第24話 琥珀と筋肉父
「テオ、今日泊まりに来てよ」
「はい?」
朝、学校に着くとシャルが開口一番に言ってきて。思わず耳を疑った。
聞き間違えかと思ったけど、クラス中から集まる視線がそうではない事を伝えていた。
「いつも私がテオの家泊まるでしょ? だから――」
「ちょっと場所を変えよう。シャル」
もうちょい周り見てくれ。すっごい見られてるから。
隼斗達も俺達の事をじっと見つめていた。有北委員長は分からないが、隼斗はどこか楽しそうに。
「飛鳥、僕も飛鳥の家に泊まりたいんだけど。なあに、男同士だから問題ないだろう?」
「身の危険を感じるから嫌だ」
「あっはっは」
「頼むから否定はしてくれ」
「隼斗。調子乗りすぎ」
ビシッとチョップを入れられる隼斗。それを横目に見つつ、一旦シャルを連れて教室の外へと出るのだった。
◆◆◆
とりあえず教室から離れ、化学室や生物室などがある特別棟の廊下で話す。ここならあんまり生徒が居ない。
「……それで、いきなりどうしたんだ?」
「私はテオのお母さん達と話したけど、テオって私のお母さん達に会った事ないでしょ? 紹介したいなって」
「やばい。逃げ道が一切ないド正論がぶつけられてる」
すっごい正当な理由。何かとんでもない理由を言って欲しかった。これだと断りようがない。
「あとお泊まりもどうかなって。いつもテオのお家だし、たまにはこっちにお泊まりも良いんじゃない?」
「……言いたい事は分かる」
「それと、早めにお母さん達と知り合っておいた方が良いと思って。いざ結婚! 挨拶! ってなって『なんで今まで挨拶しに来なかったの?』って言われるの嫌でしょ?」
「やばい。過去一のド正論をぶつけられてる」
断る方が明らかにデメリットが大きい。……ちょっと待って欲しい。
「シャルの両親って理由とか追求してくるタイプなのか?」
「多分言われないと思うけどね。でも、不安の種になったりしないかなって」
「100%善意からの発言」
そして多分シャルの予想通りとなるだろう。
……まあ、ずっと逃げ続ける訳にもいかないしな。
「分かった。準備したら行く」
「やった!」
大人しく頷くと、シャルが嬉しそうに拳を握りしめた。
という事で、今日はシャルの家へと泊まりに行く事が決まった。
◆◆◆
お昼。シャル達とお昼を一緒に食べていた。……なぜか隼斗と有北委員長も一緒だ。
ちなみに二人は俺がシャルの家に行く事を知っている。朝話してたの聞かれてたし。
「シャルの両親ってどんな感じなんだ?」
「普通の人じゃないよ」
「じゃない方で説明するのか」
「一言で説明するのは難しいんだよね」
んー、とシャルが言葉を選ぶように唸る。向かい側で隼斗が爽やかな笑みを浮かべていた。
「ちなんでおくと、僕の両親はマトモな人だよ」
「…………ほんとか?」
「あっはっは。疑うね。今度家に遊びに来るかい? なんなら泊まるかい? 一ヶ月くらいだっっっ」
「私が泊まりに行けなくなるでしょ。あと荻照君を無理やり誘わない。……それと、一応隼斗の親は優しい人達だね。なんであんな良い人達に囲まれてたのに、こんな変態に育ったんだか」
「君の瞳に酔いしれたから、かな?」
「黙れ変態」
息を吐くように歯の浮くようなセリフを告げる隼斗。……どこかでこういうの見覚えがあるなとシャルを見てしまった。
「テオ、さすがの私でも怒るよ」
「ごめんなさい」
「あっはっは。飛鳥も当然のように僕を下に見るね。興奮しそうだよ」
「隼斗、食事中。潰すよ」
「ごめんなさい」
有北委員長の言葉に思わず俺までひゅんっとしてしまった。潰す……一体どこを。
そこでシャルが話を戻す。
「私の両親だったよね。お母さんは私と似てる……いや、逆かな? 私がお母さんに似てるのかな?」
「シャルが似てる?」
「うん。自由な人だよ。急に『明日からアメリカ行くぞー!』って言うような人だし」
「ほんとに急だな!?」
そんな事あるのか? 次の日から海外って。元々計画してサプライズとか……
「ちなみにその時はさすがにお父さん怒ってたね」
「ほんとに前日いきなり伝えたのかよ」
「さ、さすが有紗ちゃんのお母さんって感じね」
「でも楽しかったよ。お母さんは仕事でそこそこ忙しそうだったけど、私とお父さんは普通の旅行みたいな感じだったからさ」
シャルの親らしいというか。だからこそシャルが育ったという感じがする。
しかし、シャルのお父さんは割と普通の人なのか?
