第41話 飛鳥の覚悟

 次の日。シャルと一緒に学校へ向かっていた。……手を繋いで。



 手のひらから伝わる暖かさ。鼓膜に小さく響く息遣い。


 当たり前の事ではあるが、目を向けずとも隣に彼女が居る事が分かる。目を向けると更にその実感が湧いてくる。



 ブラウンの髪にカラメル色の瞳。その顔は美人系であり、とても綺麗で。でも、ただ綺麗なだけではない事を知っている。


 時折見せる笑顔はその綺麗さを強調している。でも、子供のような笑みを見せる事の方が多い。

 たまに見せる何かを企んでる笑みは……小悪魔のように不思議な魅力を持っている。


 ずっと顔を見ていたからか、彼女が俺の視線に気づいて目を合わせてくる。同時に、歩いていた足も止まった。


「……? どうかした?」

「なんでもない」


 首を振って歩き始めるシャル。彼女は頭にクエスチョンマークを浮かべながらも隣を歩き始めた。


 シャルは歩きながら手を握る力を弱めたり、強めたりする。たまには指でとんとんと手の甲を叩いてきたりと、じっとする事はない。



 その姿は自由に見えるが――注意をされた日から、彼女が外で極度に近寄る事はなくなっていた。


 ……分別を弁えた、と言えば良い事だと思う。ここは日本であり、過度な接触は良くない感じとされる。それは学校だけでなく、外でもそうだ。


 隼斗から聞いたのだが、他の高校では近くの公園で仲が良さそうにしていた男女が学校に連絡されたらしい。


 それが一体どれくらい仲良くしていたのかは定かではない。

 だけど、隼斗は『人にもよるからね。例えば、ただ抱きついたりするだけでも人によってはイラッとする。腹が立った勢いで学校に通報するケースもあるって聞いたよ。人から聞いた話だけどね』と言っていた。


 ……学校でも色んな目を向けられたし。その意味も分からない訳ではない。


 家では前以上にくっついてくるし、これは良い変化……なんだろうが。


「~~」


 鼻歌を歌いながら歩いているシャル。楽しそうに見えるが――時折向けられる視線は寂しそうに見えた。



 ――我慢をしているシャルを見ていると、胸がザワついてしまう。それと同時に、一抹の寂しさを覚えてしまっていた。


 ◆◆◆


「やあやあ飛鳥。今日は一段と輝いているね。食べちゃいたごふっ」

「なんで隼斗は自嘲しないのかな。有紗ちゃんはちゃんと我慢してるんだよ」

「あっはっは」


 学校でも彼は相変わらずだ。……ただ違う事があるとすれば、彼が話しかけてきても彼女が抱きついてきたりしない事だろう。


 凄く、凄くむず痒い。

 ……以前までは離れろ離れろ言ってたのにな。



 天井を見上げ、息を吐く。


「飛鳥。ため息をついたら幸せが逃げるよ」

「……その分私が幸せにするけど?」


 シャルは隼斗につっかみかかる事は少なくなっている……ものの、今のように彼が煽るような発言をした際は不機嫌になる。



 シャルが近づいてくるものの、体が密着したりはしない。ただ手を強く握られるだけだ。


 隼斗は楽しそうに俺を見ていて、有北委員長は呆れた目を彼に向けている。



 ……それから少しして、隼斗達が居なくなった後。俺はスマホを取り出した。



『今日の昼休み、頼む』


 そうに送る。そして、連絡先からもう一人の人物へ移り――



『昼休み、特別棟の第三多目的室に来て欲しい』



 ――と、に連絡を取ったのだった。


 ◆◆◆


 多目的室。そこは文字通り、色々な授業で使われる部屋だ。

 数学や英語で生徒をテストの点数で分けたりとかが一番使われるな。あと、教室の冷房や暖房が壊れた時とかにも使われる。


 基本、多目的室の隣は先生の準備室であるが、先生も授業がある時にしか来ない。


 ……加えて、ここは第三多目的室。第一や第二はそこそこ使われるものの、第三はほとんど使われないのだ。



 水曜日の昼休み、この教室……というか、この階に誰かが来る事はない。昨日隼斗から聞いた事だ。


 加えて、多目的室の利用状況も先程隼斗が確認してきてくれた。職員室の前にあるのだ。第一も第二も次の時間は使われないらしい。


 更に――彼は言っていた。

『安心してよ。万が一すら僕は許さない。多目的室には誰も通さないから』


 ……いやもう、至れり尽くせりが過ぎる。


 どうしてそこまでしてくれるのか気になって聞いてみたが、これまた『友達が殻を破ろうとしているのに手伝う理由がいるかい?』と返された。


 委員長のお陰でそうなったのか、元々そうだったのかは分からない。でも、委員長は隼斗のこういう所が好きなんだろうなと思った。



 さて。落ち着くために色々と思い出していた訳だが。全然落ち着けないな。めちゃくちゃ緊張する。


 一つ息を吐いて机にもたれかかる。


 そのまま眼を瞑り、ただ待つ。それから程なくして――とん、とんと。足音が聞こえてきた。


「……来た」


 机から離れ、その時を待つ。ドクンドクンと心臓がうるさく鳴り響いていて。



「ごめんね、遅くなっちゃって」

「いや、大丈夫だ」


 シャルが来てくれた。その事実だけでホッとしてしまう。別に来ないかもとは思っていなかったんだが。それでも感じていた緊張が緩み、しかし、彼女の言葉に引き締められた。


「どうかしたの? ここに呼び出して」

「少し、な。……シャル、こっち来て欲しい」

「……?」


 とりあえず近くへ来て貰う。そうしなければ始まらない。


 ドクドクと心臓が脈打つ。これからする事を考えると、今でも迷ってしまう。


 本当に良いのだろうか。


 嫌われたらどうしよう。


 そんな思いが胸の中を渦巻き――霧散させる。


 一度覚悟を決めたのだから、もう迷う必要はない。



「シャル」

「なーに?」


 名前を呼ぶと、彼女は楽しそうに返事をした。



「――


 その目が大きく見開かれ、カラメル色の瞳の奥に自分の姿が見えた


 琥珀色アンバーの瞳。『気味が悪い』とか、『気持ち悪い』とか……『病気』だとか、散々に言われた瞳。


 それでも、彼女は再会してすぐに言ってくれた。


 ――私は誰よりも綺麗だと思うよ。テオの目

 ――琥珀色。綺麗で好きだよ、テオの目も。テオの事もね


 ――ふふ。テオは私かそれ以外の人。どっちを選ぶのかな?

 


 あれから時間がかかって遅くなってしまったけど。


 俺は、他の誰かじゃなくて有紗シャルを選ぶよ。有紗シャルの言葉を信じる。

 有紗シャルが俺を信じているから、俺も俺の事を信じる。


 シャルに我慢して欲しくないから。俺ももう我慢しない。



「んっ――」



 彼女の唇に、自分のものを合わせた。

 逃げたり、拒否される事はない。



 彼女の匂いが強くなって、脳を甘く痺れさせる。思考をやめたくなってしまう。


 ずっと続けていたい。でも、それだと言葉が足りないから。




 ゆっくりと、静かに唇を離す。



「俺は、有紗の事が好きだ」



 シャルは――有紗は。いつもと違って顔を真っ赤にしていた。

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