第43話 自由人と初めて

 無事に授業が終わり、放課後。

 自然と歩く足が早くなっている。……それは、俺だけじゃなくて彼女もそうであった。


 手は当然のように恋人繋ぎをされている。距離は学校に居る時より近く、ぴっとりとくっついていた。



「そうだ、飛鳥。準備って出来てる?」

「……出来てる。もし我慢が出来なくなった時のために」

「おっけ」


 ちょこちょこ理性が危ない場面があったので、念の為に以前コンビニで買っておいたのだ。……買う時はめちゃくちゃ恥ずかしかったが。


「お義母さん達は?」

「……今日は夜遅くまで帰れないって連絡あった。タイミングが良すぎるとは思うけども」

「りょーかい。もし気になるんだったら私のお母さん達にどっか行ってて貰おうかと思ってたけど。大丈夫そうだね」


 どこかで見てたんじゃないかと最初連絡が来た時は声が出そうになった。

 念の為に『帰ってくるのはゆっくりでお願いします』と送ったら『じゃあ泊まってくる』と返ってきたのが少し怖い。さすがに冗談だと思ってるが。


 ……冗談だよな?



 ――と、考えながら。俺達は会話も少なめに家へと向かったのであった。


 ◆◆◆


「行こ、飛鳥」

「え、えっと、有紗? お風呂とかは……」

「やだ」

「食い気味のやだですか。……俺、割と汗かいてるんだけど」

「そっちの方がえっちだから」

「本性表したな?」


 有紗が手を引きながらくすりと笑う。



「だって、好きなんだもん。飛鳥の全部が」


 当たり前のように直球の好意をぶつけてくる有紗。それどころか――



「飛鳥はどっちがいい? お風呂に入った私と、今の私」



 そんな言葉をぶつけてくる。その言葉に反して、向けられる笑みはとても純真なものだ。


「……今の有紗」

「じゃあ何の問題もないね」

「そう、だな」


 再度手を引かれ、部屋へと連れて行かれる。主導権を取りたい所だが、やめておいた方が良さそうだ。




 解き放たれた鳥はきっと、空を飛び回る事しか考えられないだろうから。


 ◆◆◆


 ぱたん、と扉が閉められる。それが一つの合図であるかのように。有紗は俺を強く抱きしめてきた。


「……飛鳥の匂い、する」

「こっちは有紗の匂いがする」


 甘く爽やかな、オレンジやレモンを思わせるような匂い。今日はそれに蜂蜜を混ぜたような甘さが増してる気がする。


「ちゅー、して。飛鳥」

「……ん」


 せっつかれるように唇を重ねた。


 甘い。そんな事はないはずなのに、甘いと思ってしまう。


 とん、とんと。歯をつっつかれる。……そこをつっつけるものなんて一つしかなくて。小さく口を開く。


 ぬるりとしたものが口内に侵入してくる。それは異物であるはずなのに、体は異物だと認識しようとしない。


 その侵入は二回目だからか……躊躇いがない。舌が絡められてきて、口内をくすぐられる。


 静かな部屋の中にぴちゃぴちゃとした官能的な水音みずおとが響く。

 時計の音など聞こえない。外の音も聞こえない。


 五感の全てで有紗だけを感じる。……それは紛れもなく初めての事だった。


「……ぷぁ」

「……ん。有紗、なんか上手くないか?」

「見て覚えたんだ。うちのお母さんとお父さん、仲良いから。全部お母さんからお父さんに、だけど」

「あー」


 確かにあのお母さんならそういうのを有紗の前でしていてもおかしくない。


「後々お母さんがお父さんから怒られるまでがセットだけどね」

「……要領の良さがこんな所にも活かされてるとは」

「ふふ。好きこそものの上手なれ、ってね」

「それ少し使い方間違ってるような……?」

「飛鳥の事が好きだから合ってるよ。いつか飛鳥とするから……ってね」


 人差し指でつんつんと唇をつつかれる。その言葉に俺は何も返せず……ゆっくりと場所が移動された。


 カーテンを閉められ、電気が点けられる。そして流れるようにベッドに押し倒された。


「あー。有紗? こういうのって普通逆な気がするんだけど」

「普通なら、ね。手貸して、飛鳥」

「……?」


 有紗に言われて手を出す。すると、手を握られ……引かれる。スカートの中へと。



「あれからずっと我慢してたから、そろそろ限界なんだ」

「ッ――」

「そういう飛鳥も期待してるみたいだけど?」


 手が伸びてきて、撫でられる。

 ゾクゾクとした快感が脳を痺れさせ、ドクンドクンと内に眠る熱が鎌首をもたげた。


 その綺麗な顔が近づいてきて、耳元で止まる。


「それじゃあ改めて――覚悟してね、飛鳥。全部、ぶつけるつもりだから」


 鼓膜が揺さぶられ、手が肌をなぞる。



「明日、学校行けなくなったらごめんね?」



 ◆◆◆


 日が沈み、やがて日が昇る。

 その事に気がついたのは、カーテンの隙間から漏れる日射しに肌を焼かれてからであった。


 長らく触っていなかったスマホを見て、思考が止まった。


「……えっ、と?」

「……びっくりだね」


 時刻は午前九時を指していた。


 あれから十二時間以上経っている?

