第39話 自由人と我慢 ※有紗視点

 隣でテオがじっと教科書を読んでいた。


 琥珀色の目をじーっと見ていると、つい顔を近づけてしまう。


「シャル?」

「あ、ごめんごめん。つい癖で」


 ……バレちゃった。今なら行けるかなーって思ったんだけど。


 んー。難しい。誰にも見られてないなら出来るかなって思ってたんだけど。テオのガードが硬い。


「まさかお前、誰も見てないなら行けるかなとか考えてないよな」

「…………考えてないけど?」

「シャルって嘘つくのだけは下手だよな。まあ、俺が気をつければ良いだけなんだけども」


 そこまでばれちゃってたか。んー。今日は厳しいかな。


 ため息を吐いていると、テオが手を差し伸べてくれた。


「ほら、手なら良いんだろ?」

「……ちゅーしていい?」

「ダメ」


 だけど、こういう所が好き。

 そう思いながらテオの手を取って、授業に集中した。


 ◆◆◆


 それから私は我慢を強いられる日々が続いた。家で我慢出来なくなりそうになるけど頑張ってる。


 体育の時間。バレーだったのでストレス発散になるかな……って思ってたんだけど、避けられるから弱めに打たないといけない。


 試合ゲームが終わって、休憩時間。ぼんやりと体育館からグラウンドを見る。目は自然とテオの事を追いかけていた。


「だ、大丈夫? 有紗ちゃん」


 その時、心配そうな声が掛けられた。小葉だ。



「んー。あんまり大丈夫じゃないかも」


 さっきのもテオなら受け止めてくれたのに、とか考えそうになってやめる。


 んー。いろいろ溜まってきてるなぁ、私。


「ちなみに小葉達ってどれぐらいの頻度でちゅーしてるの?」

「へっ!?」


 ちょっと気になって聴いてみると、小葉が可愛い声を上げた。


「……? してないの?」

「し、してるけど」

「じゃあどれくらいするの? 一日何回くらい?」

「と、当然のように毎日する前提で聞いてくるのね」

「毎日してないの?」

「……してる、けど」


 頬を真っ赤にしながら言ってくる小葉。あんまり周りとこういう話はしてこなかったのかも。


「い、一日……差はあるけど、最低でも三回くらいかな」

「ふうん? 最低?」

「最高は……か、数えてない」

「数え切れないくらいしてるんだ」

「そ、そういう訳では……あるけど」


 まあ委員長が変態だしそれくらい……って思ってたら、小葉がぽつりと呟いた。



「その……分からないくらい、しちゃってるから」


 へえ?


「そういう事もしてるんだ」


「………………うん」



 耳まで真っ赤になった。恥ずかしそうだけど、嫌って訳でもなさそう。


「参考までに聞きたいんだけど、どっちから誘ったの?」

「……私から」

「意外。でもそっか。そういうのもありか」


 という事は私から、ってのもありになる。というかちゅーはテオからしてくれたんだし、私からするのは普通にありかもしれない。あれをテオからちゅーしてくれたって言うのは微妙かもしれないけど。


「わ、私からだけど。ちゃんと許可っていうか、むりやりとかじゃないからね?」

「大丈夫。テオが嫌がる事はないから」

「むりやりする前提だ。……多分そうなんだろうから何も言えない。……あと、避妊はしないとダメだからね?」

「頑張る」

「が、頑張ってね……?」


 んー。でもあと一回くらいテオからちゅーして欲しいな。……それまで我慢出来るかな。


「もう一つ聞きたいんだけど」

「えっと、何かな?」

「小葉って恋人とくっつけなくて我慢出来ない時ってどうしてるの?」

「が、我慢出来ない時は……えっと、人には言えないかな」

「んー。そっか。ありがとね」


 家では大丈夫だから……学校ではどうしようかな。


 ずっと悩んで。だけど答えは出せないまま時間だけが過ぎていった。


 ◆◆◆


「……これ、どんな状況だ?」

「最近テオとくっつけてなくてテオ成分が足りてないから」

「だ、だからってこの体勢は色々まずいんだけど」

「大丈夫だよ。私は」

「俺がまずいんだよ」

「テオが座られたそうな顔してるから悪い」

「責任転嫁が雑すぎる」


 テオがソファに座ってたからつい膝の上に座っちゃった。そのついでに頭を胸に抱えると、テオが恥ずかしそうに頭を引こうとしたので、抱きしめておいた。


「まあそう恥ずかしがらないでよ」

「無理だよ。親居るんだよ。同じ部屋に。ガッツリ見られてるんだよ」


 テオが目を向けた方にはお義母さんとお義父さんが居た。


「良いのよ、気にしないで。お母さん達は仲良くしてる二人を見てるだけで楽しいんだから」

「そうだよ、飛鳥。有紗ちゃんも構わず続けて良いからね」

「……だってさ?」

「お母さんは元々天然入ってるけどお父さんくらいは正常で居て欲しかった。子供の事に関するとIQ下がるんだよな……もう」


 ため息を吐きながらも顔を赤くするテオ。恥ずかしそうにするのが可愛い。


 その頭に顔を埋めると、テオの匂いが強くなる。その顔が更に赤くなった。


「し、シャル……その。俺、今日体育でかなり汗かいてるから」

「私はお風呂入ったから大丈夫だよ」

「俺が大丈夫じゃないんだが!?」


 私は同じてつを踏んだりしない。今日は(テオの家に)帰ってすぐお風呂に入ったから大丈夫。


「せ、せめて風呂入ってからにしないか?」

「え? いっしょに入る?」

「そうはならんだろ。あとシャルは風呂入ったって今言っただろうが。……俺が風呂入ってくるから、ちょっと待っててくれ」

「え、やだ」

「やだ!? なんで!?」

「もったいないし」


 体育があった日のテオはテオの匂いが強くなるから、って言ったら変態みたいだしやめておこうかな。


「もうちょっと楽しんだら、ね。私が満足したら解放するよ」

「……昨日、帰ってきた後にそれ言われてから一日中抱きしめられた気がするんだが」

「学校だと出来ないから仕方ないよ」


 そう。学校ではくっつけないから。だから仕方ないんだ、うん。


「これでも我慢してるんだよ」

「……はい?」


 ほんとなら唇奪って押し倒すくらいはしたい。……けど、さすがにここじゃ出来ないし。というかそんな事したら理性なくなるだろうし。


 だから今は精々テオの上に乗っかったり、頭とか首筋に顔を埋めたり――


「ッ――し、シャル!?」

「ん、ちょっとしょっぱい」


 少しだけ舐めるくらいしか出来ないのだ。



「ふふ、ごめんごめん」


 うなじを袖で拭いて、今度は彼の頬に唇を付ける。



 それでもまだまだ――テオ成分が足りないなって思った。

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