第31話 自由人と危機 ※有紗視点
「〜〜」
「ご機嫌だね、有紗」
「うん。明日はテオとデートだからね」
夕御飯を食べた後。リビングでゆらゆらと揺れていると、お父さんにそう声を掛けられた。
明日のデートはすっごい楽しみ。前もあれだけ楽しかったから、明日はもっと楽しくなるはず。
それに、私が楽しい理由はそれだけじゃない。今日もいい事があったのだ。
「そうそう、お父さん。いつもテオが買い物の手伝いしてるお婆さんが居るんだけどね。今日は私も手伝ったんだ」
「へえ、良い事したんだね」
「テオの手伝いみたいな感じだけどね。でも行って良かった。すっごい褒められたんだ」
私の事も褒められたし、テオも『良かったねぇ。こんなに可愛い子がお嫁さんになってくれて』って言われて照れてたのが可愛かった。
「あ、それと近くの公園で……保育園児かな。子供達が自然観察みたいな感じで居たんだけど、テオが人気者だったんだ」
「へえ。確か、草むしりとかは月一って言ってたね」
「私も気になって聞いたんだけどさ。テオ、毎週花の様子見に行ってたんだって。花が枯れてないかとか、水やり忘れられてないかな、って理由でね。それが子供達とか保護者、保育園の先生に見られてたらしいんだ」
テオは自分が良いことをしてるエピソードはあんまり話してくれない。『自分で話す事でもないし、忘れられてない事がほとんどだからな』なんて言ってたけど、私としては話して欲しい。
……ご褒美って建前でちょっと過激な事出来るから。
「子供達と先生達がテオにお礼を言ってた、すっごい嬉しかったんだ」
「良い事は誰かしらに見られているんだね。飛鳥君も良かったね」
「うん!」
テオがした良い事が認められてる。それがとっても嬉しかった。
……私がテオの恋人って聞いたら女の子達が項垂れてたのがちょっとだけ可哀想だったけど。でも変に希望を持たせて十数年後にライバルになるよりはずっと良いと思う。
とにかく今日も楽しくて、良い事がたくさんあった。
明日は……そうだ。いつ出るのか言っとかないと。
「明日は多分九時前に家出ると思う」
「分かった。明日も飛鳥君の家に行くのかい?」
「んー。一応駅前で待ち合わせって事になってるよ。一応ね」
「いつものやつだね」
「うん。いつもの」
もしテオに早く会いたくなったら行く。
でも多分明日は大丈夫かな。たまには待ち合わせっていうのもやってみたい。デートっぽいし。
「お金は大丈夫かな?」
「うん。全然大丈夫。先週貰ったのまだあるから」
「分かった。もし必要になったらいつでも言ってね。……今まで有紗には大変な思いをさせちゃってたから」
「気にしないでっていうか、私が言ってた事だし。海外暮らしも結構楽しんでたよ」
お父さんとお母さんは何かとこの事を気にしてくれる。……まあ、あの頃は私もかなり精神やっちゃってたなぁって思う。
だけど、『高校生になるまで日本に帰らない』っていうのは私が決めた事だし。あんまり気にしないで欲しいんだけどな。
「そもそも海外に行ってなかったらテオにも会えてないし。今までがあったから今の私が居るんだよ」
「……そうだね。ありがとう、有紗」
「私こそありがとね、お父さん。お母さん」
お母さんが扉の所に居たので、二人に向けて言った。お母さんがニコリと可愛く笑う。
「有紗がこんなに綺麗に育ってくれてお母さんも嬉しい。綺麗にっていうのは心も、ね。ありがとう、有紗」
「ん」
自然と笑っていた。生きてきた中で今が一番幸せで、多分これからもっと幸せになるって分かってたから。
この時の私は『幸せ』というものに……まさか上限がないなんて、思いもしなかった。そして、『幸せ』というもの自体甘く見すぎていた。
◆◆◆
デート当日。
部屋にある大きな鏡の前でくるっと一回転をする。寝癖もないし、服にごみも付いてない。
今日は暑い日だから、まだシャツとショートパンツだ。先週買ったワンピースも着ようか迷ったけど、なんとなく今日はやめておいた。
「うん、今日も可愛い」
私は自己肯定感が高い方だ。お母さんとお父さんがずっと褒めてくれたからってのもあるけど……周りに色んな目で見られてたから、という理由もある、
女の人もそうだけど、特に男の人は下心満載の目を向けてくる。それ自体は嫌だし不快だ。
でも、裏を返せばそれだけ私が可愛くてスタイルも良いって事。それとおっぱいもおっきい。
何事も前向きに、だね。そのお陰でちょっとずつテオも堕ちて来てるし。
鏡の中に写る自分。気がついたら、視線が一点に集中していた。
唇に指で触れる。今でもその感触は鮮明に覚えてる。