「お父さんは普通……うーん、普通って言って良いのかな。ちょっと微妙な所あるけど。性格は常識人寄りなのかな?」
「なんかすっごい気になる言い方だな」
「でもまあ、お母さんのストッパーみたいな感じだから。優しいよ。その分ちょっと過保護だけど」
過保護、か。……多分大丈夫だと思うんだが。なんかお腹痛くなってきたな。
「隼斗。一つ聞いてもいいか?」
「ん? なんだい? 先に僕の親に挨拶するかい?」
「何をどうしたらそうなるんだよ。……隼斗って有北委員長の所に挨拶とか行ったりしたのか?」
少し気分を切り替えようと隼斗を見た。変人の変態ではあるが、向こうの方がカップル歴は長い。
「ん? 僕かい? もちろん。小葉と付き合ったその日に行ったよ」
「凄い行動力だな。どんな感じだったか聞いても?」
有北委員長に聞いてみると、彼女は少し悩んだ素振りを見せた後に頷いた。
「タコ殴りにされたね」
「……はい?」
「ああ、勘違いしないで欲しい。別に小葉の両親が怒りっぽいとかじゃないよ。あの頃の僕はちょっとやんちゃしててね」
「やんちゃ?」
変態ではなく?
しかし、答える気はないのか隼斗はニコニコと爽やかな笑みを浮かべながら頷くのみ。
有北委員長もじっと隼斗の事を見つめていた。
「タコ殴りにはされたけど、小葉の協力もあって無事認められたよ」
「……そっか」
「飛鳥の場合は大丈夫じゃないかな。何せ、君という宝石を見つけ出した流川さんの両親なんだからね」
「合ってるけど、なーんか気に食わないなぁ」
隣からシャルの腕が伸びてきて、手を握られる。そして顎を肩に載せてきた。
目だけを動かしてそこを見る。顔をそっちに向けると……ちょっと大変な事になってしまいそうだったから。
「……なんかなー」
肩を顎でぐりぐりとされる。カラメル色の瞳はじーっと俺を見てきて、ほっぺが少し膨らんだ。
「あっはっは」
「はぁ。……ごめんね、この
高笑いをする隼斗と、それを呆れたように見つめた後に俺達へと謝罪してくる有北委員長。かなりの苦労人らしい。
……どこか既視感があるようなないような気がしたが、多分気のせいだろう。
◆◆◆
今、俺達の目の前には大きな一軒家があった。
かなり大きめの家だ。我が家より大きい。
「ここがシャルの家か」
「そ。元々家はこっちにあってね。小さい頃から海外に居たから知らなかったんだけど、お父さんとお母さんが結婚した時におじいちゃん達が買ってくれたらしいんだ」
「……凄いな」
なんとなく分かっていたつもりだけど、シャルの家はお金持ちだったようだ。
「私の家系ってみんな倹約家だったらしくてね。お母さんとお父さんも私が産まれるまではそうだったらしいんだ」
「へえ。……シャルが産まれるまでは?」
「うん。子供と孫が出来たらぱーっと使っちゃおうって。ちょっと張り切りすぎたらしいけど」
「ああ、なるほど。俺も似たような感じだったな」
広めの部屋を借りる選択肢もあったが、お母さんが『一軒家にしよう! 飛鳥もその方が楽しいはずだし!』と即決したのだ。
「育った環境は意外と似てるのかもね」
「……そうかもな」
「それじゃあ入ろっか」
シャルが手を引いて玄関へと入る。小さな庭があり、小さな花壇が見えた。ちょうちょも飛んでいてとても綺麗な光景だ。
たん、たん、と跳ねるように歩くシャル。すぐに扉へと辿り着く。
躊躇う事なくシャルは扉を開いた。
いや、当たり前の事なんだが。もう少し心の準備とか――
「おかえり」
扉の奥に、その男は居た。
まず目に入ったのは丸太のように太い肉体。
その肌は浅黒く、シャツがピチピチと悲鳴を上げている。
腕も脚も、俺の胴くらいあるんじゃないだろうか。手押し相撲をしようものなら、指一本で俺は負けるだろう。
背も高い。二メートル近くはあるんじゃないか。
――日本人離れした肉体。しかし、その顔の作りは確かに日本人である。それでも肌も髪質も若々しくて……シャルのお兄ちゃん? という予想が脳裏を過ぎった。そういえば兄弟とか……いや、居たら話してるはずだ。
――となると、彼は誰だ? と思った頃である。
「ただいま――あれ? お父さん? 玄関で待ってたんだ」
「……はい?」
「おかえり、有紗。……テオ君は初めましてだね」
容貌に反してその声はめちゃくちゃ優しかった。
それと同時に、大木を思わせるような腕が差し出される。
「……は、はじめまして。テオ……
握手をすると、めちゃくちゃ優しく手を握られた。……俺の手を簡単にその手は包み込むくらいには大きい。
簡単に手を握り潰されそうで――
――俺、多分死んだな。
そう思わざるを得なかった。
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