてしまって。思わず聞き返すも――



「彼シャツってやつ、やってみたかったんだよね」



 ――楽しそうな声が後ろから弾み、浴室内を何度も反響するだけだった。

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