第18話 自由人とデート前の寄り道
日曜。今日こそシャルとデートをする日である。
……デート。デートか。
そもそもデートってなんなんだ。
俺のスマホの検索履歴は大変な事になっていた。デートの定義からどこに行けば良いのか、何を話せば良いのかと昨夜片っ端から調べ尽くしていたからである。
もう服装なんかもよく分からない。
最近のファッションってなんなんだろうな。調べてもイケメンが着てるから似合ってるのだろうと思うばかりで、自分に似合う服なんて分からない。
「……これで良いのか?」
一応、今日の為に服を買ってはいた。一応な。
シャツに薄手のジャケット、下はデニムと無難of無難ではある。攻めたデザインを着て失敗するよりはずっと良いと思う。
前から考えていたが、今日デートしつつ服も買おう。奥山さんから貰ったお金もあるし。俺よりシャルの方がファッションなんかも詳しいかもしれないから聞いてみよう。
待ち合わせ時間も……大丈夫だな。今出ても三十分前には着くだろう。こういうのは早めに着いて損もないし。
さて、行こうとカバンを手に取った瞬間――
ぴんぽん、とチャイムが鳴った。
「なんだ?」
配達は頼んでいない。いや、両親宛か?
インターホンで扉の前に誰がいるのか確認して――扉を開けた。
「やほ、テオ。来ちゃった」
「……シャル」
扉を開けるとそこにシャルが居た。
白いブラウスに、膝上丈の短いショートパンツ。ブラウスは裾が結ばれているが、肌が見える程短くはない。
日射しが強いからかキャップを被っていた。
とてもスポーティな格好であり、シャルにめちゃくちゃ似合っていた。
「テオ、似合ってるね。大人っぽい」
「……シャルも似合ってる。というか、なんで? 待ち合わせじゃなかったか?」
「テオに早く会いたくて来ちゃった」
ぺろっと舌を出すシャル。あざとい。でも顔が良いのがずるい。
……嬉しいという感情が漏れ出ないように目を逸らす。
しかし、彼女にそんな小手先のものは通用しなかった。
「あ、そうだ。テオ」
目を逸らしてしまったから、彼女の行動に一歩反応が遅れる。
皮を剥いた果実のように柔らかい感触が頬に押しつけられ、心臓がバクンと大きく跳ね上がった。
「い、いきなりは心臓に悪いぞ」
「ふふ。だからだよ」
イタズラっ子のように楽しげな笑みを浮かべるシャル。
「次はテオの番だよ」
シャルはそう言って頬を突き出してきた。
……勝てる気がしない。
大人しく、そこに自身のものを当てた。
やはり慣れない。されるのもするのも。
どうにか平静を装っているものの、心は大荒れである。いつか爆発してしまうんじゃないかとすら思ってしまう。
そんな俺に反してシャルはずっと楽しそうで、俺を見ながらにんまりと笑っていた。
「テオ、準備は出来てる?」
「……ああ。出来てる」
「それじゃあ行こっか」
シャルが手を差し伸べてきた。あの頃と同じように。
その手を握ると、自分とは違う小ささと柔らかさに力が緩んでしまう。しかし、その分彼女がしっかりと手を握ってくれた。
緊張はしている。心臓も高鳴っている。
しかし――不思議と、先程に比べて心には少し余裕が生まれていたのだった。
◆◆◆
「どこ行く? 私はテオと一緒ならどこでもいいよ」
「服、買いに行きたいって言ってたよな。ショッピングモールとかどうかと思ってたんだが」
「覚えてくれてたんだ。いいね、行こ」
そうなると……あそこか。ふむ。
「電車とかバスだともっと早いが、徒歩だと三十分くらい。どうする?」
「ふふ、決まってるでしょ? 歩こ」
その返答はなんとなく予想していた。昔からこうなのだ。
「ダッシュで一時間までは徒歩圏内だよ」
「……本当に変わらないな」
「好きだからね。テオといっしょに色んな景色見るの」
「そうか」
シャルの言葉に返した言葉は、自分が想定していたより淡白なものとなってしまった。……ただ、少しだけ恥ずかしかっただけだというのに。
「……俺もだ」
「ふふ、知ってるよ」
なんとなく悟られているだろうなとは思った。だが、それでも言いたかったから。