暗闇の中だった。見えていないから、本当は違ったのかもしれない……なんて事もない。
あれは絶対――あの感触だ。
「……いつか責任、取って貰わないとね」
鏡に写る顔は赤くなっていて、その熱を吐き出すように息を吐く。
あんまりテオに隙は見せないようにしないと。
反撃なんてされたら、私が我慢できなくなっちゃうから。
「かなり早いけど行こうかな」
多分今から行っても三十分以上早く着く。だけど、寄り道するかもしれないからそれくらいが丁度いい。
「よし、行こ」
これからテオとデートをするって考えたら、自然と私の足は弾んでいた。
◆◆◆
「〜〜」
朝日が肌に気持ちいい。日焼け止めは塗っておいたから日焼け対策もバッチリだ。
風もあるから暑いとまではいかないし、本当に良い日。汗くさくなったらテオに抱きつけなくなっちゃうし。
楽しくて鼻歌を歌いながら歩いていると、色んな人が居る。
今日も仕事らしくスーツを着ている社会人から、土曜にも学校があるのか制服を着ている学生。親子でおでかけをしているらしい家族に、仲良く手を繋いでいるカップル。
……あ、あの男の人私の事見過ぎて恋人に蹴られた。
こういうのも全部、全部が楽しく思える。テオと再会してから全部が。
「~~」
今日テオと何をしようかな。服、どんなの着てくるかな。多分先週買ったやつだろうけど楽しみだな。
……そうだ。今日は気分じゃなかったけど、今度ヒールとかも履いてみたいな。可愛いし。動きづらいのが難点だけど。
そうして歩いていると――琥珀色の瞳と目が合った。
「きみ、目綺麗だね」
ぶち模様の猫だった。野良猫だ。
ふわぁと欠伸をしながらその子はごろんと寝転がっていた。
そろりそろりと近づくと、その子は私に気づいて立ち上がった。そのまま路地裏へと消えていく。
「あ、待って」
なんとなくその子が気になって、私は路地裏へと入っていった。猫の集会とかあるかもしれない、なんて思いながら。
日本だし、そんなに嫌な感じもしないからちょっとくらい大丈夫かな、なんて思っていた。
だけど――私は楽観視しすぎていたらしい。
「――ッ! 避けて!」
「ふにゃっ!」
そのしっぽが踏まれそうになって、思わず声を上げていた。声にビクリとしながらも、猫はするりと足の間を抜けていく。さすが野生の猫だとホッと息を吐いた。
そして同時に――私は気づいた。
「よお、久しぶりだなぁ。姉ちゃん」
「……へえ。女一人に随分な人数用意するんだね」
その猫を踏もうとした人物は――この前、テオにタバコの火を押しつけようとした人だった。
その後ろに控えるように、二人の男が立っている。
一瞬だけ後ろへ目を向けたけど、来た道は三人の男が塞いでた。
「おかしいな。
「はっ。そりゃそうだ。たまたま見つけてたんだからな。運が良いぜ、お前ら。こんなイイ女連れ込めるんだからな」
下卑た笑いをする男達。
これは……初犯って感じじゃないかな。こういうのに慣れてそう。やり口もそうだけど、眼を見れば分かる。
「はぁ。私の直感も
こんなミスは初めてかもしれない。
だけど、怖くはなかった。信じていたから。
「テオ!」
思い切り後ろを振り向いて叫ぶ。彼らはそっちに意識を取られた。
その隙をついて私は走り出し――
「おっと。さすがに俺らを舐めすぎじゃねえか?」
「ッ――」
テオにタバコを押しつけようとした男に腕を強く掴まれる。
「俺ぁ気の強い女ひぃひぃ鳴かすのが好きなんだよ。それにしてもイイもん持ってんじゃねえか」
「最低だね」
ニタニタと彼は気持ちの悪い笑みを浮かべて、胸へと手を伸ばしてきた。
「……最低で助かったよ、ほんとに」
次の瞬間――男の脇腹に手が突き刺さった。
「ガッ……」
ぐりゅっ、と肉を裂くように……さすがに手加減はしてるみたいだけど、痛みに男が
「汚い手で俺の恋人に触れるな」
男から力が抜け、私の腕が離される。
「それと、舐めてるのはお前らの方だよ」
彼の言葉と同時に私は手を引かれた。
手を引いてきた相手はもちろん――テオだ。
「逃げるぞ、シャル!」
「――うん!」
きっと来るって信じてた。でも、本当に来てくれたのが嬉しくて。気がつくと私は笑っていた。
まるで――あの日をなぞっているかのようだった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
恐らく今日もう一話更新します。日が変わる時間帯の可能性もあります。
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