第20話 自由人との初デート その2

「どう? 可愛い?」


 お昼を食べ終え、今はシャルの服を見ている所だった。



 試着室のカーテンが開かれ――現れたシャルの姿に目を見開いてしまう。


 黒いワンピースなのだが、そのスカート部分に大きくスリットが入っている。

 黒さの中から覗く脚はとても目立っていて、つい目を惹かれた。


 また、黒という配色はシャルの大人っぽさを引き立たせていた。


「に、似合ってると思う」

「可愛いか可愛くないかで。さん、はいっ」

「……可愛いです」

「ふふ、ありがと。じゃあこれも買っちゃおうかな」


 楽しそうに鏡を見てくるりと回るシャル。その姿を見ていると、ふと昔のように事が脳裏に蘇った。



 ――シャルっていつもズボン履いてるけど、そっちの方が好きなのか?



 それは当時なんとなく聞いた事で、でも強く印象に残っていた。


「シャル、スカート好きじゃないって言ってなかったか? 動きにくいからって」


 そう。その答えがとてもシャルらしくて覚えていたのだ。


 シャルはきょとんとしながら、スリットに指を這わせながら答えた。


「よく覚えてるね。今もそうなんだけどさ……これなら動きやすいんじゃないかなって」


 ほら、と――シャルはスリットを大きく開いた。


 真っ白で艶めかしい脚が伸び、健康的な太腿があらわになる。先程まで履いていたショートパンツでも見えなかった領域で――見過ぎだ、俺。


「それに、テオって私の脚が好きみたいだし?」

「そ、それは……ひ、否定は出来ないんだが」


 しどろもどろになりながら、どうにか目を逸らす。彼女の脚からも――胸の中に残る黒いもやもやからも。


「もしかして、他の人に見せたくない?」


 けれど、彼女は俺の黒い部分を的確に撫でてくる。何も言葉が返せず、しかしそれは肯定するのと同じだと分かってもいた。


「ふーん? ふふ、そっかそっか」


 シャルはうんうんと頷きながらスリット部分を撫でる。その声が少し抑えられた。


「じゃあこれはお家デート用にしようかな」

「そ、そうなるのか?」

「この服安くなってるみたいだし。日本の服もある程度そろえておいてってお母さんから軍資金たくさん貰ってきたし」

「でも無駄遣いはしない方が良いんじゃ?」

「テオを誘惑出来るなら無駄じゃないよ」


 真正面からその言葉をぶつけられ、それからは何も返せなくなった。


「じゃあこれは買おうかな。次はどれ試着しようかな」


 どうやら買う事に決めたらしく……既にその瞳は次に着る服を探していて。


 不思議と――いや。色んな服を着る彼女が見られるから、俺も楽しくなっていた。


 ◆◆◆


 それは、シャルが何着目かの服を着ている時に起こった。


「……」

「シャル? どうした?」


 ノースリーブと薄手のジャケットを組み合わせたトップスに、ブラックのショートパンツを組み合わせた服装。

 露出度が高いように見えて低い。ジャケットを脱いだら大変な事になるのだが。


 そんな事を考えていると、シャルが遠くの一点をじっと見つめている事に気づく。


 次の瞬間、カラメル色の瞳は俺を射止めていた。


「テオ、靴脱いで」

「え?」

「早く」


 何がなんだか分からないが、シャルの言うとおり靴を脱ぐ。次の瞬間――俺はシャルに手を強く引かれた。


「シャル――」

「――しっ。静かに」


 口を開こうとしたが、彼女の手が物理的に塞いできた。壁に優しくとん、と押しつけられて身動きが取れなくなる。


 程なくして、外から声が聞こえてきた。


「……これ、ほんとに似合うと思う?」

「ああ、もちろん。その瞳によく似合うだろうね」

「目じゃなくて他のところも見て欲しいんだけど」

「あっはっは。僕は小さいのも好きだよ」

「殴るよ」

「あぐっ。もう殴ってるじゃないか」


 間違いない。変態目フェチ……じゃなくて変態隼斗と有北委員長だ。


 シャルの顔が近づいてきて、肩に顎が乗せられる。彼女の匂いが一層強くなった。その上、大きく柔らかなものが胸に強く推し当たってくる。



「今日は私とテオ、二人だけがいいから」



