第44話 自由人との新たな日常
「やあやあやあやあやあやあやあやあ」
「やあが多い。ゲシュタルト崩壊する」
「あっはっは、ごめんごめん。珍しく昨日は休んだんだね」
「あー…………うん。ちょっと体調を崩してな」
「へえ! 恋人と仲良く体調を崩しごふっ」
「隼斗。殴るよ」
「な、殴ってから言わないで欲しいな、小葉」
金曜日。俺達はどうにか学校に行った。めちゃくちゃ筋肉痛になりながらではあるが。
……いや、ほんと筋肉痛なんていつぶりだろうか。しかも普段使わない筋肉を使ったせいか変な痛さがあった。特に腰が。
「おはよ、二人とも」
「おはよう、有紗ちゃん。荻輝君も」
「ああ、おはよう。有北委員長、隼斗」
「おはよう」
一旦は挨拶を交わし、彼女と目を合わせる。示し合わせるように俺から口を開いた。
「シャルはもう大丈夫なんだよな?」
「うん。テオも大丈夫なんだよね?」
「ああ」
シャルは俺よりも体に負担が掛かった……はずなんだが、今日は俺よりも元気であった。昨日はお腹の奥の方が変な感じと言っていたけど。
それと、『シャル』と『テオ』という名前に関する話……これからお互いどちらで呼ぶか、という話もした。
結論から言うと、お互いの呼び方は基本的にこれまでと同じという事になった。
一番の理由として……名前呼びはお互いスイッチが入ってしまいそう、というものがあったからだ。
とりあえずは周りから変な考えをされないようにそう会話をしたのだが。有北委員長がじっと俺達の事を見ていた。
「……ふーん?」
「どうかしたのか? 有北委員長」
「いいえ、なんでも?」
何かを悟ったかのように頷く委員長。気のせいだと信じたい。さすがにこれを悟られていたら恥ずかしすぎる。
しかし、幸いと言うべきか委員長から追求される事はなく。代わりに想像していなかった言葉が飛んできた。
「それよりありがとう、荻輝君」
「……礼を言われる理由が思い当たらないんだけど」
「あっはっは。どうやら君も研磨師の才能があったようだね。その事についてのお礼だと思うよ」
隼斗の言葉は相変わらず意味が分からな――あ、そういう事か。
俺にとってシャルが必要だったように、シャルも俺を必要としてくれた。
こう言うとあれだけど、あの日俺がシャルに言ったから……元の自由なシャルに戻った。
有北委員長は自由なシャルに惹かれて話しかけたと言っていたから。お礼はそういう意味か。
「有紗ちゃんが元気になって私も嬉しいんだ。だからありがとね」
「俺も自分の為にやっただけなんだけどな」
少し恥ずかしく……だけど、嬉しくもあった。
「ふふ。私、テオのそういう所も好きなんだけどね。素直にお礼受け取っても良いとも思うよ。テオも頑張ってたもん」
「……そうだな」
シャルに手のひらを撫でられるのが少しむずがゆい。話題を切り替えようと脳裏を探っていると、一つ思い出した事があった。
「そういえば隼斗に聞きたい事があるんだが」
「なんだい? 何でもいいよ?」
「隼斗って俺と有北委員長の『眼』については色々言ってくるけど、シャルについては言わないよな?」
「ん? そうだね」
「えっと。俺としてはシャルの『眼』も凄く綺麗だと思うんだけど」
隼斗はにこにことした笑みを崩さない。有北委員長もそういえばと隼斗の事を見つめていた。
「うん、僕もそう思うよ。……ただ、そうだね。別に僕が言った所で君の恋人は喜ばないだろう? 僕に言われるより君に言われる方がずっと喜ぶだろうね」
隼斗に言われてシャルを見ると――彼女はとても楽しそうに俺の事を見つめていた。
「テオ、私の眼が綺麗だって思ってくれてたんだ」
「そ、そう……だよ」
否定する事も出来なくて頷くも、顔がどんどん熱を持っていく。……こうならない為に話題を転換したつもりなんだが。
「飛鳥に勘違いして欲しくないんだけど、僕も君の恋人はとても魅力的な人だと思うよ。……魅力的でなかったら、君の事を預けようだなんて思わないから、ね?」
