第19話 自由人との初デート

「結構かかっちゃったね」

「そうだな」


 結局、ショッピングモールに着くまで一時間くらい掛かってしまった。しかしこれも十分許容範囲である。なんならもう一時間くらい掛かるかもって思ってたし。


「あー、実は俺も服見たくてな。お昼まで少し時間あるし、先にそっち見ても良いか?」

「もちろん。私もテオの服選んでいい?」

「ああ。というか頼む。俺、服に関してはよく分かってないから」

「任せて。これでも服選びには自信あるんだ」


 シャルというか、女子って服選びに時間を使うと聞く。半端な時間だし、まずは俺の服を適当に選んでからお昼を食べよう。


「ふふ。テオに何着せようかな」

「あんまり奇抜なのは似合わないと思うって先に言っておくぞ」

「大丈夫だよ。私が楽しいから」

「話が通じてないな」


 そう話しながらも……俺の心は少しだけ弾んでいた。


 ◆◆◆


「うーん。やっぱこっちの方が似合うかな」

「お客様、そちらのお洋服でしたらこちらも似合うと思いますよ」

「あ、それ良いね。モノトーンコーデだっけ。テオ、これ着てみて」



 という事で、俺は今現在着せ替え人形となっていた。

 シャルから黒いパンツを受け取りながら頬がひくつく。この一時間でどれくらい着せられた……?



「お客様のスタイルですと、こうした帽子も似合うかと」

「良いね。うん、似合う」


 手を伸ばされて帽子をぽすりと頭に乗せられる。シャルは満足そうに頷いていた。


「店員さん。他にも良さそうなのあったらあと二、三着くらい持ってきて欲しいな」

「承りました!」


 ま、まだ着せる気なのか。

 少しだけ疲れてきながらも、試着室に備え付けられている姿見を見る。


 ……シャルのセンス、めちゃくちゃ良いんだよな。本当に。服だけでこんなに印象変わるのかとこの何度も驚かされている。


 新しく持ってきたパンツを着ける。サイズはぴったりだ。


「シャル、どうだ?」

「うん、かっこいい。キスしていい?」

「そ、それは遠慮しておく」

「まあまあ、遠慮しないで」


 シャルに手を取られ、指に唇を触れさせられる。その瞳は俺の反応を見ていて、彼女は楽しそうにしていた。


「かっこいいよ、テオ。もっと色んなかっこいいテオ、隣で見せてね」

「……頑張る」

「頑張らなくてもかっこいいから大丈夫だよ。あ、店員さん来た」


 それからまたしばらくの間、俺はシャルに着せ替え人形にされた。最後にシャルと俺が気に入った服を二、三着買ったのだった。


 ◆◆◆


 お昼を食べ終え、俺とシャルはデザートにクレープを食べていた。


「テオの美味しそうだね。一口貰っていい? 私のも一口あげるから」

「とか言いながらもうかぶりついてるな」


 シャルにバナナクレープを一口食べられた。むぐむぐと食べながらシャルはうんうんと頷く。


「良いね。美味しい」

「……まあ、良いんだけどな」

「はい、テオ。約束通り私のも一口あげる」


 シャルは自身のストロベリークレープを差し出してくる。少し迷った後、それに口を付けた。


 口の中に広がるイチゴの甘酸っぱさと、クリームの甘さ。悩んだ末、俺はバナナクレープにしたのだが。こちらも美味しい。


「うん、美味しい」

「ね、やっぱ美味しいよね。……ふふ」


 シャルは俺の顔をじっと見て笑ってきた。なんだ。変な顔とでも言いたいのかと思ったが、さすがに違うだろうと考え直す……前にシャルが口を開いた。


「テオ、動かないでよ」

「……?」


 シャルの言葉が分からずも、その言葉の通りにする。


 端正な顔がいきなり近づいてきて、ビクリとしてしまいそうになった。しかし、同時に気づく。


 これあれだ。お約束のやつ。口の周りにソースが付いてるとかの。


 それにホッとしていまい――俺は気づけなかった。その手にソースを拭く用の紙を持っていない事に。



 ふわりと、イチゴやバナナとは似ているようで違う……甘く爽やかな香りが漂った。同時に――唇から数センチ離れた場所に彼女の柔らかな唇が触れる。


 そして。その柔らかな物が


 更に柔らかな――あの時指先に触れたような感触が、そろりとそこを撫でた。


「なっ……」

「ソース、付いてたよ」

「い、言うのが遅――」

「しー。大きな声出したら迷惑だよ」


 思わず大きな声が出てしまいそうになって、シャルの人差し指が唇に当てられる。


 ゆっくりとその指が離れ、彼女はにこにこと楽しそうに笑う。


「だ、誰のせいだと……」


 そう言いながら、思わず先程彼女のものが触れた部分に指を当ててしまう。


 そこから唇まで、本当にわずかな距離しかない。少しでも距離感を見誤れば……当たってしまっただろう。

 そして、そうなると――いや、考えるな。考えてはいけない。


「と、というか。こういうのってキスされると思ったら拭かれたりゴミを取られるのがお約束だろ」

「私が普通のお約束を守るって思ってた? ……あと、それってどっちかっていうと男の子がするやつじゃない?」

「……言われてみれば」


 シャルに普通を当てはめてはいけない。そもそも物語のお約束自体普通じゃないんだが。


「次はどうやって不意突こうかな」

「勘弁してくれ。じ、事故が起きたらどうするつもりだ」

「そしたらもう我慢しなくて済むんじゃない? こっちでちゅーするの」


 シャルの指が自分の唇に触れる。柔らかなそれは簡単に形を変え……その柔らかさを知っていたから、つい想像をしてしまいそうになった。


「ち、躊躇ちゅうちょとかしないのか」

「テオと会ったらもう我慢しないって決めてたからね」

「元々我慢してなかっただろ」

「あははっ。言えてる」


 シャルが楽しそうに笑ってクレープにかぶりつく。かと思えば、その動きがピタリと止まった。


「……思えばこれ、間接キスだね」

「ほ、本当に今更だな」

「不思議だね。あの頃は意識してなかったんだけど」


 まあ、あの頃はよくシャルに食べ物を囓られていたし、俺も食べていた。俺はかなり意識していたんだけどな。


 どうやら意識していたのは俺だけのようだ――と思っていたのだが。彼女は少しだけ耳を赤くしていた。


「……ううん、やっぱ今の嘘。あの頃意識してたかな」

「んぐっ」


 唐突な言葉に食べていたクレープが変な所に入りそうになった。すぐに水を飲んで事なきを得る。


「だいじょぶ?」

「だ、大丈夫だ。……でも、意外だ。意識してたのは俺だけかと」

「へえ? テオも意識してくれてたんだ」


 墓穴を掘った事に気づくのは少し遅かった。目を逸らそうとするも、そのカラメル色の瞳は的確に俺の目をロックオンしていた。


「いっしょだったんだね」

「そ、そうかもな」

「そっか。……そっか。ね、テオ。もう一回キスしていい?」

「だ、ダメだ」


 という俺の返事もむなしく、シャルはもう一度頬にキスをしてきた。


 彼女の甘く爽やかな香りに、イチゴの甘酸っぱい匂いが混じっていた。

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