第33話 変態の矜恃

「高校生になる前、隼斗は不良だったの」


 バスの中で委員長がが話し始めた……のだが、それはかなり衝撃的な内容であった。


「不良? 不良ってあの? 隼斗とは対極の位置にありそうな?」

「……うん。色々あって、って一言でまとめるのは簡単か。もうちょっと詳しく話していくね」


 委員長が神妙な面持ちでその時の事を話し始めた。


「隼斗が通っていた中学には不良グループがいくつかあってね。裏でタバコを吸ったり、お酒を飲んだり……他にも危ない事をする人達が少ないけど居たの」

「……そこに隼斗が?」

「ううん。隼斗はそういうのには属さなくて、一人で居た。だからなんだろうね。そういうのに絡まれ始めて……隼斗は巻き込まれる形で不良になった」


 彼女は遠くを見つめ、そして目を瞑る。その時の事を思い出しているのだろう。


「隼斗は殴り合いが好きだった」

「……い、いきなり凄いカミングアウトが来たな」

「そりゃびっくりするよね。私は最初から知ってたから驚く事もなかったけど。だけどね、隼斗も善悪の判断は付いてた。自分が殴られてから、って事は決めてたらしい」


 それは……どうなんだろうな。確かに正当防衛が認められる? いや、一歩間違えたら過剰防衛にもなりかねないか。


「多分、有紗ちゃんはその『危うさ』が分かってたんじゃないかな。過去に起こした事は変えられないから」

「……どうかな」

「あ、勘違いしないでね。凄いなって思ってるだけで他意はないよ。私もその時期の隼斗は嫌いだったから」


 シャルが何かを考え込んだ素振りを見せたが、納得したのか小さく頷いた。


「それでね。ある日、私がある不良グループに絡まれたんだ。……その不良グループの一人、その人のお兄さんが私に惚れたとかでね。断ったんだけど、次の日の帰り道に私は襲われそうになったの」

「それは……」

「あ、ううん。大丈夫だったよ。隼斗に助けられたんだ」


 ああ、なるほど。その時隼斗と出会ったのか。


「それで一目惚れされちゃって、その日のうちにプロポーズまでされたんだ」

「スピード感とんでもないな」

「……それ荻照君達が言う?」

「ぐうの音も出ません」


 そういえば俺もシャルと再会した日にプロポーズされてた。


 そう思ってシャルを見ると、ニコリと微笑まれた。全然あの時の事は反省……いや、別に反省する事でもない、のか?


