第37話 自由人は触りたいし触って欲しい

「テーオ、ちゅーしよ」

「……課題やってるんだが」

「課題やりながらでもちゅーは出来るよ?」


 後ろからハグをされ、頬に特別柔らかいものが押し当てられる。

 肩にむにゅむにゅと柔らかなものが押し当てられ、必死にそこから意識を逸らした。


「それとも触る方が好き?」


 ……彼女が更に強く押し付けてきた。逃げ場がなさすぎる。


「そ、そういう事はしない」

「一回も二回も変わらないよ?」

「…………課題やらないといけないから」

「ふふ、そっか。残念」


 そう言いながらもシャルは離れる気配を見せない。


「し、シャルは終わってるのか?」

「うん。学校で終わらせてきた」

「……シャルって頭良いよな」

「要領は良いと思うよ。感覚さえ掴めたらノリでね」


 本当にスペックが高いな。彼女らしいとも思うけど。


 問題を解いている間、シャルがじーっと俺の頭頂部に顎を置いて見ている。


「暇なら漫画とか読んでて良いんだぞ」

「暇じゃないよ。テオの事見てて楽しいし」

「……それなら良いんだが」


 一旦シャルの事は脳の片隅に置いておき、問題を解く。


 意外と、というか。それをシャルが邪魔してくる事はなかった。


 ◆◆◆


「……終わった」

「お疲れ様、テオ」


 一時間ほどしてやっと課題が終わった。なんか肩が凝ってる気がする。


「肩揉もっか?」

「ん? ああ、ありがとう。お願いしたい」

「おっけ。私のも後で揉んでね」

「分かった。……待て。揉むって肩だよな?」

「それじゃあやるね」

「シャル? シャルさん? 肩だよな? 肩ですよね?」


 俺の言葉は無視され、肩に手が置かれる。

 後ろを向こうとしたものの――思考が止められてしまった。



「力加減とかどう? テオ、かなり肩凝ってるね」

「良いくらい……そこ、めちゃくちゃ気持ちいい」

「おっけ。この辺ね」


 ぐりぐりと肩を指で揉みこまれる。硬くこわばった肌が少しずつ解れていく感覚はとても気持ちが良い。


「肩揉み得意なんだ。よくお母さんにしててさ」

「……あぁ、めちゃくちゃ気持ちいい」


 危ないな。変な声が出そうだ。我慢しないと。


「こことかどう?」

「うぁっ……わ、悪い。気持ちいい」


 ぐりっと肩が押し込まれ、痛気持ちよさに声が出てしまった。


「いいんだよ? いっぱい声出して」

「い、いや……んくっ、その。遠慮しとく」

「ふーん? 遠慮出来るんだ」

「ッ……」


 あ、これやっばい。めちゃくちゃ気持ちいい。


 シャルには肩揉みの才能があるらしい。自分でやるのと全然違った。


「それじゃ、これから本気でやってくね」

「ちょっ、シャル、待っ――」

「ふふ、待たないよ」



 シャルの本気に耐えられるはずもなく。それからは一方的に気持ちよくされるだけだった。


 ただ肩揉みをされる訳じゃない。凝っている部分をピンポイントに指で押され、時にはぐいぐいと伸ばすように揉まれる。


 最初は肩に力が入っていたはずなのに、気づけば力が抜けてだらんと骨抜きにされていた。


「……はい、終わりかな?」

「……」

「テオー? ふふ、気持ちよさそうだね」


 余韻に浸っていたが、シャルから掛けられた言葉にハッとなる。


「め、めちゃくちゃ気持ちよかったです」

「良かった。肩の調子はどう?」


 シャルに言われて肩を回してみると、面白いぐらい軽くなっていた。そこまで肩は凝ってないつもりだったが、全然そんな事はなかったらしい。


「テオ、勉強姿勢悪かったからね。頭の重さ全部首に伝わってたし、そりゃ凝るよ」

「あっ、それで俺の頭に顎置いてたのか。置いてた割に体重掛けて来ないなと思ってたが」

「うん」


 あれにもちゃんと理由があったのか。というかそこまで……いや、確かに今思えばかなり悪かったな。

 意識して直さなければ。


「ありがとうな。今なら何時間でも勉強出来そうだ」

「いいよ、別に。私も約束してたからね」

「……あ」


 忘れてた。気持ちよくて完全に忘れてた。


「えっと。ちなみに肩……だよな?」

