第21話 自由人との初デート その3

 服を買った後、荷物をコインロッカーへと預けて二人で映画を見に行った。


 それがまた――かなりの大当たりだった。


「最後の伏線回収凄かったね。ほら、まだ鳥肌立ってる。触ってみて」


 映画を見て、俺達は近くのカフェにて余韻に浸っていた。


 シャルも興奮冷めやらぬといった感じで、手を握られて腕に押し当てられる。めちゃくちゃボディタッチが多い。……いや、今更すぎるか。


「映画鑑賞って楽しいね。ずっとテオと何話そうか考えてたよ」

「……それは映画鑑賞なのか?」

「映画鑑賞だよ。感想を語り合える人が居るって事だからね。しかもテオと」

「ああ、そういう事か」



 シャルと感想を共有出来る。今まで体験した事がなかったから忘れていた。


 ラノベを読んでも、アニメを見ても。一人だから話す人は居らず……精々ネットで同じ感想を持つ人を見つけて勝手に喜ぶくらいだ。


「テオはどうだった?」

「そうだな。主人公の葛藤と決断の所が好きだった」

「あ、分かる。あそこ凄かったよね。最後までどうなるのかずっとドキドキしてたよ。事前情報入れなかったからハッピーエンドかどうか分かんなかったし」

「俺も一緒だ」

 

 最近何かと話題の作品であったが、運良くネットでネタバレも踏まなかったし。見れて良かった。


「また映画見ようね。映画館でもいいし、家ででもいいし」

「うん、そうだな」


 改めてほう、と息を吐く。映画の感想をカフェで語り合う――なるべくネタバレとならないように配慮しながら。


 その時間はとても有意義で楽しかった。


 ◆◆◆


「まだ今日って始まったばかりな気がするんだけど」

「同感だな」


 影が伸び、日に照らされた肌は茜色を差している。もう夕方となっていて、カラスが帰る時間だと鳴いている。


 先程運動公園に行ったばかりな気がするが、あれももう何時間も前なのだ。一時間前の事のように思える。


「やっぱりテオといっしょだからなのかな。……ほんと、ずっと楽しい」


 どこか噛みしめるように呟くシャル。歩いていた足がピタリと止まった。

 日に照らされて赤くなった頬がこちらを向く。心なしか、そのカラメル色の瞳は熱を孕んでいるような気がして――


 シャルの顔が近くの公園を向いた。


「ちょっと寄ってこ」


 ……どうやら、まだ帰りたくないという思いは同じだったようだ。


「分かった」


 そうして俺達は公園へと寄った。


 ◆◆◆


 誰もいない、少し寂しい公園。ベンチに座ってすぐにシャルは口を開いた。


「ねえ、テオ。なんでこんなに私が楽しいか分かる?」


 唐突に彼女は聞いてきた。

 ……なんで、か。

 少し考えるも、簡単に答えは出てこない。


「……分からない」

「好きだからだよ」


 ずい、とその顔が寄せられ――ぴとりとおでこが合わさった。


 ふわりと漂う、柑橘系の甘く爽やかな香り。合わさった部分からは彼女の体温が伝わってきて。

 その熱い吐息がかかる度に心臓はペースを速めていった。


「あの頃からずっと、好きだったから。……なのかも?」

「し、シャルも分かってないんだな」


 珍しく考え込むシャル。悩むというよりは、言葉を探しているようにも見えた。


「んー、わかんないっていうか。あれかも。卵が先か、鶏が先かってあるでしょ?」


 ……あ、あれか。

 この世界で先に産まれたのが卵なのか、鶏なのかという問いかけ。

 卵が先なら、その卵は誰が産んだのか。鶏が先に産まれたのなら、その鶏はどうやって産まれたのか……というもの。


 その話と何の関係が? と疑問に思うと同時にシャルから答えが返された。


「楽しいから好きなのか、好きだから楽しいのか。どっちなんだろうね」


 楽しそうに尋ねてくるシャル。その顔を見て、頭の中に疑問が一つ湧いた。


「シャルは――」



 以前聞こうと思って止めた事。それを尋ねて良いものなのかどうか、迷ってしまう。



 でも、どうしても気になってしまった。



「――どうしてシャルは、俺なんかを好きになってくれたんだ?」


 言葉にして、口を閉じる。

 遂に言ってしまったという気持ちはある。しかし、出した言葉をなかった事にする訳にはいかない。


 今のやりとりからして、『分からない』って言われるかもしれないと思った。でも、それならそれでいい。


「どうして、ね」


 だけど、シャルはじっと俺を見て。少し考え込んだ。


「私ってきまぐれでしょ? テオと会うまでも、色んな人振り回してきたんだ」

「……想像がつくな」


 脳裏を過ぎったのはあの年の記憶。

 ほぼ毎日。手のひらを怪我した時以外……いや、あの時も毎日お見舞いに来ていたな。実質毎日遊んでいたも同義だ。


 遊ぶというのも彼女の気分次第。その地域の手遊びから彼女が今まで行った国での遊び。散歩や昆虫採集。時には地元の子供達や年上に絡まれそうになって、二人で逃げる事も少なくなかった。