そうして、俺達の長いデートは始まったのだった。
◆◆◆
「へえ。あっち、運動公園があるんだ。ちょっと行ってみよ、テオ」
「いいぞ」
手を引いて急かしてくるシャル。凄く懐かしい。
運動公園の周りを歩いていると、シャルがピタリと足を止めた。
「あれって何かな」
そこにあったのは、平べったいマットのような石。そこの上には様々な色の石のようなものが無数に埋め込まれていた。腰の上辺りに手すりも付いている。
「それは足つぼのやつだな」
「足つぼ? 足つぼってあのマッサージの?」
「その足つぼだ。これは自分の体重で刺激するやつだな。あんまりやってる人は見たことないが……」
「へえ、やってみていい?」
既に靴を脱ぎかけているシャル。俺がダメとか言わない事を分かっているのだろう。実際ダメとか言う理由もないし。
「時間はいくらでもある。シャルがやりたい事をやってくれ」
「やった。靴お願いね」
――本当に懐かしいな。
見ての通り、シャルはとても自由人だ。それはもう、毎日めちゃくちゃに振り回される。
あの頃も今のようにあっちこっち行って、シャルがやりたい事を毎日やっていた。
隣町まで行ってみたり、綺麗な花を探しに行ったり。珍しい昆虫を探しに行ったり。そして、秘密基地で遊んだり。
治安の関係上、行けない所も多かったが……それでもあの頃の俺達には大きくて広い世界だった。
「あれ? 全然痛くない。ちょっと気持ちいいくらいかな」
「健康って事だな。運動不足とか体に悪い所があったら痛いって聞くが」
「んー、そっか。じゃあ十年後くらいにまた試してみよ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるように足つぼマットの上を歩くシャル。どうやらめちゃくちゃ健康らしい。
そのままシャルは足つぼコースの隣にある水道へと歩いた。
蛇口を捻ると水が流れ落ちる。シャルは手でその水を受け止め、自分の足に流していった。
白くしなやかな筋肉の付いた脚はとても健康的である。昔もそうだが、シャルはやんちゃではあるが滅多に怪我はしない。
水がつーっと脚を伝う。真っ白な肌と共に光を反射し……じっと見てしまっていた。
目を上へと上げると、にんまりと笑う彼女と目が合った。
「テオのえっち」
「い、今のは……その……ごめん」
「ふふ、良いんだよ。テオは脚も好きって覚えとこ」
「お、覚えなくていいから」
というか、誰でも見てしまうと思う。めちゃくちゃ綺麗だったから。
それからはどうにか彼女の足から視線を外し……シャルは足を洗い終えてタオルで拭っていた。
「ベンチまで距離あるね」
「そうだな」
タオルで拭きはしたが、どうせなら完璧に乾かしたいのだろう。彼女は少し悩んだ後……俺をじっと見た。
「テオ、腕広げて」
「腕?」
「そう。ハグするみたいに」
どうして? と思いながらも腕を広げる。
「ちゃんと受け止めてね」
「……へ?」
次の瞬間――彼女は飛びかかってきた。
「えいっ!」
「うおっ!? シャル!?」
「テオ、あっちまで運んで」
ぎゅう、と。音が鳴りそうなくらい強く抱きしめられる。
胸にぎゅむっと柔らかな感触が押し当てられ、腰に足がぎゅっと絡みついた。
いやまずい。これは非常に良くない。何がって全部が。
「し、シャル。せめておんぶに……」
「んー? やだ」
耳たぶに柔らかいものが当たり、瑞々しい唇が当たる音が鼓膜に響く。
まずい。非常にまずい。周りに人が居ないのが救いだが……いつ人が来るか分からない。
「さ、行こ」
「……後ででこぴんするからな」
「ふふ、良いよ」
とりあえずこの状況をどうにかしなければと。俺は急ぎ足でベンチへと彼女を抱えながら向かったのであった。
めちゃくちゃ自由だが――こんな時間が嫌ではなくて。気がつくと、昔のように暖かい気持ちが全身を包み込んでいた。
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