第23話 自由人と両親 ※有紗視点

「ただいま」

「おかえり、有紗」


 家に帰るとキッチンから返事が聞こえた。

 手を洗いに行きながらキッチンを見ると、お母さんはお鍋を見ていた。いい匂いがする。多分ホワイトシチュー。


 手を洗ってから一回キッチンに入る。ふわりといい匂いが強くなった。やっぱりホワイトシチューで合ってた。私の大好物。


「彼とはどんな感じ?」

「いい感じ。目に見えて変わってきてるよ」


 お母さん達は最近、よく私にどんな感じか聞いてくる。

 テオの事を話すのは楽しいから、私もお母さん達が気にしてくれるのは嬉しい。


 お母さんがおたまで少しだけシチューをすくった。


「有紗、味見する?」

「する!」


 お母さんが味見用の小さな器にシチューを入れてくれた。湯気がほわほわ立っててすっごくいい匂い。


「ふー、ふー」


 私は猫舌だから少し冷まさないといけない。何回かふーふーしてから口の中に入れる。


「ん、あつっ、でもおいしっ」

「おーけー。じゃあ準備よし。お父さんが帰ってきたら晩御飯ね」


 パチンとお母さんがウインクをした。お母さんの癖で、私にもその癖は伝染ってる。

 多分、他にもたくさん癖が伝染ってそうな気がする。私が気づいてないだけで。


「それで? いい感じってどんな感じなの?」

「昨日は寝る前にキスしてくれたよ。私から言わなくてもね」

「わお」


 他人から見ると小さな一歩なのかもしれない。でも、一歩は確かに一歩。しかも、この短期間で一歩……どころか二歩三歩は行ってる。


 テオも成長してるのだ。それと私も。


「これは孫の姿が見られるのもそう遠くないのかな? ……彼より先に有紗の方が限界来るんじゃない?」

「大丈夫だよ、多分。……ね」


 時々一線越えたくなっちゃうけど。出来る事ならテオからして欲しい。

 そんなに……すっごく遠い訳じゃないと思う。


 それまで我慢は…………あんまり自信はないけど、だいじょぶ。多分だいじょぶ。テオはかっこいいから理性が持つかちょっとだけ不安だけど。


「あ、でも子供はまだね。テオと高校は行きたいからさ」

「そういえば日本は不純異性交遊とかあったわね。それに、どっちにしても子供が出来たら学業も出来なくなっちゃうか」

「この辺はテオのお母さんにも言われたからね。ちゃんと守るよ」

「そうね。ちょっと麻痺してたけど、お母さんも改めて常識身につけておかなきゃ」


 その辺は私も身につけておかないといけない。時々周りが見えなくなる時あるし。お母さん似なのかな?

 お父さんは割と常識人だし、多分大丈夫だろうけど。


 ……あ、そうだ。シチューで思い出した。


「お母さん、今度料理教えて」

「ん? 良いの?」

「私もチャーハンが作れるだけだとね。テオと一緒にご飯作ってみたりしたいからさ」

「おーけー。じゃあ今度一緒にご飯作りましょうか」


 やった。これでいっしょにテオとご飯作れる。


「じゃあ私、お風呂入ってくるね」

「はーい。ゆっくり入ってきて」


 ◆◆◆


「それでさ。テオ、色んな服似合うし、スタイルもいいんだよ。カジュアル系もクラシック系も似合ってたし」

「そうかそうか」

「いいわね」


 夕ご飯を食べながらお母さん達にテオの事を話してた。二人ともすっごい良い笑顔で話を聞いてくれるから、ついついいっぱい話しちゃう。


「有紗、彼の事を話す時は凄く楽しそうにするよね」

「うんっ、楽しいんだもん!」


 テオの事を考えるのも、話すのも。いっしょにいるのはもちろんだけど、それ以外の時も楽しい。


「彼には感謝しないといけないね」

「本当にね。こんなに楽しそうにしてる有紗を見るの、五年ぶりじゃないかな」


 お父さん達が言う通り、テオには感謝しないと。本当に会えて良かった。


「でも、まさか同じ高校……同じクラスになるとはね」

「聞いた時びっくりしたわよね。運命って本当にあるんだろうね」


 事あるごとにお母さんとお父さんはその話をする。

 もしかしたらお母さん達がテオの両親から聞いていたのかも、とか最初は思ってた。お母さん達はテオが手を怪我した時にテオの両親とは会って連絡先も交換してたらしいから。でも、そうじゃなかったみたい。


