第35話 自由人の初恋と宣言 ※有紗視点
私は今まで自由な人生を送ってきたと思う。
だけど、いつも何かが足りなかった。その何かが何なのか、私にはずっと分からなかった。
学校で出来た友達に不満なんてない。遊ぶのも楽しい。そのはずなのに……何が足りないんだろうってずっと悩んでた。
お母さんとお父さんと居る時も満たされてるとは思う。だけど、その満足感はベクトルが違うもの。
体の内側が痒いような、そんなもどかしさがずっとあった。
◆◆◆
ある日、日本人の男の子を見かけた。しかも同年代の男の子。
彼を見た瞬間、目を奪われた。
同年代の男の子が珍しかったから、だけじゃない。――その『眼』がとっても綺麗だったから。
綺麗な琥珀色の瞳は珍しくて、宝石みたいにキラキラしてた。
その『眼』を見ていると不思議とドキドキして、魔法にでも掛けられたようだった。
話しかけ……たかったんだけど、その時は出来なかった。彼は家族と楽しそうにしてて、話しかけに行くタイミングが掴めなかったから。
いつもなら関係なく行けるのに。その時は行けなかった……それがどうしてか分からない。
その日の夜は、きっとまた彼と話せるチャンスは来るって自分に言い聞かせて眠りについた。
――チャンスは思ってたよりも早く来た。
◆◆◆
次の日。私は見てしまった。
琥珀色の瞳を持っている彼が、地元で有名な子供たちに絡まれている。有名って言っても、悪い意味でだけど。
その人達はお店で盗みをしたり、まだ私とそんなに歳が離れてないはずなのにタバコやお酒を飲んだり……自分より年下の子からお金を取ったりと、悪い事をしてばかりだ。
その噂が本当だという事は……今見て分かった。
彼は言葉が分からないのか、とても困ったような顔をしていて。とりあえずその場を乗り切ろうと思ったのか、財布を取り出そうとしているのを見て――
――今しかない。
私は走り出した。彼を助けるという名目で仲良くなれると思って。
「逃げるよっ!」
私の言葉にポカンとしている彼と手を繋いでいっしょに逃げる。
彼は私が手を引いている事に遅れて気づいて、いっしょに走ってくれた。
少しびっくりしたのが、思ってたよりその子の運動神経が良かった事。逃げ足には自信があったのに、その子も私と同じくらい足が速かった。
それで、逃げるついでに度胸試しもしてみて――思い切り跳んだ瞬間、心に空いていた所にカチリとピースが嵌まった気がした。
それから、私は彼と遊ぶようになった。約束通り【第一の試練】と【第二の試練】もやってみて、私は確信した。
私が求めていた人は『彼』なんだって。
それが友愛なのか恋愛なのか、その時の私は分かっていない。
それでも私は心に決めていた。
――絶対に彼を人生のパートナーにする、って。
だからこそ、私は思いもしなかった。
「実は明日、日本に帰るんだ。俺」
その言葉を聞いた時、頭の中が真っ白になった。
ずっといっしょに居るんだと勝手に思ってた。そんな約束、一回もした事なかったのに。
――してないなら、今すれば良い。そう私は思って、テオと約束した。
いつか必ずテオを見つける。その時、お願いするつもりだった。
――私のパートナーになって、って。
この時はそうお願いをしようと思ってた。
だけど、想像以上に私の中で彼の存在は大きくなっていた。
◆◆◆
毎日寝る前、明日テオと何をしようか考えていた。テオが日本に帰ってしまって、今日からは考えなくなる……と思ってたのに。つい考えてしまって、もうテオが居ないんだって寂しくなった。
その日の夜、テオと遊ぶ夢を見た。
目が覚めると、もうテオは居ないって現実が襲いかかってくる。
また私は彼と遊ぶために眠った。
体の半身が無くなってしまったかのような感覚。割れたコップのように、何を注いでも埋まらない。
眠ってる間とテオから貰った髪飾りを手にしている時だけ私は満たされていた。
何日も、何週間も。やがて、それが何ヶ月にもなった。
お母さんに「日本に帰る?」って聞かれた事もある。だけど、私は帰りたくないって言った。
今日本に帰るのはまずい。……テオと連絡は取れるらしいけど、もし住んでる場所が遠かったら?