 ゾワゾワとくすぐられる鼓膜。心もぐらぐらと揺さぶられた。

 ……確かにあの二人、特に隼斗に見つかったら付いてきそうだよな。


 そっと彼女が離れると、外から会話が聞こえてくる。


「それにしても隼斗。随分と荻輝君にご執心だよね」

「おや? 妬いてくれているのかい?」

「……当たり前でしょ。自分の恋人がクラスメイトに執着していたら」


 あ、これあんまり聞いちゃいけないやつだ。有北委員長が素直になってる。

 しかし、俺にはどうする事も出来ない。逃げ場がないのである。


「はっはっは。でもその理由は分かるだろう?」

「まあね。目が綺麗なのは私も思うもの」


 シャルの耳がぴくりと動く。その瞳はじっと俺の目を見つめてきた。


「それに、小葉なら気づいているだろう? 彼が髪を切ってから評判が大きく変わってる事」

「……そうね。今更になって、彼が学校の花の整備をしていたり、先生の手伝いを進んでやってる事を評価し始めてる」

「うんうん、良い事だ。モテてきてるんだね」

「言葉を選ばずに言うなら、ね。でも有紗ちゃんが黙ってないと思うけど」

「あっはっは。それで良いんだよ」


 シャルの頬がむっと少しだけ膨らんだ。今のはさすがに冗談の類いだと思うんだが。



 という俺の思いは通じず、シャルの顔が近づいてきて――首筋に、彼女の顔が埋められた。


「ッ――」


 首筋に甘く鋭い痛みが走った。



 何をされているのか一瞬分からず、手が空中を扇いだ。


 シャルが更に強く唇を押し当ててきて――ふっ、と。いきなりその力が抜ける。


 普段より少しだけ水気を孕んだ音が鳴った。外に音が漏れ出ていないか不安になるほど。



 鏡にシャルの背中と俺の姿が写っていて――


 首筋にが出来ていた。


 すぐにあの日――シャルと再会した次の日の事を思い出した。


 首筋に同じような赤い点があって、虫刺されかと思って……これだったのか? まさか。


 連鎖的に学校でクラスの男子と話した事を思い出す。



『……な、なあ、お前。それ』

『それ? ん?』

『首元赤いけど』

『ああ。噛まれたやつだな』


 噛まれた……


 自分で返した言葉を思い出し、そして心を渦巻いていた色んな感情が混ぜあって血液に溶け、顔へと上がってくる。


 シャルはにこにこと満足そうに笑っていた。

 先程まで首筋に当たっていた唇がゆっくりと開かれる。


「マーキング、だよ。テオが誰かに取られちゃわないようにね」

「――ッ」

「テオもする?」


 隣に二人が居るから、その声はほとんど発されていない。それでも俺にはよく聞こえていた。


 シャルが無防備に首筋をあらわにする。



 と、その時。隣から会話が聞こえてきた。


「似合う?」

「ああ、凄く似合うよ」

「じゃあ買う」

「ん? 他にも見なくて良いのかい?」

「今日は一着だけって決めてたし。他にも行きたい所あるから」

「それは僕がプレゼントしよう。お詫びとしてね」


 ……お詫び?


 その言葉が気になって、自然と耳がそちらに向いてしまう。


「多分、小葉との約束は破る事になる。そう遠くないうちに」

「……そこは納得してるけど」

「これでも負い目は感じてるんだよ。だから、プレゼントさせてくれ」

「……はぁ。全く、気を使ってるのか使ってないのか分からないよね、隼斗って」


 その会話の意図は読めない。だが、シャルも気になったようでそちらに顔を向けていた。


「じゃあこれ買って。その後カラオケ行こうね」

「分かったよ」


 そのやり取りから数分後……二人の気配が消える。


「ちょっと気になったね。お詫びってなんだろ?」

「昨日のと何か関係してる……のか?」


 昨日、隼斗は意味深な言葉を残していたし。それ繋がりかもしれない。


 少し考え込んでいると、シャルにちょんちょんと肩をつつかれる。


「それはそれとしてさ。私にはマーキングしてくれないの?」

「……しない」

「ざんねん」


 自分の首を指さすシャルにそう返して、やっと俺は試着室から解放されたのだった。

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