第30話 自由人と委員長

「おはよ、飛鳥。なんか疲れてる?」

「……隼斗か。いや、色々あってな」

「む」

「シャルさん?」


 学校にて隼斗に話しかけられるも、すぐにシャルがやってきて後ろから抱きしめてきた。シャルの後ろから着いてきた有北委員長が苦笑いをしている。


「今日は飛鳥をナンパしてる訳じゃないよ」

「……なんか危ない感じするから」

「あっはっは。ナイフは切れ味が鋭い方が良いように、僕も少しくらい危ない方が丁度良いんだよ」

「意味が分からん」「意味が分からないかな」


 俺と有北委員長の言葉が被った。委員長もかなりの苦労人らしい。


「別に流川さんが居ても良いんだけどね。飛鳥、最近変わった事とかはないかい?」

「変わった事?」

「ああ。最近やたら視線を感じるとか、誰かが尾けてきている……とかね」


 やけに物騒な言葉。上を見てシャルと目を合わせる。


「まさか、隼斗……」

「ストーカーは良くないよ。テオ、警察行こ」

「はっはっは。問答無用で僕を疑うか。悪くないね」

「……はあ。隼斗、殴るよ」

「ご、ごめんごめん。『僕以外で』という言葉が抜けてたね」

「わざと抜かしてたんでしょ」

「あっはっは」


 高笑いをする隼斗。さすがに殴られるのは嫌なのか目が泳いでいる。

 それは置いとくとしても、一つ気になる事があった。


「……ちなみに隼斗はストーカーしてないのか?」

「はっはっは。想像に任せるよ」

「頼むから否定してくれ」


 隼斗に恐怖を覚えるも……まあ、有北委員長がいるからストーカーはしてないだろう。多分。


 それにしても視線、か。


「俺は特に感じない。シャルは?」

「私も別に」

「そうかいそうかい。それならいいんだ」

「ん? ひょっとしてあれか? 西高の事か?」

「うん。気になってたんだよ。君に危害がある事が何よりも世界の損失だからね」

「俺に何を求めてんだよ」


 しかし、言いたい事も分かる。西高のあの男達……特にあの男に目を付けられていてもおかしくない。

 それに、シャルもあいつらに目を付けられている可能性がある。彼女はとても綺麗だから。


「シャル。今更だけど気をつけて欲しい」

「おっけ。テオから離れないようにする」


 ぎゅっと後ろから抱きしめられる。誰もそこまでやれとは言ってないし……ちょっと朝の事を思い出しそうになるからやめてほしい。


「警戒はしておく……けど、なんとなく大丈夫な気もするな」

「そうだね。僕も大丈夫だと思う。でも、何かあったらすぐ僕に教えて欲しい」

「……隼斗を巻き込む訳にはいかない気もするけど」


 俺とシャルは顔を見られているが、隼斗カップルは見られていないはずだ。


 そう思って言ったのだが、隼斗は爽やかな笑みを浮かべた。



「友達を頼ってくれよ」

「ッ――」

「少なくとも僕は、いきなり飛鳥が襲われたなんて聞いたら悲しむよ」

「私もだよ。有紗、何かあったら教えてね」

「あり、がとう……?」


 隼斗の言葉に押し黙り、シャルも有北委員長の言葉に目を丸くしていた。


「それに、餅は餅屋って言うからね」

「……それはどういう事だ?」

「気にしなくてもいいよ。とりあえずその辺の話をしたかっただけだから。それじゃあね」

「またお昼一緒に食べようね、有紗ちゃん」

「……うん、またね?」


 そうして二人は離れていく。なんだったんだ?