 その事を知ったのは最近だ。テオと離れてからすぐその事を知っていたら毎日数時間はテオと電話していた気しかしないから、お母さんの判断は合ってると思う。


 そこで私は一つの事を思い出した。


「あ、そうだ。お父さんに聞きたい事があったんだった」

「ん? なんだい?」

「お父さんってお母さんにどんな誘惑されたの?」

「んぐふっ」


 お父さんがシチューを吹き出しかけた。さっとお母さんがティッシュでガードをする。さすがお母さん、慣れてる。


「こーら、有紗。お父さんをからかっていいのはお母さんだけよ」

「はーい。でも別にからかったつもりはないよ。でもタイミング悪かったね。ごめんね、お父さん」

「げほっ、こほっ……い、良いんだけども」


 口を拭いて水を飲むお父さん。じっとそれを見て……隣に居るお母さんを見た。


 私のおっぱいはお母さん譲りの大きさだ。お母さんは私よりもおっきい。


 私が見てる事に気づいて、お母さんがふふんと自慢げに笑う。


「前も言ったけど、お父さんはお母さんのおっぱいにメロメロだったのよ。というかメロメロにしたのよ」

「……お、お母さん? 有紗に何を教えてるのかな?」

「好きな人を射止めるコツね」


 胸を張るお母さん。お父さんがはあ、と息を吐いた。


「どうやったらテオにもっと私の事好きになってもらえるかなって思ってね。お父さんはどうだったのかなって」

「……そうだね」


 お父さんはシチューを食べながら遠くを見つめる。


「…………有紗の魅力を伝えたら良いんじゃないかな」

「おっぱいね」

「そうだね」

「他にもたくさんあるだろう!? どうして最初にそれが出てくるのかな!?」


 お母さんがくすくす笑いながら自分のおっぱいに触れた。


「だって、ねえ。それが一番伝わりやすいし。お母さんもお父さんこれ一本で落としたし」

「有紗の前で誤解を生む事は言わないでくれるかな!? 確かに色々されたけど! 他にもたくさん魅力があったからだよ!? あと、お母さんのだからってだけで、僕は女性なら誰のでもとか不義理な事はないからね!?」

「ふふ、分かってるわよ」


 楽しげに笑うお母さん。お父さんはこうやってお母さんによくからかわれてる。

 私としても、その言葉を疑ったりはしない。お父さん、お母さんの事大好きだし。


 お母さんが言うには、昔お父さんはどっちかというと小さい方が好きだったらしいし。


「と、とにかく。テオ君には有紗の魅力……と言っても、テオ君は有紗の事が好きなんだろう?」

「うん、言ってくれたよ」

「それなら、有紗が好きなようにすれば良いんじゃないかな」

「好きなように?」


 その言葉の意味がよく分からなくて、聞き返すとお父さんは頷いた。


「ああ。お父さんはお母さんの事を好きになってから、お母さんの魅力がもっと魅力的に映るようになったんだ」

「おっぱいとかね」

「お母さんはそれを推しすぎ。……否定は出来ないのがあれだけど。でも、こんな風にからかってくる所もお母さんの魅力の一つになる。そんな感じでね」

「なるほど」


 テオの事を知って、もっと好きになってるのと同じ感じかな。


「恋は盲目、だなんて言われる所以ゆえんかもしれないね。でも、有紗の『自由』は、多分テオ君からしてみれば大きな魅力の一つだと思うよ」

「……そっか」

「そう。だから、有紗の好きなようにやればいいとお父さんは思う」


 私の好きなように、ね。


 それなら――



「明日、家にテオ連れてきていい?お母さんとお父さんに紹介したいんだ。あ、あとお泊まりも」


 そう言うと、お母さんとお父さんはきょとんとした顔をして。


「ええ、もちろん」

「ああ、もちろん」


 無事、許可は下りた。

 今度はテオが家に来る番だ。

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