「違うけど」

「あ、はい。即答ですか」

「準備あるからちょっとだけ目瞑ってて」

「待って待って何する気なの?」

「いいからいいから」


 何も良くない。良くないんだが……でも、あんなに気持ちいい肩もみしてくれたからな。断る事は出来ない。


 とりあえず目を閉じる。すると、ぷちっと何かが外される音がした。そして、衣擦れの音が耳に届く。


「しゃ、シャルさん?」

「ちょっと膝の上置くね」

「ちょ、ちょっと待て。何を置く気だ」

「当てたら教えてあげる」


 その言葉と同時に何かが膝の上へと置かれた。

 膝の上に置かれたものは軽い。……しかし、大きく妙に温かい。寝巻きの生地は薄いから、温度も伝わってくるのだ。

 それは人肌と同じくらいの温かさに思える。


「……あー、これやばいかも」

「や、やばい? 何が? すっごい怖いんだけど」

「んー。……じゃあこれだけ言っておこうかな」


 彼女が近づいてきた気配がある。そして、想像通り彼女は耳元で囁いてきた。



「目開けたら、えっちなのが見れるよ」



 その言葉の意味を完璧に理解出来た訳ではない。……しかき、目を開けたら大変な事になる事は理解した。


「目、開けていいよ?」

「……開けない」

「ふうん? それならそれでいいんだけど」


 予想外にも、彼女は無理矢理目を開けさせようとはしなかった。しかし。


「じゃあ手、当たるまで伸ばしてみて。これくらいの間隔でね」


 両手を握られ、とある場所で離される。非常に嫌な予感がするんだが。


「さ、早くしないと襲いかかっちゃうよ」

「二択が乱暴すぎないか。……分かった」


 まだ、まだ可能性はある。実は俺の事をからかっていて、普通に肩の可能性だってある。


 ……という思いはすぐに打ち砕かれた。


「ッ……」


 手のひらに伝わる柔らかな感触。彼女は声を抑えようと、しかし小さな声が漏れ出ていた。

 触れた事のある感触に、あの朝の記憶が呼び起こされる。


 幸い……と言って良いのか、服はちゃんと着ていた。しかし一つ違和感があった。


 手のひらに当たる柔らかな感触の中に何か、硬いものが混じって――


 その瞬間、脳が警鐘を鳴らし始める。これ以上考えるな、思考をやめろと伝えてくる。



「……触るだけじゃダメだよ、テオ」


 ただでさえ頭の中が大変な事になっていたというのに。彼女の言葉は更にそこを掻き回してきた。


 手のひらに力を込めると、そこは簡単に形を変えた。


 やけに手のひらの感触が敏感になっている気がする。その球体は柔らかくも、力を入れた分押し返された。


「……も、もういいだろ?」

「ん、いいよ」


 彼女の言葉に大きく息を吐く。張り詰めていた緊張が解けた。


「ちょっとお手洗い借りるね」

「あ、ああ」


 そのまま彼女が部屋から出る気配を感じ、背もたれに体重を預ける。


 それと同時に俺は気づいた。



 膝の上のもの、取ってない。



 目を開けるか迷った後、俺は瞑想する事を決めた。……今それを見てしまうと、色々我慢出来なくなりそうだったから。


 落ち着くまでに多少時間は掛かったものの……彼女が戻ってくる頃には平静を取り戻していた。



 ◆◇◆◇◆


「……はぁ」


 少女は狭い個室に鍵を掛け、熱い息を吐いていた。その頬は上気して赤く、目はとろんとしている。


「テオが悪いんだよ。……あんなにえっちな声出すから」


 小さく呟いて、彼女は目を瞑る。その手が自身の豊満な胸へと触れると、先程の感触が思い出された。


「手、おっきかったな」


 多分、もバレてたんだろうなと彼女は思いながら――彼女は声が漏れないよう、口を閉じる。


 幸いと言うべきか、彼の両親はもう部屋に戻って眠っている。

 まだ時差ボケが直って居らず、最近は二人とも朝までぐっすり眠っている……と、彼の母親が言っていた。


 このままだと本当に彼の事を襲いかねないから、と彼女は自分に言い聞かせて。彼女はその白い指に力を込めたのだった。

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