第17話 自由人は何度でも伝える

 まずは隼斗達に視線を合わせた。シャルはまだ分からなくもないが、なぜ隼斗達がここに?


「どうしてここに……ね。そりゃ決まってるよ。朝からずっと君の事をけていたからね」

「おまわりさん呼び戻した方が良いやつかなこれ」


 ガッツリストーカーじゃねえか。


 隼斗は俺の言葉にはっはっはといつもの高笑いを返してきた。


「というのは十分の一冗談だよ。先月の土曜に君がここで花の手入れをしているのを見ていてね」

「そういえばそんな事を言いかけていたような……って九割は本気じゃねえか。それはもう本気なんだよ」

「いや、その、ほんとごめんなさい。止められなかった私が悪いです」

「小葉も謝っているようだし、許してやって欲しい」

「叩き潰すわよ」

「ごめんなさい」


 ふざけつつも直角に腰を折る隼斗。有北委員長は巻き込まれたっぽいな。

 ……まあ一旦良いとしておこう。助けられた訳だし。

 そうだ。助けられたのだ。


「色々飲み込むとして、ありがとう。警察官を呼んで来てくれて」

「礼には及ばないよ。君の瞳から光が失われるのは世界の損失に繋がるからね」

「後半の言葉いるか?」

「あっはっはいだっ」



 隣からチョップを受ける隼斗。いいぞ有北委員長もっとやれ。


 隼斗がチョップをされた部分を撫でながら、ふと公園の反対側の入口――西高の男達が逃げた方へ視線を向けた。


「……ふむ」


 それを咎めるように有北委員長が彼の手を引く。



「隼斗」

「先に謝っておくよ。ごめん、小葉」


 何故か謝罪をする隼斗。有北委員長はその言葉の意味が分かっているのか、小さくため息を吐いていた。


「……はぁ。分かった。でも、今度埋め合わせしてよ」

「ああ、分かってるとも」

「……なんのやり取りだ?」

「いいや、なんでもないよ。飛鳥は気にしなくていい。何も、ね」


 どこか意味深なやり取り。隼斗から爽やか且つどこか胡散臭い笑顔を向けられた。


 これ以上聞いても教えてくれないだろう。多分親密度的なやつが足りてないっぽいな。今は置いておこう。


 次はシャルだが。


「ごめんね。どうしようか迷ってたんだけどさ。気がついたら探しちゃってて、着いてきちゃった」

「まあ、それは別に良かったんだが。でも面白くなかっただろ」

「そんな事ないよ」


 シャルが手を伸ばしてきて、頬が暖かいものに包まれた。



「テオの事がもっと好きになる一日だったよ」

「――ッ」


 その瞳は淡く柔らかな光を放っている。

 先程彼らに浴びせたような冷たいものとは全然違う。


 その光は爛々と強くなり――近づいてきた。



 鼻の頭と額に連続して唇が触れる。両の手が頬を包み込み、もにゅもにゅと揉まれた。


「やっぱりテオの根っこは変わってないよ。あの頃も炊き出しの手伝いとかボランティアとか参加してたもんね」

「……やる事がないからやってただけだし」

「ふふ、嘘つき」


 目を逸らそうとしても出来なかった。頬を掴まれていたから。


「知ってるよ。テオが誰よりも優しい事は。誰よりも。私が一番知ってる」



 その言葉と共に、シャルと出会ってからの記憶が思い出された。



 今まで綺麗なものしか見てこなかった俺からすれば、その景色は余りにも鮮烈で――残酷な現実であった。


 シャルと出会った国は決して裕福な国とは言えなかった。……裕福な者も居るには居るのだが。そうでない人もたくさん居た。


 親はその辺りを見せないようにしていた。それが悪い事なのかどうか、俺には分からない。


 でも、その事を知ってから俺の人生は大きく変わったのは確かだ。


 あの頃の俺はそれが嫌で。でも、子供に出来る事は限られていた。自分の出来る事から始めたのだ。


 でも、あくまでそれはあくまで自己中心的な考えだ。誰かのためではなく、自分のためだと言った方が正しい。

 それが褒められる事なのかどうかは今でも分からない。


 ただ、続ける事に意味があるのではないか。……意味があって欲しいという思いがあって、続けている。


「全部を知ってもずっとテオはキラキラしてた。光り続けてた。私の光なんだよ。テオは」

「……褒めすぎだよ。そんなに綺麗じゃない。俺は」