 いや、嘘だよな?


「でもほら、使ったのから時間逆算したら合うよ。どんどん一回が長くなってたし」

「全部使ったのか……かなり余裕を持たせて買ったつもりなんだけど」


 ゴミ袋に入れていた箱を見て戦慄する。自分でも引く。


「飛鳥もよくついてきたよね。男の人って一回したら出来なくなるって聞いた事あったけど」

「俺もそのはずだったんだけど。最近全然処理出来なかったから……じゃ済まされないなこれ」


 というかどうしよう。もう高校始まってる。


「……まあ、無理だよな」

「うん。見て、まだ脚がくがくしてる」


 有紗の言う通り、とても立って歩ける状態ではなさそうだ。それは俺も同様で、というか俺の方が歩けない。



 ――もう一回、しよ?



 ……それをずっと言われては無理だなんて言えるはずがなかった。


「今日だけ許してくれたりしないかな」


 そう思ってスマホを開くと、一つ通知が来ていた事に今気づいた。



『急遽お仕事が入ったからお父さんと沖縄まで行ってくるね! 帰ってくるのは明日になると思うから! あと、今日は学校お休みにしておいたから! たまにはゆっくり休んでね』


「全部見透かされてる」

「飛鳥も? こっちも同じ感じ」


 有紗がスマホを見せてきて、そこには俺と同じように今日は休みにしておく旨が書かれていた。


「……じゃあ今日はお休みだね?」

「……そうだな」

「さすがに冗談だよ、飛鳥。私もさすがに体限界だし」


 頬が引き攣ってしまうも、有紗の言葉に安堵する。


「初めてだな。有紗の体力がなくなるのって」

「そうだね。……触っとく?」

「やめとく」

「柔らかいよ?」

「…………もう一回戦がだらだら始まりそうだからやめとく」

「ふふ、そっか」


 小さく笑う有紗。……シーツの洗濯もしないといないし、制服も多分シワになりそうだ。



 だけど――


「とりあえず寝るか」

「そうだね。ちょっとだけ寝てから後の事は考えよ」

「そうだな」


 外は明るい。学校が始まり、社会が動き出す時間。


「飛鳥」

「……ん」


 名前を呼ばれ、カラメル色の瞳に見つめられる。彼女が何を欲してるのか悟って――唇を重ねた。


「ふふ」

「どうした?」

「んーん、なんでもない。嬉しくなっただけだから」


 また、今度は彼女の方から唇を重ねられる。


「有紗」

「なーに?」


 彼女の名前を呼んで、少しだけ考える。



 ……いや。今じゃないな。



「なんでもない」

「そう言われると気になっちゃうんだけど?」

「ごめんごめん」


 有紗の言葉に謝りつつも笑う。



「――二年後に言うよ」


 最後にそう付け加えると、有紗が目を丸くして。にこりと笑った。



「楽しみにしとくね」


 その言葉に頷いて、目を瞑る。



「おやすみ、飛鳥」

「おやすみ、有紗」



 また一つ、俺達の関係は進んで――これから先、どうなるのだろうか。

 未来の事は分からない。それでも……有紗シャルと一緒なら楽しくなるんだろうな。



 目を覚ました後の事が。明日が楽しみで仕方ない。


 その思いを胸に、俺は彼女の手を握る。


 ――有紗シャルと再会する前の俺はもう、そこには居なかった。





 五年ぶりに再会した自由人系美少女がキスと求婚をしてきたので、とりあえず恋人になってみた〈〜完〜〉


 ――――――――――――――――――――――


 あとがき

 作者の皐月です。

『五年ぶりに再会した自由人系美少女がキスと求婚をしてきたので、とりあえず恋人になってみた』をお読み頂きありがとうございました。


 このお話でひとまずは本編が完結となります。近況ノートでも書きましたが、作者の私としても予想外の完結となりました。


 本当はもうしばらく続くつもりだったのですが、飛鳥君ならここで覚悟を決めるだろうなぁ……と思いまして、急遽このようになりました。



 さて。本編は完結しましたが、この物語が完結する訳ではありません。まだ書きたいお話があります。


 これからは書きたいお話を書きつつ完結を目指していく予定です。もしかしたら更新頻度が落ちるかもしれませんが、お暇な時にでも読んでいただければとても嬉しいです。


 それでは、また次のお話でお会いしましょう。

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