「そ。だからいっつも言われてたんだよ。『もう遊びたくない。シャルと遊んでたら疲れる』って。本気で嫌そうにね」

「……それは」

「あ、遊んだっていっても女の子しかいないんだ。ほら、治安の関係もあるからさ。あんまり男の子とは遊ばないようにしてたんだよね」

「あー。言いたい事は分かる」


 もちろん全員とは言わないし言えない。


 それでも、日本に比べると色々と甘いところがあって、同年代っぽい子の中にはタバコや酒へ手を出してる人も居た。

 中高生っぽい近所の兄さんが普通に勧めてきたりするのだ。……時にはもっとやばそうな物とかも。


 だからこそ、友人は選ぶ必要もあったりした。シャルの場合……女の子故、異性と関わると危なくなる可能性も決して低くなかったと思う。


「まあ、女の子でも時々凄い子居たけど。そういう子は最初見ただけでなんとなく分かるからさ」

「ふむ」

「でも、だからこそ合わないんだよね。ずっと同じ公園で遊ぶ、ってのも私の趣味じゃないし――そんな時、テオと会ってさ」


 その瞳の奥に浮かんだのは懐かしい記憶。


 今でもあの時の事はよく覚えている。というか忘れる事なんて出来ない。


「一目で分かったよ。テオなら……この人ならいっしょに遊べるって」

「それは俺が日本人だったからか?」

「ううん。そういうのじゃなくて。なんて言うのかな」


 んー、とまた彼女は言葉を探し。程なくして答えは出たようで、瞳に強い光が宿る。



かな」

「……はい?」

「一目惚れ。これが一番正しいかな。テオの表情。判断の早さ。手の暖かさ。それで、いっしょに逃げて分かったんだ。『この人は私が探してた人』なんだって」

「な、なるほど?」

「運命。直感。相性の良さ。そういうのが色々合わさって、一目惚れになったんだと思う。……気づいたのはかなり後だったけどね」


 シャルが手を握ってきた。強く、離れないように。あの時のように。



「……そうか」

「そ。それで、テオと逃げてる時が一番楽しかったんだ。理屈的なものじゃないからさ。こういうのは」

「そう、だな」



 ――俺もそうだったから。大人しく頷いた。


「だから、楽しい。テオとまた会ってからもずっと。今日も楽しかった。好きだって何回も思ってるよ」


 ニコリと口角が持ち上がり、弾んだ声は同時に俺の心も弾ませた。


「……俺も同じ気持ちだ」

「ふふ、そっか。良かった」


 そこでシャルが言葉を終え、立ち上がって歩き始める。

 自然と俺もその後ろに続く形となった。


「……なあ」

「んー?」


 きょとんとした顔で見つめてくるシャル。

 緊張で口が渇く。言葉がつっかえないように咳払いを挟み――


「ら、来週もデートしないか。来週も、その次も」


 ――そう、言う。シャルは大きく目を見開いていた。



「も、もちろんシャルに用事がなかったら良いが」

「行く」


 慌てて言葉を付け加えるも、彼女は瞳に強い光を宿らせてそう返してくれた。


「絶対。毎週デートする」

「……ありがとう」


 ぎゅっと。張り詰めていた緊張の糸が緩み、解かれていくのが分かる。


「ありがとうはこっちのセリフだよ、テオ。私も言おうとしてたからね。……でも、そっか。テオが言ってくれるんだ」


 ぎゅっと、強く手を握られる。絶対に離さないと伝えてくるように。


 そして、彼女は一つ息を吐いた。熱を帯びた息を。



「あーあ、もう。テオの事好きになっちゃった」



 風がブラウンの髪をなびかせ、カラメル色の瞳は決して光を失う事はない。


「ねえ、テオ。キスしていい?」

「……ああ」

「ん」


 一息も置かずに頬へとキスをされた。それを見届け――


「俺も、して良いか?」


 ――そう返した。


 シャルの目がまんまるになる。完全に不意を突かれたという表情だ。



 珍しい表情に思わず口元が緩みそうになった。先程は惜しい所まで行っていたが、今回こそカウンター成功だ。


 ……別にカウンターをするために言った訳ではないのだが。、というのが本音だ。


「ん、いいよ」


 ほんのりと赤く染まったほっぺを突き出してくるシャル。夕日のせいか――それとも別の理由か。


 そこに唇を合わせた。

 すべすべで柔らかな頬。多分俺の唇より柔らかい。


 ……というか俺、自分の唇の事なんて何も考えてなかった。ケアとかした方が良いんだろうな。


 となると化粧水? いや、まずはリップか?


 この辺はシャルに聞いた方が良いだろう。

 そう思って彼女を見ると。


「ふふ」


 凄く嬉しそうに、そして楽しそうに笑っていた。


「テオからこういう形でちゃんとしてくれたのって初めてじゃない?」

「そういえばそんな気もする」


 不意打ち気味にやり返すとかはあった気もするが、尋ねてからやったのは初めてだ。多分。



「テオも変わってきてるんだよ。良い方向にね」

「そう……だな」



 少し悩んだものの、素直に頷いた。

 今までの俺ならばしなかった事だ。



「思ってたより早く――いけちゃうかもね?」



 弾んだ声と共にウインクをされる。具体的な事は聞かないようにした。




 そうして、俺とシャルの長いデートは終わりを迎え――


「そうだ。晩御飯の材料買って帰ろ」

「……今日泊まるのか?」

「もちろん」


 ――家に二人、しかもお泊まりって実質デートなのではと自問するのだった。

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