「じゃあテオがそう思えるまで言い続ける。私はね」


 ぴとりと額が合わされ、鼻を擦り合わされる。続いて、たまごのようにすべすべとしたほっぺたを擦られた。


「テーオ」

「……なんだ?」

「大好きだよ」


 腕が背中に回され、抱きしめられ……包み込まれる。


 色んな事を教えてくれた温もりが、声が――鼓動が聞こえる。



「……もし。もしシャルの言う通り、俺が輝いてるんだったら。それはシャルのお陰だよ」

「ふふ。そうだと嬉しいな」



 力が緩められ、顔が離れる……前にもう一度頬にキスをされた。


「シャルってキス、好きだよな」

「大好きな人に大好きって一番伝えられる一番簡単に伝えられる手段だからね」

「……そうか」

「だからいっぱいするよ。これからもね」


 指が自分の唇をなぞりあげ……次に俺の唇をなぞる。


「いつかはこっちでも、ね」



 最後にまたとん、と唇を指でつつかれたのだった。




「私達の事忘れてない?」

「はっはっは。小葉。対抗してキスしようか。深いやつ」

「一人でしてよ変態」

「はっはっは」


 ……すぐ周りが見えなくなる悪い癖はどうにかしなければいけないな。


 ◆◆◆


 さて、とりあえず水やりをやろうと思ったのだが……


「じー」「じー」「じー」「じー」


 なんかすっごい見られてる。子供達から。


「んー? どうかしたのかな」


 シャルが子供達へ微笑んで手を振ると、彼らはさっと隠れた。


「……まあ、シャル顔整ってるからな」

「ふーん? テオも可愛いって思ってくれてる?」


 シャルの言葉に変な声が出そうになった。でも、違うとは言えない。


 あの頃からシャルは目立っていた。子供であっても顔が整っていたからだ。

 向こうの男子にはしょっちゅうちょっかいを掛けられそうになったし、その度にシャルは俺と逃げていた。


 今のシャルにはあの頃の面影ももちろんあるが……改めて思う。



「可愛いもそうだが、綺麗になったと思う」

「……!」



 その肌は荒れ一つない。スタイルもそうだし、努力を欠かしていないのだろう。


 とにかく、シャルは成長してかなり綺麗になったと思う。


「ふふ、そっか。そう思ってくれるなら良かった」


 シャルが手を伸ばしてきた。なんでいきなりと思いつつもその手を取ると、強く引かれ――軽いリップ音が鳴った。


「自分の武器は分かってたからね。いつかテオに会った時、幻滅されないようにって頑張ったんだ」

「……そうか」


 対して俺はと思いそうになりながらも、こういう所が良くないんだぞと自分に言い聞かせる。


 そこで、こちらに来る視線が強くなっていた事に気づく。なんだろうとそこを見ると、子供達が居た事を思い出した。

 さっき悪い癖だって自分に言い聞かせたばかりだろ、俺。


 男の子達も女の子達も強いショックを受けたように目を見開いていた。ここでするのは良くなかったな。


 というか、当然のように女の子まで魅了しているシャルがとんでもない。

 ……シャルはかっこよさも兼ね備えているからな。その気持ちは分かる。


「テオ、何か勘違いしてない?」

「ん?」

「あの女の子達、テオがキスされた事にショック受けてるんだよ」

「俺? なんで?」

「……いつも遊んでる公園の整備をしてくれてるかっこいい男の子。それだけで結構好きになっちゃうと思うんだけど」

「前半は分かるが後半……かっこよくはないだろ。特に、前まで前髪で顔隠してたんだし」


 さすがにそれはないだろう。買いかぶりすぎである。シャルはくすりと笑って、小指を繋いできた。


「もっと自己肯定感上げさせないとね」

「……あんまり褒めすぎると傲慢になるぞ」

「ふふ、大丈夫。テオが傲慢になる事なんてないよ」


 相変わらず高く見積もられているものだ。


「早く水やりやるぞ」

「はーい」


 とりあえず仕事を終わらせようとジョウロを手に水道へと向かった。




「隼斗って子供に人気ないよね。やっぱり変態は変態って分かるのかな」

「あっはっは。泣いていいかい?」



 そして、少し離れた場所では隼斗達カップルがごみ拾いをしてくれていた。

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