第36話 自由人の猛攻

 色々な事があった。


 シャルが不良達に絡まれて、それを助けて。

 その後隼斗に助けられて、有北委員長から彼の話を聞いた。


 それからはシャルと遠い地域を散歩した。

 そこで俺は衝撃の事実を伝えられ――彼女にキスをされた。いつもの額や頬ではなく……唇に。



 それからの事は正直、頭がふわふわしていてあまり覚えていない。……ただ、その柔らかな唇の感触は忘れる事が出来なかった。



 その後、委員長達が事情聴取を受けたらしく、こちらにも連絡があった。

 少し迷ったものの、そこであった事を俺とシャルは警察の方に全て話した。


 親にも連絡が行くとの事だったので……その日、俺は両親に色々あった事を伝えた。予想していた通り、その次の週には帰ってくると連絡があった。帰ってきてから話をしようとの事で。



 それから少しだけ日が過ぎて――六月に入ろうとしていた。


 ◆◆◆


「有紗ちゃん、お菓子あるから後で食べてね」

「ありがとうございます、いただきます」


 俺の膝にごろんと寝転がっていたシャルが起き上がるも、お母さんが「いいのよ、楽な格好で過ごして。ふふ、娘が出来て嬉しいわ」と返した。


 シャルは読んでいた本を隣に置く。それから起き上がる――と思っていたのだが。



 何を思ったのか、顔を擦り寄せてきた。俺のお腹に、である。少しくすぐったい。



「……馴染みすぎじゃないか」

「何が?」

「いや、もう完全に我が家に溶け込んでるだろ。溶け込みすぎだろ。あといきなりお腹に顔埋めるのやめてくれ。くすぐったいから」

「んー、分かった」


 珍しくシャルが素直に頷いてくれた。ホッとした……のも束の間の事。


「よい、しょっと」

「あの? シャルさん? 何してるんですか? ちょっと?」

「テオの上で読もうかなって」

「どうしてそうなるのかな!?」


 シャルが俺の上へと座った。シャルは時々こういう事をしてくるのだが。非常に、本当によろしくない体勢である。何がまずいって――


「あらあら。じゃあお母さんは買い物に行ってきましょうね。七時くらいには戻るわ」

「ちょっと待てお母さん! 誤解しないでくれ! 変な事しないししてないから! あとまだ二時だぞ! 五時間も買い物に行く気か!」


 ――お母さんとお父さんが居る時にもこういう事を普通にしてくるのだ。


 余計な気を利かせようとしてくるな、ほんとにこういうのが一番恥ずかしくなるからやめてほしい。


 ちなみにお父さんは用事で出かけていた。


 お母さんが目を泳がせていた。また意味の分からん事を考えていそうだ・


「ま、まあ……まさかそういう? お母さん、息子のプレイに付き合わされるのはちょっと複雑なんだけど」

「案の定! そんな変態に育ってないからな!? ……シャル」

「ふふ、しょーがないな」


 シャルが笑って俺から降りる。それにホッとしつつ……どうしてこうなったと天井を見上げた。


「テオ。天井より私の方見ない?」

「見ない」

「今見てくれたらおっぱい触らせてあげるよ? たくさん」

「………………見ない。というかお母さんの居る前でそういう事言わない」

「あら? じゃあやっぱりお母さんちょっと買い物に行ってこようかしら。五時間くらい」

「だからそれ長すぎない!? どこまで買い物に行くつもりなんだよ!?」



 ……と、こんな日々が始まっていた。いやもう、ほんとにどうしてこうなったんだ。



 ◆◇◆◇◆


 少し前。お父さんとお母さんが帰ってきた日。


 その日はシャルも家に居た。玄関に迎えに行くと、二人とも心配そうに俺を見て――


「飛鳥! 大丈夫だったかい!? ……おや?」

「大丈夫だった!? 飛鳥! ……あら?」


 二人が俺からゆっくりと視線を移した。シャルの方へと。


「あ、初めまして? ……じゃなくて。実際にお会いするのは初めてですね。お義母さん、お義父さん。テオ……えっと。飛鳥の婚約者の流川有紗です」