「……私からテオが奪えるとでも?」
「あっはっは。さて、どうだろうね?」
「ふーん?」
なんか二人がすっごいバチバチし始めている。それを見て、有北委員長が一つため息を吐いた。
「隼斗、あんまりからかわない。……これでも隼斗は有紗ちゃんに感謝してるんだよ。荻輝君が一番楽しそうにするんは有紗ちゃんの目だけだから」
「あっはっは。僕は最初からそのつもりで言ってるよ」
「言い方が悪いの。全くもう、ごめんね有紗ちゃん」
「いいよ。悪い人じゃないのは分かってるし」
なんだかんだシャルも隼斗の事は認めているはずだ。あの時助けてくれたし……一昨日もかなり協力してくれたし。
有北委員長の瞳がシャルから隼斗へ移り、それが鋭いものとなる。
「隼斗。帰ったらお仕置きだから」
「えっ。き、昨日もしたよね?」
「したけど?」
「あっ……はい。分かりました」
おお、凄い。隼斗がすっごい大人しくなってる。さすが委員長。ちょっと不穏な言葉が聞こえた気もするが。
と、そこで鐘が鳴った。もうSHRの時間である。
「おっと。もうこんな時間か。それじゃあまた後で、二人とも」
「またね、有紗ちゃん、荻輝君」
「ん、また」
「また後で」
席へと戻る二人を見送りつつ、ふと視線を隣に向けるとブラウンの瞳と目が合った。
「……誰にも奪わせないからね、テオ」
「誰も奪えると思ってないよ。俺も……シャルの事も」
そう返すと手を握る力が強くなる。その顔は嬉色に満ちあふれていた。
――俺とシャルの関係は相変わらず『恋人』のままではあるが。その中身は少しだけ変わっていた。
◆◆◆
「家だと変わったのは少しじゃないんだけどな」
「……? どうかした?」
「どうかし続けてるぞ。何がどうしてこうなったんだ」
「んー、テオがスマホ触ろうとしたから?」
今俺の上にはシャルが乗っていた。座っている上に座られているのである。
勘違いして欲しくないのだが、別に変な事をしている訳では……いやこれ十分変な事だけど。そういう事はしていない。
「なんだろうね。テオが私の事見てないって思ったら対抗心湧いちゃって」
「す、スマホに対抗心ですか。……それは分かったんだけど、息苦しいから少し離れて欲しい」
「やだ」
俺の上に座っているという事は、その分シャルも上に来ているという訳で。
ぶっちゃけると胸が凄く当たっている。というか顔面が胸に包まれている。甘い匂いが凄い事になっていた。
「あとこんな所お母さん達に見られたら絶対変な風に勘違いされるから。とりあえず何時に帰ってくるか聞いておきたいんだけど」
「大丈夫。帰ってくるの夜らしいよ」
「……いつの間にお母さんと連絡先交換してたんだ?」
「割と最初から」
ちょっと衝撃なんだが。変な事話してないだろうなお母さん。
そんな事を考えながら上を向くと――すぐ目の前に彼女の顔があって。そっと唇を落とされた。
「夜まで時間あるよね」
「……一昨日から昨日に掛けてたくさんしたんだが」
「でも今日はしてないよ?」
「そ、そんな毎日する事でもないと思う。というかあれ切らしてるし……」
「ふふ」
シャルが手を伸ばし――恐らくポケットから一つの箱を取り出した。
「実は私もいざって時のために用意してたんだよね。帰りに取ってきたんだ」
「……俺に逃げ場はないんですかね?」
その薄い桃色をした瑞々しい唇が持ち上がり、彼女は三日月のような笑みを見せる。
「私から逃げられると思ってるの? テオ」
「……思ってないな」
肺は既に彼女の匂いで満たされていて。息を吐いたら余計に甘い空気が肺に流れ込んでくる。
「場所変えよう、有紗。ここだとソファが汚れる」
「……! うん!」
据え膳食わぬは――というやつか。
この調子だと本当に毎日しかねないので後で話し合わなければいけないが。
――家での日常は大きく変わりそうだ。
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