第38話 自由人と禁止令

 夢を見ていた。昔の夢とかじゃなくて、時々見る意味の分からないような夢。


 暖かい日射しが照る公園で横になる夢だ。

 芝生は草とは思えないくらいふかふかで柔らかく、甘い匂いがする。


 すると、どこからかぽとりと果実が落ちてきた。果実にしてはやけに柔らかかった。


 リンゴやミカンでもない、不思議な果実。それに口を付けると、とても甘くて、柔らかくて……ふと、あの日の事が脳裏を過ぎった。



 ◆◇◆◇◆


「おはよ、テオ」


 目を開けると、すぐ目の前にシャルの顔があった。凄まじく近い。とんでもなく近い。


 じっとカラメル色の瞳が見つめてきて、彼女は小さい桃色の舌をちろりと出して唇を舐めていた。


 まるで――いや、それはないだろう。彼女がしないと言ったのだから。



 ……本当にないのか?



 脳内を掘り返すと、色々な記憶が出てきた。



 ――分かった分かった。もう試練系はやらないからさ。明日は別の場所行こうね。

 彼女が言った次の日。俺はしっかりと残りの試練……こと度胸試しをされた。



 ――約束するよ。大丈夫、今日はテオの事連れ回さないよ。

 その日。俺は目的地である本屋へ辿り着く事が出来なかった。主に彼女の寄り道が原因で。次の日はちゃんと行けたんだけども。あの時はさすがに怒った気がする。



 思い返せば割とあるな。……という事は?


「どうかした? テオ」

「……なんでもない」



 まあ、考えても分からない事だ。聞くのも怖すぎるしやめておこう。


 自分の唇へ触れると……いつもより水分を含んでいる気がした。いや、気のせいだ気のせい。


 シャルがくすりと笑って手を自身の……大きな球体へそっと当てた。面白いくらい簡単にそこはむにゅりと形を変える。


「揉みたい?」

「も、揉まないから。近づけないでくれ」


 ゆっくりと近づいてくる柔らかな球体から目を逸らし、小さく息を吐く。



「それじゃあ学校行く準備しよっか」

「ああ……」


 返事をしつつも、彼女に挨拶を返していない事を思い出した。凄く今更ではあるが。ここで返さないと引きずりそうだ。


「……おはよう、シャル」

「うんっ、おはよ、テオ」


 そうしてまた、一日が始まったのだった。


 ◆◆◆


「やあやあやあやあ。おはよう飛鳥、流川さん。飛鳥は今日も綺麗な瞳をしているね。舐めていいかな?」

「朝から飛ばしすぎだ。……おはよう、隼斗。有北委員長も」

「ええ。おはよう、荻輝君。有紗ちゃん」

「おはよ、委員長と小葉」


 元気にニコニコと爽やかな笑みを浮かべて挨拶をする隼斗と、彼を呆れた表情で見る有北委員長。


 あれから、俺とシャルが隼斗の事を見る目は多少変わった。助けられたから、というか。……変態ではあるが、悪い人じゃないというのが分かったからという事が大きい。


 昔はちょっとあれだったのかもしれないが、今はマトモ……という言い方も不適切な気がするな。


 とにかく、今の隼斗は誰かに優しくしようとしている。有北委員長が言うには、今の隼斗は自分磨きをしているらしい。クラス委員長をしているのもその一環との事だ。


 そして、西高の事は主に隼斗が進めてくれている。


『こういうのは慣れてるからね。もし何かあったら僕の方から連絡を入れるよ』


 と彼は言っていた。さすがにお礼を言うだけだとあれだったが……両親が菓子折を用意してくれていて、色々とお礼はした。それで足りているとは思えないが、彼に『あっはっは。これ以上お礼をしたい? なら僕の部屋で……』と言われてやめた。あと有北委員長が腹パンしてたから。お礼をしすぎると隼斗の命が危ない。