「シャル、挨拶してくれるのは嬉しいんだが、一回離れてくれ。あと色々情報量詰め込みすぎ。二人とも停止しただろ」


 俺の腕を抱きしめるようにしているシャルを見てピシッと体を止める二人。いきなりの情報量に脳が追いついていないのだろう。


「あ、あと。少し驚いたんだが、こっちでもお母さんお父さん呼びなんだな」

「ん? お義母かあさんとお義父とうさん。義理って書く方のだよ。ちなみに私のお母さん達がテオに『お義母さんって呼んで』って言った時もこっちの漢字ね」

「さらっととんでもない発言をしたな!? えっ、あれそういう意味だったの!?」

「うん」


 何かおかしいと思ったが……と気づいた頃、やっとお母さん達が復活した。


「……貴方が有紗ちゃんなのね。やっと会えたわね。お母さんよ」

「お母さん。海外で培った適応能力をここで発揮しないで。それと記憶を捏造しないで。シャルはお母さんの娘じゃないから」

「えっと、ごめんね有紗ちゃん。一旦落ち着かせるから」


 対してお父さんは冷静そうだ。良かった。


「ところで飛鳥。……もしかして、お父さんはそろそろおじいちゃんになる頃なのかな」

「いやお父さんも落ち着いて!? ちゃんとお母さんとの約束は守って……というか変な事してないからね!?」


 という事で一旦休息を挟み、改めて挨拶をする事となる。


「そ、それじゃあ改めて。飛鳥のお父さんこと荻輝幸成おぎてるこうせいです。飛鳥と仲良くしてくれていたみたいで、本当にありがとうね」

「いえいえ。飛鳥の事は大好きなので。ね、テオ」

「シャルさん?」


 当然のように頬へ唇を当ててくるシャル。いや、あの。親の前……とか気にするタイプじゃないよな。


「じゃあ改めて、飛鳥のお母さんしてます。荻照翔子おぎてるしょうこです。よろしくね、有紗ちゃん!」

「よろしくお願いします、お義母さん、お義父さん」


 今度こそちゃんとぺこりとお辞儀するシャル。お母さんが目を輝かせていた。


「……有紗ちゃん。もう一度呼んでみて」

「……お義母さん?」


 お母さんが目をお父さんへと向ける。


「お父さん……遂に、遂に我が家に娘が!」

「気が早いの極地に居るぞお母さん」


 お父さんに是非とも止めて欲しい所だが、そのお父さんもただ笑うのみであった。


「お母さんの気持ちも分かるよ」

「お、お父さんまで……」

「なんせ、あの飛鳥が毎日あれだけ話してくれた子なんだ。息子が初恋の子と添い遂げてくれるなんて、嬉しくないはずがないよ」

「ちょっ!」

「……へえ? テオ、私が初恋だったんだ」


 余計な事を言うお父さんにシャルが食いついてしまう。必死で顔を逸らすも、彼女にそれは悪手である。


「んー? どうなのー?」


 腕にむにゅりと当たる柔らかな感触。どんどんそれは強くなり……おとなしく顔を向けた。


「そうだよ」

「……! そっか! ふふ、そっか。いっしょだったんだね、テオ」


 嬉しそうに笑って――頬。唇のすぐ隣に、特別柔らかなものが押しつけられる。


 恥ずかしいはずなのに。……彼女も同じという事を聞いて、嬉しくなってしまっていたのが少し複雑であった。


 ◆◆◆


 ――というのが、シャルと俺の両親が初めて会った日の事である。


「お義母さん。今日泊まっていっていいですか?」

「もちろん。自分の家だと思って好きなだけ居てね。約束もしてるし」


 お母さん達が居る間は、なるべくシャルの家ではなく俺の家に泊まって欲しいと言われていた。

 まあ、二人が帰ってくる理由は俺だし、その理由も分からなくもない。親馬鹿だとは思うが。


 シャルが俺を見てニコリと笑う。……その笑みは、何かを企んでいるようにも見える。


「じゃあ今日もテオの部屋に泊まるね」

「……分かったよ」


 その目は何か、獲物を見る猛禽類のようにも見えたが。多分気のせいだ。多分。

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