遠かったとしても、私は行く。絶対に。毎日行く。そうなったら交通費が大変な事になるって事は子供ながらに理解してた。
かといって、家があるのに引っ越すなんて事もしたくない。
それが分かってたから、私は帰らなかった。
◆◆◆
そして――半年が経った。
半年を経ってもまだ私は引きずっていた。
引きずってたけど、少しずつ立ち直っていた。今の私をテオが見たらびっくりするだろうなって思ったから。
それから時間はまた過ぎていって――中学校では色んな男の子から告白をされた。
その頃くらいかな。『恋愛』っていうのを意識し始めたのは。
誰かと『付き合う』なんて考えたら、真っ先に出てきたのはテオだった。
というか、テオ以外考えられなかった。
その頃やっと私はテオの事が大好きなんだって自覚した。
いつから好きになってたんだろ? って考えた。でも、答えは出てこないだろうなって思って、考えるのはやめた。
何にしても、私がテオの事好きなのに変わりはなかったから。
そこで私は良い事を考えた。
好きなら結婚すれば良い。……テオを見つけたら、結婚して欲しいって伝えよう。パートナーじゃなくて人生の伴侶になって欲しいって伝えよう。
大丈夫。私とテオなら相性も問題ない。直感がそう言ってる。
高校生になったらテオを探して――結婚する。もしテオがしたくないって言っても、私の事をもっと好きになってもらえばいいだけだ。
大丈夫。あの時私の事好きって言ってくれたし。
色々問題とかあるかもだけど、テオといっしょなら大丈夫だと思う。
◆◆◆
私の見積もりが甘かったって気づいたのは、テオと会ってから分かった。
自分が想定していた何倍も、私はテオの事が大好きだった。好きすぎて、会った時ちゅーしちゃったくらい。
『好き』って凄いなって思う。
時間が経つごとにその感情は膨れ上がる。テオは自分と居たら楽しくなくなるかも、なんて言ってたけどそれは杞憂だった。
自分でもちょっとびっくりするくらい、毎日が楽しい。
ただ、好きすぎてテオに依存しかねなかったのが少し不安で……でもそれもすぐに解消された。
友達が出来たから。小葉と話すのは楽しい。……
これからもテオとどうにか上手くやれそう――って思ってたんだ。
◆◆◆
「ッ――」
テオの顔がすぐ目の前にある。目を見開いて、とっても驚いていた。
……やっちゃったな、私。
でもテオが悪いんだよ。
私にだって、男の子……テオに守って欲しい願望は確かにあった。でも私って守られる柄じゃないなって思いもあった。
直感も良いし、お父さんから最悪に備えて護身術も習ってたから。ないんだろうなって思っていた。
それなのに――テオは助けてくれた。
ずるいよ。
こんなの、好きにならない訳ない。
今までよりもっと好きになって――私がテオに『恋』をしてるんだって嫌でも自覚させられた。嫌じゃないんだけど。
ああ、私。ほんとにテオの事好きなんだな。……初恋なんだ、これが。
ふにふにな唇と重なってる間、呼吸が止まっていた。キスをする時、みんな呼吸はどうしてるんだろ。
テオが身を引こうとして、でもまだ終わりたくなくて……今だけは勢いに身を委ねる事にした。
テオの背中に手を回して体を寄せた。
布越しにドクドクと普段より大きな鼓動が響く。テオもドキドキしてくれてる事が嬉しくて、もっと強く抱きしめた。
だけど、息が苦しくなってきた。続けたいけど、これ以上は多分まずい事になる。
ゆっくりと唇を離すと、テオとの間に透明な橋がかかった。
「……し、シャル? な、なん、で」
テオが眼を白黒していて、それを見ていると笑みが漏れてしまう。
――それ以上に、顔へ熱が集まってきた。
あー、私やっちゃった。すっごいやっちゃった。外なのに我慢できなかった。
「……なんでだと思う?」
「な、なんでって……」
「わからない?」
テオが琥珀色の目を泳がせて考える。柔らかな唇が開くと、さっきまで唇に当たっていた感触を思い出してドキドキした。
「お返し、か?」
「んー。ちょっと違うかな。確かにあの夜の事がなかったらしてないと思うけど」
体が熱くなってきた。吹き寄せる風は冷たくて気持ちいいのに、体は全然冷えてくれない。
体を起こしてテオへと目だけを向ける。
「我慢出来なかったから、かな。理由を挙げるんだったらね」
「――ッ、そ、そうか」
「うん。先に謝っておくね。ごめんね」
「……さ、先に?」
「うん、先に」
立ち上がると、テオも体を起こした。手を差し出すと、テオが掴んでくれたのでそのまま引き起こし――そのまま抱きしめた。
「――多分私、もう我慢出来なくなるからさ」
息を飲む音が耳をくすぐる。ぎゅっと、その背中を強く抱きしめた。
「頑張って、唇にちゅーはしないようにする。でもそれ以外は――我慢出来ないと思うからさ」
すぐ目の前にテオの耳があって、耳たぶを唇で食んだ。
出来れば次のちゅーはテオからして欲しいなと思いながら――
「頑張って全部受け止めてね、テオ」
そう宣言したのだった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
作者の皐月陽龍です。
自由人系美少女、今回のお話で一章分が終わりました。章分けしてないんですが。もしするとしたらここまでかなと。
次回からはよりシャルちゃんからの攻撃が激しくなる事かと思われます。テオ君は耐えられるのでしょうか……。
そして、これからは少し更新頻度が落ちます。恐らく二日に一度の更新……くらいになるのかなと。この辺少し不安定なので、読者の皆様方には更新されたら読むかくらいの気持ちでお待ち頂ければなと思います。
それではまた次のお話でお会い出来れば幸いです。
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