「とりあえず揉んどく?」

「がっ……学校でそんな事を聞いてくるんじゃない」

「家ならいいんだね、おっけー」

「ちょっ、んぐっ」


 言い返そうとしても、シャルが手で口を塞いでくる。


 ……やっぱり距離感が近くなってるような気がする。元々距離感が近かったけど分かる。


 背中に感じる柔らかな感触に、頭に埋められる顔。匂いを嗅がれているようで……しかし、口を塞がれていて、抵抗する事も出来ないのだった。


 ◆◆◆


「ねえ、テオ。手貸して」

「……ん」


 時折、シャルは手を借りてくる。俺が書いていない時を見計らって聞いてくるので、特に断る事もしなくなった……のだが。



 指先にふにゅんとした感触がした。


 彼女のほっぺたももちもちではあるが、それとは明らかに違う感触。そもそもそこは布に包まれていて手触りが違った。



「……!?」

「(しー)」


 目だけをそこに向けると、彼女は人差し指を立てて唇へと当てる。


 俺の手は彼女に誘導され――机の下で大きく柔らかいものへと触れていた。そこは手が触れているせいでむにゅんと形を変えている。


 身を固めてしまい、すると彼女がサラサラとノートに何かを書き始める。


『誰にも見られてないし、いいんじゃないかなって思って』

「……だ、ダメ、だ」



 周りに聞こえないよう本当に小さく呟いて、手を引っ込める。とんでもない勢いで心臓がバックバク言い始めた。


「ふーん? 残念」


 言葉とは裏腹に、彼女はクスクスと楽しそうに笑う。


 ……やっぱり絶対に変わってる。主に距離感が。


「真面目にやらないと怒られるぞ」

「テオ関係で怒られるならそれでもいいかな」

「お、俺が嫌だから」

「……分かったよ」


 シャルがふうと息を吐いてノートをとりはじめる。


 それからはちゃんと分かってくれたようで、イタズラを掛けられる事はなかった。

 いや、ないならないで良いのだが。……良いんだけどな。


 とりあえず、周りにはバレていなかったようなので一安心であった。


 ◆◆◆


「はい、テオ。あーん」

「……シャル?」

「あーん」

「あの」

「あーん」

「……」

「あーん」

「あ、あーんむっ」


 無限ループになりかけたので、シャルが差し出してきた唐揚げを口に含んだ。美味しい。シャル母が作ってくれたやつだ。


「あーん」

「んぐっ!? ……んくっ、し、シャルさん?」

「あーん」

「……あ、あーん」


 今度は四分の一にカットされたハンバーグが口に入れられた。美味しいんだが、目的が不明である。彼女の事だし目的なんてないのかもしれないが。


「じゃあ次はテオの番。エビフライ一口ちょーだい」

「ん? あ、ああ。良いけど」


 俺もシャル母からお弁当を渡されていた。よく見ると、シャルと俺とで具材が違う。


 まさかとは思うが……いや、まさかだろう。さすがにそこまで気を回すはずがない。


「飛鳥、僕のフランクフルぐふっ」

「食事中。叩くよ、隼斗」

「も、もう叩いてるじゃないか。しかもグーで」

「パーだとご褒美になるでしょ」

「はっはっは。よく分かってるじゃぐふっ」

「……はぁ。ごめんね、二人とも。こいつは無視していいから」


 グーパンをキメた有北委員長が手をぷらぷらしながら謝罪をしてくる。濃いな、この光景。


 ふと、ずっと気になっていた事を思い出した。



「そういえば委員長ってシャルに良くしてくれてるよな。……シャルもかなり個性が強いって最初で分かったと思うけど、どうして話しかけてくれたんだ? なんか委員長からは他の女子とは違う感じがして気になっててな」


 隼斗はもう何となくわかった。変人だし。ただ、有北委員長はまともというかなんというか、凄く常識人で良い人だ。


 少し気になったのだ。どうしてシャルを気にかけてくれるのか。他の女子と違って、海外の話を聞きたいとか、俺との事を深く聞きたいといった感じでもなさそうだったから。


「……ちょっと恥ずかしいけど、羨ましかったからかな」

「羨ましい? 私が?」


 珍しくシャルが声を上げた。目を丸くするシャルに有北委員長がうん、と一つ頷く。


「自由って感じがちょっと羨ましかったんだ。近くに居たら有紗ちゃんが自由な理由も分かるのかなって。……ごめんね、理由があって」

「……? 謝らなくていいんだけど。私がテオと仲良くなったのも『なんか面白そう』からだったし」

「理由がシャルらしすぎるな」


 その理由も納得の出会いではあったけどな。


 すると、シャルがあっ、といい事を思いついたような声を上げた。


「じゃあ今度二人で遊び行こっか」

「い、いいの?」

「うん。ずっとテオと一緒に居たいのはそうなんだけど、依存するのも良くないからね」

「……シャルもその辺ちゃんと考えてたのか」



 しかし、とても良い事だ。シャルが友達と遊びに行くなんて。


「じ、じゃあ行きたい!」

「おっけ。今週はテオとデートだから来週行こっか。テオはそれでもいい?」

「ああ、もちろん。シャルが好きなようにしてくれ」


 俺は一人でも楽しめるタイプの人間だ……と思っていたのだが。隼斗が目敏くこちらを見てきた。


「じゃあ僕らもデートと洒落こもうじゃないか。どこで休憩したい?」

「下心で会話してるのかお前は。あと男同士のデートなんざ誰の需要にもならねえよ」

「あるよ。一部には」

「あったところで嫌だけども」


 はぁ、と息が漏れる。また委員長にしばかれる隼斗を見つつ、シャルを見た。


「そういえば今週はどこに行くのか決めてたりするのか?」

「決めてないよ。その日の気分でね」

「分かった」


 あの時みたいに散歩してもいいし、カラオケとかボウリングに行っても良い。また映画を見るのも良いだろう。

 あの頃と違って電車やバスで遠出をしてみても良いだろうし。いくらでもやれる事はありそうだ。



 ――と、この時の俺は悠長にもそんな事を考えていたのだった。

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