 ……一旦それは置いておこう。


「それで、委員長はなんて答えたんだ?」

「『まずはお友達からお願いします』って」

「……まあ、そりゃそうなるよな」

「それと、一つ条件を出したの。『もう人を殴らないって約束してくれるならお友達から始めます』って」


 おお。そう来たか。引き受けてくれるかが問題ではあるが。


「隼斗はどうしたんだ?」

「その日から喧嘩はしなくなった。……あの日以外はね」


 その目が細められ、彼女の表情が暗くなる。



「私を襲おうとした不良グループが隼斗に報復しようとしたの。詳しい人数は分からないけど……多分、二十人近く」

「にじゅっ……!? それやばいんじゃないか」

「うん。隼斗も『さすがに死ぬかと思った』って言ってた。だけど、隼斗は勝った」


 俺もシャルも言葉を失っていた。二十人なんてクラスの半分とかだぞ。


「その時はさすがに警察沙汰になったわね。こんな事例は見たことないって警察も驚いてた。結果、正当防衛が認められたけど」

「それからどうなったんだ?」

「私と約束した。『これからは真面目に生きる。絶対に誰とも喧嘩しない』って。それが今の彼ね」

「なる、ほど?」


 俺の脳裏を一つの疑問が掠めた。もしそれが本当なら――


「でも、今隼斗は……あいつらの所に」

「うん。隼斗は約束を破った」


 心にずんと重いものがのしかかり――


「……と言いたい所だけど。大丈夫。『怪我はしないで』って言っておいたから」


 彼女の言葉に先程の記憶が重なった。



『怪我はしないで、か。君は本当によく似ているよ』



 あれ、有北委員長の事を言っていたのか。


「それと、『相手を怪我させないで』っても言っておいたから。どっちも怪我しなかったらそれは喧嘩にはならない」

「……そうなるのか?」

「うん、そうなるの」


 凄く自信満々に頷く委員長。約束した彼女が言うなら良いのか? 良いんだろうな、多分。


「テオ、小葉に似てるんだね」

「うん、そうみたいだね」


 シャルの言葉に委員長がまた頷く。俺としては委員長の方が余程立派な人だと思うけど。


「……隼斗が『眼』フェチって事は分かってるよね」

「ん? ああ」


 そりゃもちろん。散々歯の浮くようなセリフを言われてる。


 すると、委員長はじっと眼を合わせてきた。


「隼斗は『眼』を通してその人の心を見る、って言った方が正しいかも。要するに、心の清らかさと眼の綺麗さをリンクさせてるって事」

「……俺はそんなに」

「荻輝君が何と言おうと、私は隼斗の『眼フェチ変態』を信じるよ」

「すっごい良い言葉のはずなのに隼斗が変態なせいで残念な事になってる」



 しかし、驚くほどに信憑性があるのもまた確かである。


「隼斗は言ってたよ。『酸いも甘いも知って尚、他人に優しく出来る人は見た事がない』ってね」

「それは同意。私もそこに惹かれたからね」


 ……まあ、そうあれるようにと頑張っていた訳だから。何も言わないでおくか。


「これを私自身が言うのもあれだけれど。私、お母さんから『辛い時こそ人に優しく。辛くない時はもっと優しく』って小さい頃に教えられててさ。多分、隼斗は私のそこに惹かれて……彼は荻輝君のそういうところに惹かれている」


 なるほどと頷きながらも、少し複雑な気分であった。


「……でもそれってつまり、あれだよな」

「うん。隼斗は荻輝君の事が好きだね。だから、自分から汚れ役を担った。自分の方が適任だと分かってるとか、リスクが低いからなんて理由もあっただろうけど」

「……そうか。俺にはシャルが居るんだが」

「安心して。隼斗にも私が居るから。荻輝君の事は半分だけ本気、くらいだよ。多分」

「半分だけ本気ですか」


 ……委員長がいるなら大変な事にはならないと思いたい。


 と、そこで委員長が降車ボタンを押した。


「という感じ。とりあえず、隼斗の事は心配しないで。隼斗が居た所には監視カメラもあるから、警察も呼ぶよ。……もしかしたら警察の人から二人にも連絡が行くかもしれないけど、何があったか話すかどうかは任せる」

「ちょ、委員長はどこに?」

「隼斗の所。警察を呼びながら向かうつもり。今ならまだ現行犯で捕まえられるかもしれないからね」


 それからすぐにバスは止まった。確かにこの辺に交番があったような気がする。


「最後に隼斗から伝言」

「なにかな?」

「『ストーカーしててごめん。でも、君たちを守る為だから許して欲しい。償いではないけど、面倒なのは僕に任せてデート楽しんできて』だってさ」


 そして、委員長は立ち上がった。


「それじゃあ、二人で楽しんできて」

「小葉」


 シャルが委員長の名前を呼ぶと、彼女は立ち止まる。


「ありがとね。来週、いっしょに買い物行こ」

「……うん。楽しみにしてる。それじゃあね」

「ありがとな、委員長」

「うん。荻輝君も、もし隼斗で困った事があったら言ってね」


 ――その会話を最後に、委員長はバスから降りていった。



 さて、どうするか。



「シャルはもうデートをする気分じゃない、とかないか?」

「ないよ。デートしたい。テオと」


 ……そうか。それならあれだな。


「折角だし、ちょっと遠出してみるか」

「うん!」


 バスに乗っている事だし、と。俺達はどこに行こうかゆっくり考える事にしたのだった。



 ◆◇◆◇◆


「もう終わりかい?」

「はぁ、はぁ……くそ。なんで、全部避けられんだよ」


 路地の細い通路にて。肩で息をする男が六人。そして、息一つ乱れていない青年が一人……薄く笑みを浮かべていた。


「大切な人に『怪我をしないで』って言われたんだ。怪我をする訳にはいかないだろう?」

「……化け物が。くそっ!」


 飛鳥へタバコを押しつけようとした男がカッターを取り出した。そして、彼へと飛びかかろうとする。


「ふふ、化け物ね。これでも愛しの彼女には『隼斗は体力が無い』って週三くらいの頻度で言われるんだけどね」

「隼斗。余計な事言わないで」


 その空間に一つ、可憐な声が飛んできた。その声を聞いて、隼斗の笑みは深くなる。


「やあ、おかえり。小葉。……警察官さんもお疲れ様です」

「久しぶりに見るね、君は。……カッターを下ろしなさい。署で話は聞くが、ひとまず現行犯逮捕だ」


 警察の言葉を聞いて男は静かに膝を着く。

 彼とのやりとりを経て、逃げ出す気力はもうなくなっていたようだ。



「念のために手錠も掛けさせて貰う」


 警察官は一人一人に手錠を掛ける。そして、彼は人数が多いからか応援を呼んだ。


「君が被害者だという事は分かっているが、念のために私が付く。変な行動はしないように頼む」

「はい、もちろん。なんなら手錠を付けても良いですよ」

「……はぁ。変わらないね、君は」


 ニコニコと爽やかな笑みを浮かべる隼斗。昔の彼を知っている警察官からすれば、変わらないようにも変わったようにも見えていた。



 そうして――変態は自分の役割を全うしたのだった。

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