「今日は一段と目が綺麗だね。何か良いことでもあったのかい?」

「……別に」


 良いことと言われて昨日の事を思い出しそうになって、首を振る。しかし、それが分かっているかのように隼斗はニコニコとしていた。


 シャルは後ろから俺に抱きついてきていたが、その目を隼斗から有北委員長へと向けた。


「あ、そうそう。小葉、今週日曜でも良い?」

「うん。大丈夫、空けてる」


 今週はシャルと委員長が遊びに行くのだ。俺はどうしようかな。


「じゃあ僕達はどこのホテル街へ行こうか?」

「せめて下心を隠せ。隠したところで行かないが」

「あっはっは」

「……はぁ」



 今日も今日とて大変な日常が始まる――と、この時は思っていた。


 ◆◆◆



「えー。最近、風紀が乱れているとの報告が入っています」



 ビクリと肩が跳ねる。すっごい視線が集まってきた。


「どなたが、という事ではなく。色んな学年で報告があります。仲が良いのは良いことだと先生は思いますが。……ここは学校であり、公共の場です。それを忘れないようにお願いします」

「はい! 弁えております!」


 大声で返事をする隼斗。どの口で言っているんだよ。本当に。


 目を隣に向けると、カラメル色の瞳と目が合った。少し拗ねたように彼女は唇をとがらせている。


「では、次のお知らせですが――」


 ◆◆◆


「テーオー」

「……先生に言われただろ。あんまり抱きついたりしないようにな」

「ちゅーは?」

「ダメ」

「えー」

「えーじゃない」


 先生のあれは警告だろう。今までのは見逃してやるけどこれからは注意しないといけなくなる的なやつだ。


 俺としても怒られたい訳じゃないし、周りに迷惑を掛けたい訳じゃない。……いやもう、反省してます。もうちょい周り見ます。


「飛鳥、大変な事になったね。こうなったら僕とがふっ」

「隼斗。風紀乱さない」

「ぼ、暴力は風紀違反では?」

「必要暴力だからセーフ」


 隼斗が近づいてくるも、有北委員長から肘鉄を食らって悶絶していた。


「でも、大変? な事になったのかな。有紗ちゃん」

「死活問題だよ。テオとくっつけないなんて」

「そ、そこまでなのね?」


 委員長も苦笑いである。シャルは何かとくっついてきていたからな。


「んー。でも風紀乱さないってどこまで行けるのかな。小葉はどう思う?」

「難しい所ね。ハグとかはダメだろうし、あんまり体をくっつけるのも……手を繋ぐのはセーフかな?」

「なるほど。テオ」

「はいはい」


 手を伸ばすと、ぎゅっと握られた。これからはこれがデフォになりそうだ。


「キスはどうかな?」

「……ダメだと思うよ?」

「そっかー。手の甲にとかは?」

「…………ダメだと思う」

「むー。脚は?」

「もっとダメだと思う」


 どこまでセーフか考えているシャル。一歩間違えたら指導コースとなりそうだが、委員長が付いてるから多分大丈夫だと思う。


 それはそれとして、脚にキスはなんか色々やばい気がする。


「じゃあノーズキスは?」

「絶対にくっつこうっていう意思を感じる……けど、どうなんだろう。ダメっぽい気はする」

「ダメだと思うぞ。多分」

「じゃあ頬を擦り合わせるのは?」

「説明したら行けそうだけど……なんで荻輝君以外とはしないの? って話になりそう」

「じゃあダメかー」


 凄いな委員長。シャルがすっごい素直に話を聞いてる。いやこれ素直って言って良いんだろうか。とりあえず良いという事にしておくか。


「とりあえずは手だけで我慢する? その代わり家帰ったらいっぱいしようね」

「い、言い方。そういうのは…………してないから」

「荻輝君。間の空き方が何かある人の空き方なんだけど」


 委員長にそう言われるが、何もないかと聞かれると……何も言えない。


「じゃあ僕達も――」

「隼斗は私とね」

「あっはい」


 手を伸ばしてくる隼斗だが、それを委員長が取った。あっちもあっちで仲は良さそうだ。


 という事で、その日からシャルとは学校で適切な距離感を保つ事になりそうだった。


「……」


 シャルは凄く不服そうで、何か良くない事を考えているようにも見えたが多分気のせいだと思う。気のせいであって欲しい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る