第40話 変態の理由
「テーオ」
耳元で囁かれる。構うと余計ちょっかいを出されてしまうので無視をしないといけない。
無視……したかったんだが。
「大好きだよ、テオ」
耳元でそう囁かれると――色々と、限界を迎えそうになってしまう。
彼女はあの日――学校で注意があった日から変わった。変わったというのも少し違うかもしれないな。
シャルは学校で我慢した分、家でその分を取り戻すかのようにくっついている。というかトイレと風呂以外はずっと一緒な気がする。
それは正直悪い気がしない……のだが。
彼女と一緒に居ると、色々と困る事があるのだ。何が、とは言えないが。
「な、なあ、シャル。ずっとこっち居るけど家には帰らなくて良いのか?」
「もうちょっと居とこうかなって。お母さんとお父さん仲良いし、夫婦の時間を作るのも大事かなって思ってね」
「そ、そうか……」
一日。いや、半日。なんなら数時間でも良いから一人になりたい。
「そ、そうだ。有北委員長と次はいつ出かけるんだ?」
「まだ決めてないかな。……でも、今はテオといっしょがいいな」
「ッ……」
……好きな人にそんな事を言われて嫌な気分になる男など居ないだろう。
嫌にはならないが、困ったものである。
本当にどうしようかな。
「……ねえねえテオ」
「なんだ?」
「ふふっ、なんでもない」
彼女とのやり取りは一見すればただのカップルのように見えなくもない。
しかし。彼女は今、俺の肩に胸を押し付けているのだ。
「し、シャル? あんまり近いと、ちょっと困るんだが」
「大丈夫だよ。困ってるテオ見るの好きだから」
「何も大丈夫じゃないな?」
「そうかもね」
クスクスと笑うシャル。……一旦。一旦は好きにさせておこう。学校では我慢しているんだし。
……俺もそうではあるが、シャルにも我慢させっぱなしなんだよな。出来るだけ自由にさせてあげたいという気持ちはあるんだが。
……。
◆◆◆
「やあ飛鳥。どうしたんだい? 何やら目の輝きが失われているようだけど」
「それで判断出来るのちょっと……あれだな」
「言葉を選んではいけないよ、飛鳥。僕は罵倒されるのが好きなんだから」
「余計言うわけにいかなくなったわ。それを聞いて尚罵倒するのはそういうプレイなんだよ」
体育の時間、隼斗から話しかけられた。相変わらずではあるが……悪い人ではないからなんとも言えない。
「一つ、相談してみていいか」
「なんだい? 僕の性癖が知りたいかい?」
「知りたくないし眼だろ」
「あっはっは。僕の性癖を甘く見ない方が良いよ。上から下まで全部教えてあげようか。それこそ、髪の先端から爪先まで……ね」
「断る」
高笑いをする隼斗にため息を吐く。相変わらずブレないな、こいつは。
「それで何を相談したいんだい?」
「……隼斗ってさ。自分で考えた事をすぐ口にするっていうか、その。好意とか隠さないよな」
「ああ、うん。そうだけど?」
「凄い、よな。ううん。凄いと思う」
当然のように口にするが。人に対して好意を伝える……という事が、どれだけ凄い事なのか。
「怖く、ないのか?」
「怖いよ」
主語がない言葉。しかし、彼は全てを理解しているかのように首肯した。
「好きな人には離れて欲しくない。もう一人になりたくない」
眼を見開いた。自分の底にある感情を突かれたような気がして。
「だから、僕は好きな人には好きだと伝えるんだよ。居なくなって欲しくないからね」
「……俺は」
「君だってそうさ。何度も僕を拒絶しているのに、こうして僕に相談してくれる。それも、僕が君に好きだって何度も伝えているからね」
彼の言葉に口を閉じた。その言葉を否定する事は出来ない。
もし俺が彼に嫌われていたとすれば……今、こうして話しかける事はなかっただろう。
「まあ、僕がこうなったのは小葉の為、という事でもある」
「……委員長の?」
「ダイヤモンドの原石、というものを君は見たことがあるかい?」
「……? 一度だけあるが」
「あるんだ。珍しいね。僕は写真でしか見たことないよ」
「両親が考古学者で顔が広くてな。知り合いに鉱山で働いている人が居たんだ」
初めて見た時は驚いた覚えがある。ダイヤモンドとは思えないくらい……宝石ってちゃんと石なんだなと理解させられたというか。
「それなら話は早い。宝石というものは、誰かに磨かれない限り輝きはしない」
「……」
「それは人間も同じなんだよ」
同じ、か。
「綺麗な瞳を最初から持っているものなんて居ない。環境に、そして磨く人によって輝くかどうか変わる。小葉には僕が必要で、僕には小葉が必要だったように。……とは言っても、僕の場合は下水を吸って成長した石も同然だ。見る人によってはバレてしまうけどね」
彼の言葉に、シャルが彼に対してやけにツンケンしていた事を思い出した。
「……俺は今の隼斗しか知らないけど。変わろうとしているんだって事は気づかされた。過去はどうあれ、変わろうとしている人に褒める以外の事はしたくない。シャルだって、あれからはお前の事を見直してるはずだ」
「キスしていいかい? こう、ぶちゅっと」
「やだよそんな趣味ねえよ」
「あっはっは、つれないねぇ」
顔を近づけようとしてくる隼斗から離れると、隼斗がまた高笑いをした。
「やっぱり君は綺麗な眼をしてるよ」
「……綺麗、ね」
「分かる人には分かるんだよ。逆に言えば、分からない人には分からないだろうね。世の中には宝石をただのガラス玉としか思ってない人も居るくらいだから……っと。話が逸れすぎているね。元々は……僕が好意を隠さないという話だったっけ」
あくまで話の延長みたいな所ではあったが、今は授業中。長話は出来ないと、隼斗が話をまとめる。
「居なくなるのが怖いから。それで、もっと僕の事を好きになって欲しいから。これが答えになるんじゃないかな」
「……なるほど。ありがとう」
「あ、ちょっと待って」
それで話は終わりかと思ったが。隼斗に呼び止められた。なんだろうと振り向くと――
「一つ、良いことを教えてあげようと思ってね」
そう言って、彼は耳打ちをしてきたのだった。
◆◆◆
「テーオー」
「……」
「むー。テオ?」
頬に柔らかな感触があり……そこに目を向けると、カラメル色の瞳がすぐそこにあった。
「やっと見てくれた」
その言葉が耳をくすぐって、ゾクゾクと背筋に何かが走る。
「大好きだよ、テオ」
まっすぐと向けられたその言葉に……学校で隼斗と話した事を思い出した。
「あ、今他の男の事考えてたでしょ」
「なんで分かるんだよ。……ちょっとな」
ふう、と息を吐いた。
「シャル。明日、ちょっと話したい事があるから昼休み空けて欲しい」
「んー? おっけ」
そろそろ覚悟、決めないといけないな。
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